32話 兄妹なんだよ

ミフネさんから変な電話がきたのは、それから3日後のことだった。

「アサカちゃん、元気?」

「風邪はひいてませんけど」

「そっかー。あのさ、アサカちゃん彼氏出来てないでしょ?」

「だからなんなんですか?」

「俺と付き合わない?」

あたしが、会話の途中で一方的に電話を切ったのは人生で初めてだった。

なんだ。この人はなんだ。次は何を企んでいるんだ。

先手必勝で、着信拒否にして電話を出るのをやめることにした。

世の中の男女交際はこんな軽いノリで始まっているのかな。

あたしには、やっぱり理解出来なかった。

だって、気になってる。

キスしない宣言をした日から、ヤマ兄を。

こんなことさえ理解出来ないのに、ミフネさんの冗談なんかもっと理解出来るわけがないんだ。


「でね、ヤマトとね」と、ルリカがヤマ兄のことをヤマトと呼び捨てすることにも慣れてきた。

だけど、ノロケめいた話をされることも、あたしの中では不快だった。

何故だろう。

「お祭りに行くんだけど。浴衣何色がいいと思う?」

もうすぐ夏休みだ。夏休み初日の花火大会にデートをするみたい。

そんなのヤマ兄に聞いてみればいいのに。

「赤?」

「赤? 派手じゃない?」

「うん。赤」

根も葉もないし、花も咲かない。なんとなく浮かんだあたしの炎のヘルメットカラ―を口にしていた。

花火大会なんて行くんだ。

ラブラブだねーと、あたしはなんだか卑屈な気持ちでいっぱいだ。

「あーちゃん、帰ろう!」

教室の後ろからキョウが顔を覗かせた。

「あ、うん。じゃあ、先帰るね」

「うん。じゃーねー」

あたしに手を振って、ヤマ兄が来るのを待ちどおしそうにしている。

嫌だな、あたし。

こんなこと感じたことないというのに。

なんだろう。ルリカからヤマ兄の話されるのが嫌だ。

聞きたくない。

そんなこと言えるわけないのに。

嫉妬してるみたい。

きっと、あたしの心臓は納豆みたいにねばねばだ。

ずっと糸をひいてる。臭いかもしれない。



リビングでくつろいでいたら、キョウがあたしにキスをした。

「キスしないでよ、口に! きもいのじゃ、キョウ殿!」

身体をトンッと押しのけると、ソファの背もたれに軽く背中を打った。

「そんなに怒ること?」

「だってなんのキスなの? ふざけないでよ。もうっ」

「なんのキスならしていいの?」

「もう禁止じゃ」

「チーケーチーケー」

「口は進入禁止じゃ」

ごろりと寝そべって、キョウの太ももの上に足を乗せた。

「あーちゃん、DVDでも見る?」

「んー、いいや」

「まじでござるか? 前観たいって言ってた七人の……」

「観ないでござるよ」

言葉尻に被せた。なんか放っておいてほしい。

「ねー、あーちゃん」

「んっ?」

「最近、ずっと不機嫌だよね」

「そんなことないのじゃよ」

「ヤマトに彼女が出来たから?」

「……なぬ?」

「ヤマトに彼女出来てから、おかしい」

「違うよ」

「本当に?」

「うん」

「……あーちゃんはヤマトとキスしてたね」

「はっ? 何?」

首だけ起こして見ると、笑いながら、テレビを見つめている。

「見ーちゃった。ベランダでキスしてるの」

「い、いつ?」

「なんでいつもヤマトなんだよ?」

「何が?」

「いつも、ヤマトばっか」

口元は笑っているのに、瞳に優しさが感じられなかった。

「どうしたの?」

「ヤマトのこと好きでしょ? 特別に」

「兄妹みんな好きだよ。同じくらい」

「あーちゃん……嘘つかなくてもいいんだよ? わかるもん。あーちゃんが、ヤマトを……」

「違う! だって、兄妹に恋愛感情はない! 女として意識してるのが気持ち悪いって……」

ヤマ兄に言われた言葉を反芻すると、言葉に詰まってしまった。

なんてことだ。あたし、この言葉にダメージを受けていると、言いながら気がついた。

「恋愛感情?」

キョウはやっと、そこであたしに顔を向けた。

「あーちゃん、恋愛感情って何?」

「……例えばの話だよ」

「例えば?」

「例えばは、例えばなの! もう寝るのじゃ。おやみそー」

慌てて、あたしは腰を起こした。だって、このうえなく動揺している。

「あーちゃん」と、腕を掴まれた。

「寝るよ」

「ヤマトに恋してるの?」

「……兄妹だよ」

「俺の顔、見て言って」

「兄妹だよ」

「うん。兄妹だからね」

そう言いながら、あたしの髪の毛に手ぐしを通して、頭を撫でた。

ヤマ兄みたいに。

だから、こうしてる今も、ヤマ兄の顔を思い出してしまったんだ。

こんなにあたしにべったりなキョウだって、「兄妹だよ」と念押しする。

その意味はわかってる。

どうあっても兄妹なんだってこと。


ベッドの上に適当に寝転がる。寝返りをしたら、頭だけベッドからはみ出して、床に毛先がついた。

兄妹だよ。知ってるよ。お兄ちゃんだよ。知ってるよ。言われなくても。

でもさ。もしかしたら、ヤマ兄とあたしは血の繋がりなんかないのかもしれないよ。

だって、従兄弟のナナちゃんだって、「かっこいいしね。……仕方ないよね」って、「兄妹って言ってもあれでしょ…?」って意味深なことを言ってた。

それは、ヤマ兄とあたしは兄妹じゃないっていうことなのかもしれないよ。

だけどさ。


ガチャリとドアが開く音がした。

ヤマ兄の部屋だって、わかる。

壁一枚向こう側の世界はヤマ兄のものであって、こうして隣の部屋はあたしの世界。

なんとなく、声が漏れて聞こえた。

何を話してるかわからないけど、ルリカと付き合ってからこうして想像をかきたてるような声が聞こえるんだ。

だから、きっと、電話で話してるんだって思うんだ。

だって、ヤマ兄の世界だ。何をしてもいいんだ。

ヤマ兄はルリカが好きだって言ってた。

サヤコが言うように、送り迎えして、ルリカのこと好きになったんだろうな。

だって可愛いし。性格だって、優しくていい子だもん。

好きになるよね。否定はしないよ。

ガラガラと音がした。ヤマ兄がベランダに行ったんだ。


あたし、敏感なのかな。

こうして、彼の音に耳の機能全部を集中させてるよ。

目から額を通る雫が、あたしの毛根を湿らせた。

涙だって、ぼんやりとした思考で受け止めた。

あんまり泣くことなんてないのにな。

「お兄ちゃん」

そんなこと呟かなくたって知ってる。

小さな頃から、ずっと一緒にいたんだ。

それなのにさ、兄妹じゃないかもってこと、考えてるあたしはなんなんだろうね。

「兄妹だよ」ってキョウの声が頭の中で、響いた。

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ブラコントリガー★~実の娘ではないと言われましたが、本当のお兄ちゃんは誰ですか?~ ラティア・アクティナ @Ratia

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