(9)

 中に入ってすぐ、セリカは、

「着替えてくるからちょっと待ってて」

 と言って、どこかへ行ってしまった。


 僕は執事に案内されるままに、豪奢ごうしゃなエントランスを抜け、長い廊下の突き当たりにある部屋に入った。


 室内はかなり広いが殺風景。

 中央に木製の小さな丸テーブルとイス、壁際に簡易ベッドが置いてあるだけのガランとした部屋だ。

 執事はイスに座ってセリカを待つように言い、部屋を出て行った。


 一人ぽつんと取り残された僕は、だんだん不安を感じ始めていた。


 セリカはいったいここで何をしようというのだろう?

 イスとテーブルはいいとして、何のためにベッドが置いているのかもわからない。

 流されるままにセリカについてきてしまったたけど、本当によかったのだろうか?


 それから十分ぐらいして――

 私服に着替えたセリカが部屋に入ってきた。


 いかにも高級そうな白いブラウスとレースのスカートに着替えたセリカは、制服姿よりずっと美しかった。

 つい一瞬、見とれてしまったほどだ。


「ごめん、待たせたわね」


 セリカはティーポットとカップを載せたお盆をテーブルに置いた。

 そらから僕の向かいに座り、優雅な手つきで紅茶を入れ始めた。


「砂糖入れる?」


「う、うん」


 セリカは紅茶に角砂糖を2個入れ、

「どうぞ」

 と、ティーカップを差し出した。


 カップを取り顔に近づけてみると、素晴らしい紅茶の香りがした。

 そのまま一口飲んでみる。


 おいしい。

 甘い紅茶が空っぽの胃に染みる。


「お味はいかが?」

 セリカが聞く。


「おいしいです」

 と、素直に答える。


 二人の視線が合った。

 セリカは微笑み、僕は恥ずかしくて思わず下を向く。

 そういえば、彼女の笑顔を見たのはこれが初めてかもしれない。


「どうしたの?」

 うつむく僕を見て、セリカは首をかしげた。


「な、なんでもないよ」

  

 そこでふと会話が途切れた。でも気まずい雰囲気はない。

 時間だけがゆっくり過ぎていく感じだ。


「おかわり、上げようか?」


 1杯目の紅茶を飲み干した僕を見て、セリカが訊く。

 うなずくと、すぐに2杯目を入れてくれた。


 その紅茶を飲みながら、僕はちらちらとセリカを観察した。

 セリカは落ち着き払って、少しずつ紅茶を飲んでいる。

 自分と同じ高校生とはとても思えなぐらい大人っぽい雰囲気だ。


 あるいはこの人なら自分を理解してくれるかもしれない――


 そんなセリカを見て、僕はふとそう思ってしまった。


「さて――そろそろいいでしょう」

 セリカはカップを静かにソーサーに戻してから言った。

「事情を全部話してくれる気になった?」


「……うん」


 紅茶に魔法の薬でも入っていたのだろうか、2杯目のティーカップが空になったころには、僕の心はすっかりほぐれていた。


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