16 足のない高校生

 「いろいろお世話になりました」

 「おお、もう二度とこんなところへ戻ってくるんじゃないぞ」

 両親と一緒に頭を下げる中学生に佐藤さんが声をかけた。

 「こんなところって、それじゃまるで刑務所から出るみたいじゃないですか」

 スーネエの言葉にみんなが笑った。

 「みんなでどうぞ」とボンボンの入った大きな箱をベッドの上に残して、中学生は退院した。そのベッドも新しいベッドにかえられ、主人のいない冷たいベッドが三つに増えた部屋は、まるで倉庫のようにガランと殺風景になった。

 「なんか急にさみしくなったなあ」

 と、部屋に残った三人で話していたとき、源さんのいた場所のベットのカバーがはずされ、いろいろな器具が持ちこまれた。新入りが来るらしい。どんな人が来るのだろうか、とぼくたちはそのベッドに注目した。

 「今度はきっと高校生だぜ」

 佐藤さんは自信たっぷりに言った。小学生がいて(と、ぼくを指さし)、中学生がいたから、次は高校生に決まっている、というわけだ。

 手術を終えたばかりの男が運ばれてきて、母親らしい人がみんなにあいさつしたとき、その新入りが高校生だとわかった。佐藤さんは、ひょうたんから駒がでた、と驚いた。本橋さんが「それって、嘘からでたまことって言うんじゃなかったっけ」と小さな声で言った。

 夕方になって麻酔がきれてきたらしく、高校生はさかんにうめき声を上げた。意識はまだはっきりしていないようだが、足がかゆい足がかゆい、と一生懸命右足をかきむしろうとする。しかし、そこにふとんのふくらみはなかった。彼の右足は、その付け根あたりで切断されていたのだった。

 それを見ているのはつらかった。

 「ねえ、行っていい?」

 顔を会わすたびにスーネエに聞いた。スーネエが「さあ、行ってらっしゃい」とぼくを呼びにきたのは、夕食のかたづけで廊下がにぎわうころだった。

 「長くいると疲れさせちゃうから、早く戻るのよ」

 ノックをして部屋に入ると、お母さんが気をきかせて「ちょっと用事をたしてくる」と部屋を出た。「熱が下がったせいか、だいぶ元気になってきたようですよ」というお母さんの言葉どおり、イーノの顔に少し生気が戻っている。

 「よくなったみたいだね」

 「うん」

 中学生が退院し、イーノによろしく言っていたと伝え、色とりどりのボンボンをテーブルに広げた。きれい、食べるのがもったいない、と言いながらイーノはその中の赤いボンボンを一つ口に入れた。

 「おいしい」

 イーノのもう片方の腕には点滴のチューブが刺さったままだ。針がテープで固定されている。

 「それ、ずっとやったままなの? 痛くない?」

 「もう感じない。自分の腕じゃないみたい」

 そう言えばヘンなことがあったよ、とぼくは新しく部屋に来た高校生のことを報告した。

 「まだ右足があると思っているんだ」

 「かわいそう」

 イーノはきつく目をつぶり、顔をそむけた。そしてぼくに向きなおって言った。

 「わたし、もう少し元気になったら大きな病院に移って手術するんだって。手術すればどんな病気だって治るんだよね。そしたら、今度は外で遊ぼ」

 ぼくは黙ってうなずいた。言葉がなかった。どうはげましていいのかわからなかった。

 「でも、やだなあ。自分の体がナイフで切られちゃうなんて」

 夜中、高校生の泣き叫ぶ声で目を覚ました。高校生はすぐに薬で眠らされたが、ぼくの頭の中ではかわりにイーノの泣く声が響いた。

 夢の中でイーノは体を切り刻まれて泣いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る