31話 戸惑い
ルリカとヤマ兄が付き合ったと報告されたのは、ルリカからのメールだった。
「なむっ?」とメールを読んだ後、一言声を漏らすと、横にいたお母さんが「何かあったの?」と興味深そうな顔をしたのが、気に食わずシカトした。
反抗期かもしれない。
それから、ルリカの彼氏が家に帰ってきたから、「ルリカから、聞いたよ。おめでとう」なんて言ったのに、「ああ」と返された。
なんだ、それは。その反応の薄さは。
やっぱり、ヤマ兄は従兄弟のナナちゃん系の女の子がタイプだったんだ。
あたしの読みは的中したな、なんて思った。
だけど、良かったね、ルリカ! ってあたしは、もっとはしゃぐと思ったのに、そこまでじゃなかったのが、自分のことなのに意外だった。
嬉しいことには代わりは無いけのだけど。
◇
「でも、ヤマト先輩がルリカのこと好きになってくれて良かったよね」
サヤコがお昼休みに言った。
「そうだねー」
どうやら、告白をしたのはルリカかららしい。
恥ずかしいからと言って、詳しくは教えてくれなかったけど、それにヤマ兄が「いいよ」と言ったみたいだ。
お付き合いも2週間も経つと、すっかり公認のカップルみたいで、当初、ヤマ兄のファン的な女子に陰険な嫌がらせを受けたりしてたけど、最近は少なくなったみたい。
「ルリカ可愛いし、悔しいけどお似合いかも」ってトイレで話しているのを聞いた。
そんなわけでヤマ兄とルリカは順調のようで、昼休みは2人で屋上とか中庭でご飯を食べてるみたい。
だから、最近はずっとサヤコと2人でランチタイムだ。
抜け出してカマさんとお昼を食べることもない。
まあ、あたしには米俵の悲劇が再来することもなくなりそうだし、抗争の行方を知らなくても良くなったから、関係ないと言えば関係ないのだけど。
あれから一度、ミフネさんから電話がきたけど犯人に目星もついていないみたいだったし。
ルリカも事件のことを忘れようとしてるから、もう関わるのはやめようと思った。
「でも、毎日の送り迎えとお昼も一緒って、本当ラブラブだよね? ルリカ、家とか遊びにくるの?」
「そう言えば来ないね」
「気遣ってんのかな」
「気を遣う?」
「だって、友達の兄って恥ずかしくない?」
笑ったあと、声を潜めて言った。そして続ける。
「でも意外だな」
「意外? 何が?」
「ヤマト先輩の前の彼女とタイプ違うから」
「はっ?」
持っていたお箸を折りそうな位、手に力が入った。
「ほら、中等部のときの彼女さ、しっかりした切れ者って感じだったじゃん?綺麗系で」
「……んー」
そんな人いた気もするような、いないような。ヤマ兄が秘密主義だからかピンとこなかった。
「覚えてないか。ヤマト先輩、ひとつ上の先輩と付き合ってたんだよ。ルリカみたいな可愛い感じの人じゃなかったからさー。まあ……ヤマト先輩も変わったしねー。好みも変わるもんか」
「ヤマ兄、変わった?」
「うん。だって、ヤマト先輩って昔すごい真面目だったじゃん?」
「言われてみれば、そんな気も」
小さい頃のことを思い出すと、そうかもしれない。習い事とかサボらず真面目に行ってたし、おばあちゃんの言いつけをいちばんよく聞いてたのもヤマ兄だった。
「頭も良くて、爽やかだったし。喧嘩とかするイメージもなかったよ。今って、なんか壁あるよね。まあ、それでもかっこいいことには変わりないけど」
「ふうん」
「それより!」
サヤコはパンッと雑誌を開いて、机の上に置いた。
「あんたも彼氏作ったら?」
「えっ?」
「ヨリは無理だとしても、タカ兄様にいい男紹介して貰ったらいいじゃん?」
パンパンとバナナの叩き売りみたいに勢いよく雑誌のページを手で叩くから、思わず覗きこんだ。
何か言いたいことがあるのかな。
「……はっ?」
何故か、そのページにはタカ兄が小さく載っている。
「タカ兄様、読者モデルやってるでしょ?」
「はっ? 読者モデル? 知らない!」
「……まじで?」
「うん」
「有名だよ。大学の前でタカ兄様待ちの女の子がこれのせいで前より増えてるんだから!」
「へー」
そう言えば、この前の結婚式にも写メとか撮られてたけど、そういうことだったのか。
普段、何してるかわからないけど、こんなことしてたんだ。
偽りの笑顔にしか見えないタカ兄のページをまじまじと見てしまう。
「だから、モデル系がいいならそこの辺の繋がりから紹介して貰えばいいじゃん?」
「………」
絶対、無理って言われるだろうな。聞かなくても答えは見えた。
そもそも彼氏、欲しいのかな。前は意気込んでいたはずなのに、それすら疑問に思えてきた。
学校が終わる。昇降口から出て、目に止まったのはあたしの少し先を歩くヤマ兄とルリカの姿だった。
手を繋いでいて、バランスの取れた身長差は、後ろから見てもお似合いだと思った。
ズキリと心臓が何かに貫かれたみたいに痛かった。
今までもヤマ兄を見て、痛苦しくなるときがあった。
だけど、それとはまた違った痛みのようだ。気持ちの良くないただの痛み。
これは、なんだろう。
◇
「お前、何貼ってんだよ?」
リビングの壁に、タカ兄の雑誌の切り抜きを貼ってあげた。
不機嫌そうにピリリとセロハンテープを剥がす。
「タカ兄がそんな怪しげな仕事をしてるなんて思っていなかったので、ショックすぎて祭ってみた」
「なんだそりゃ」
「いーなー、タカ兄は。モテて」
「モテたいのか?」
うーん。そういうわけではない。
自分でいーなと言いながら、よく分からないことを言った。
「モテたくないのじゃ」
「動物園に入園すればいいだろ。今よりはオスにモテるぞ?」
「じゃあ、紹介状でも書いてよ」
「いつでも書いてやる」
真顔で言うけど、勘弁して下さい。オラウ―婦人なんて夢はない。
「ねえ、ヤマ兄ってなんか変わった?」
「変わったって?」
自分の切り抜きをグシャグシャに丸めて、ゴミ箱に捨てた。
そのままソファに座るあたしの横に腰をおとす。
「なんか従兄弟のナナちゃんも、友達もヤマ兄は変わったって言ってたから。性格とか?」
「まあ、そうだな。一言で言えば、すれたかもな高校入ってから」
「すれた?」
「うん。あいつ、もともと正義感強くて、真面目だろ? その性格だから、すれたんだろうな」
「そんな気もするけど……どうしてすれたの?」
「もっと不真面目だったら良かったのにな」
「どういうこと?」
「小さな親切、振りかかった不運だろうな」
また真顔でタカ兄は言った。
「何それ? なんかの標語でごじゃるか?」
「違う。そのせいで性格変わったんだよ」
「だから、何なのそれ?」
勿体ぶらずに教えてくれればいいのに。
「中3のときだったかなー。不良に絡まれてた女の子を助けたんだって。例によっての正義感で。そしたら、そこからが大変。中3のガキが高3の喧嘩で有名な附学の頭を倒したというレジェンドを知らずに作ってしまったんだとよ。同級生に聞いた話だけどな」
「うん」
そんな話をあたしも以前、聞いた覚えがある。
「まあ、そこから仕返しめいたものが始まったみたいで、関わりたくないから逃げたりしてたみたいだけど、逃げ切れなかったんだよな。部活で」
「サッカー部で? 中学校のときやってたもんね」
「そうそう。うちの高校のサッカー部って結構強いだろ? 高等部で入部したのは良かったけど、練習試合とかに、そいつらが乱入してきたり、他の部員が殴られたりする事件が起きて、ヤマトはいられなくなったんだと。責任感じて、即退部。たぶん、サッカー続けたかったと思うけどな、あいつ」
「……そうだったんだ」
「それから、他の人には迷惑かけたくないし。少し人と距離置く様になったんじゃねーのかな。ヤマトはきっと、優しさとか親切が恐いんだよ。だから、本当の自分の性格と偽りの自分の性格の真ん中にいるんじゃないのか? 無理してんだろうな」
「無理してる?」
「この前だって、偶然あいつが喧嘩してるとこ見て連れて帰って来たけど。あんなこと、昔のヤマトからじゃ想像つかねーなって俺でも思った」
「あたし、ヤマ兄がよくわからないのはそのせいかな」
「よくわからない?」
「違和感を感じるんだよね。あたし、ヤマ兄といると。昔と性格が変わったからかな」
なんとなく腑に落ちた気がした。
「といっても、根本あいつは変わってねーよ」
人を殴ったときに見せた冷たい視線。
あれがヤマ兄の新しい顔なのだろうか。
もしかして、ルリカと付き合っているのは、責任を感じてしまっているからなのかな。
タカ兄の話にそんなことも思った。
サヤコが言うには、ヤマ兄の好みのタイプではないみたいだし。
不自然と言えば、不自然だ。
部屋の中でそんなことを考えていると、ガラガラと引き戸が開かれる音がした。
そういえば、最近は2人きりで話していない。真似するように、あたしもベランダに顔を出した。
「ヤーマン?」
あたしに顔を向けると、座るかというようにひとつずれた。
「元気?」
「なんだ改めて?」
「最近、ヤマ兄と話してないから。それに、ルリカも取られっぱなしなんだけど」
「だって、来んだもん。あっちが」
「それって、喜ばしいことじゃなかろうかの?」
「んー。どうだろうな」
やっぱり、素っ気ない。
「ヤマ兄、ちゃんとルリカのこと好きなの?」
「はっ?」
「いやっ。急に付き合うから。いわゆる遊びというやつだったらどうしようかと思ったのじゃ」
「妹の友達と遊びで付き合わないだろう」
「……じゃあ好きなの?」
「なんか兄妹でこういう話、気持ち悪いな」
「そう? あたしにとっては友達だから、心配なのじゃ。こんな兄と付き合って」
髪の毛を手でくしゃりとした。
それから言った。
「大丈夫。ちゃんと好きだ」
「……えっ?」
「遊びじゃないから、心配するな」
真面目な顔だった。
その後ろに浮かぶ半分の月に、馬鹿って笑われた気がした。
「……本気なんだ。あー、良かった。ルリカ良い子なんだから浮気したら切腹じゃ」
「するわけねーよ。面倒臭い」
「……だね。寒い、部屋もーどろっ」
居たたまれなかった。
あたし、動揺しているって、自分でわかった。
ヤマ兄と話しながら、動揺してるんだ。
目が合うと、そっと距離が縮まる。
その瞳の中の住人みたいなルリカの顔、ルリカと繋いだ手を、2人の後ろ姿を思い出してしまった。
「キス、したくない」
ヤマ兄の近付いた顔から、背けてしまった。
おやすみの挨拶を拒んでしまったんだ。
「どうした?」
「だって、ルリカとキスしてる?」
「そういうこと訊くか?」
呆れているのか、目を細めた。
「ルリカに悪いなーって思ったの!」
「なにがだ?」
「なにがって? 他の女子とキスしてるの嫌でしょ? ルリカが!」
「他の女子って、アサだろ? 妹なんか気にならなくないか? 女として意識するほうが気持ち悪いけど」
「き……気になるはずだよ! だって、たぶん、兄妹同士キスしてるっていうのもおかしいって言われたことあるし! 友達に!」
「ふうん」
「ていうか、ヤマ兄はなんであたしにキスしたくなるのよ?」
「……習慣だったからか?」
「習慣?」
「小さい頃の習慣を思い出したせいかもな。俺がキスしないとお前が寝れないとかごねた年があったろ?小学校のとき」
「そうだったかの……」
「だよ。たぶん、そのせいだ……妹とのキスなんか、特別な意味ないのにな」
「……うん」
「でもそう言うなら、やめるな」
あっさりとヤマ兄は身を引いた。
キスをしないでヤマ兄と「おやすみ」をした。
ベッドの中はひとりでも、だんだんと体温が布団に移っていくのを感じる。
妹のキスなんか、特別な意味ないのにな〟
そう言われて、ショックだった。
ヤマ兄のキスに特別な意味がある気がしてたのかもしれない。
ヤマ兄にするキスは、あたしの中では昔の習慣の延長線上の行動ではなかったんだ。
そう気が付いてしまうと、ヤマ兄にキスしたいと思ったあたしの気持ちの結びつく答えが、少し見えてきて。
だけど、それに辿り着いてはいけないと、温まってきた布団の中で縮こまりながら、あたしはあたしに言い聞かせた。
まさか、そんなことはない。
うん、そんなことあるわけない。
そんなことは絶対ないと思うんだ。
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