30話 大丈夫って言ったから

ヤマ兄にも言わないで欲しいと言われたから、何も言えなかった。

だけど、眠れなかったせいか瞼が少し腫れてる気がする。

眠くて重いだけかな。

ヤマ兄に「ブス」と言われ「イェス」と答える。

頭に炎を乗せて、今日も学校へと行った。

だけど、ルリカの席には誰も座ることもなく先生が「欠席」と言っていた。

サヤコは何も知らないから、「ルリカ風邪かな」なんて言ってるけど、うまく笑えなかった。

『おはよう』ってメールしたけど、返事もこない。

どうすればいいんだろう。

あたしに何が出来るんだろう。

それから3日、ルリカからはなんの連絡もなくて学校にも来なかった。


そっとしておくべきか迷ったけど、さすがに心配になって、夜、電話をした。

「あっ、ルリカ?」

「……ごめん、メール返してなくて」

力のない声だった。

「ううん」

「家、出るの怖くて……」

「うん」

「外、出れなくて」

「……あのね、考えたんだけど」

「うん」

「ヤマ兄に、このこと言っちゃダメかな?」

「絶対、言わないで」

「ルリカ。あのね、言えなかったんだけど。……犯人に心辺りがあるんだ」

「えっ……?」

「実はヤマ兄、光灰高校ってとこの人に狙われてて。あたしもそのせいで拉致されたことがあったんだ、最近。だから、ヤマ兄が送り迎えしてくれてたんだ。何かあったら危ないからって守ってくれてたの」

「……えっ……何それ?」

「それに関係ないルリカが巻き込まれただけなの。ごめん……。あたしが、家に呼ばなければ良かったよね。そしたら誤解されることなんか無かったのに」

「……ヤマト先輩の所為ってことなの?」

「う……ん」

ルリカは言葉を発するのをやめ、沈黙が落ちる。

「……やっぱり、好きにならなければ良かったのかな。恋するなってことかな…」

せっかく出来た恋を否定するルリカの声が胸を刺す。

「なんてね。嘘だよ。先輩のこと憎めないし……こんな身体でもまだ好きって思っ……ちゃう」

「だから、犯人見つけない?」

「無理。もう、学校に行くのも怖い……。犯人なんて顔も見たくない」

「うん」

「ヤマト先輩。こんなあたしのこと、嫌いになるよね」

「……そんなこと……」

「あるよ!……だって……」

受話器越しの声はまた泣いているみたいで、何も言えなくなってしまった。

あたしとはなんて無力なんだろうって、こんなときでさえ、また自分のことを考えてしまった。


翌日もルリカが来なかった。さすがにサヤコも「重病?」と心配している。

昼休み、一人で電話をしたくなって屋上に向かった。

考えた結果、犯人を突きとめようと思った。あたしは心当たりがあるのだ。

願わくば、言葉だけでけちょんけちょんにしてやりたかった、この人を。

言葉の暴力を振るってやる。

手すりに腕をかけてもたれ、犯人であろうミフネさんに電話をした。

「も……しもし」

「ああ。アサカちゃん?」

いつもと変わらず、朗々とした声。

こっちがどんな気分でいるか、知らないのか!って拡声器で今叫んでやりたい。

「あの」

「どうしたの?」

「どうしたの? じゃないですよ! なんで、あんな酷いことをするんですか?」

「酷いことって?」

「ヤマ兄の彼女を襲いましたよね?しかも彼女じゃないのに……あたしの友達なのに……間違えて」

「何それ?」

「シラを! シラを切らないで下さい! ヤマ兄の彼女だろって声かけて無理矢理乱暴なことしたじゃないですか? 最低です。あたしは許しませんから! 自首して下さい! 犯罪ですよ! 謝って下さい!」

「待って。話が見えない。アサカちゃんの友達がヤマトくんの彼女と間違えられて襲われたってこと?」

「そうです。みんなが許してもあたしは許しません! あたし、呪い殺しますよ。末代まで! 内首獄門です!」

「その犯人が俺だと思ったの? なんで?」

「はっ? ミフネさんしか浮かばないですよ! だって、ヤマ兄を狙うって言ってたじゃないですか! しかも襲った相手は黒の学ランって言ってました!」

「そうは言ったけど、ヤマトくんの彼女みたいな女なんて知らないし」

「この前、家の近所で会いましたよね? あの時、見てたんじゃないですか?」

「見てないし、そんな卑劣な真似をすると思う?」

「卑劣と書いてミフネと読む気がします」

「女の子を襲うなんてことは絶対にしない」

「じゃあ……」

「……だって、襲ってあとは何になる?」

「あたしを米俵にしたじゃないですか?」

「米俵?」

「拉致したじゃないですか?」

「そんなの脅しだけだよ……襲っちゃったら、脅しにならない。しかも無計画なことはしねーよ」

「嘘言わないで下さいよ? 誰が他にいるんですか?」

「個人的に恨みを持ってる奴かもな……灰高だって人数は多い。ばれないように好き勝手する奴だって出てくるかもしれない。それか灰高の振りをした誰かとか、な」

そんな可能性を言われると余計に怖くなる。

敵というものはそんなにいるものだろうか。

「……関与してないんですか?」

「残念だけど、今回はノータッチ。探してみるよ? 特徴とか覚えてる?」

溜め息まじりの声は柔らかくて、嘘をついているとも思えなかった。

「3人組で、1人は金髪」

「あとは……?」

「覚えてないって……」

「……情報少ねーな」

「怖くて……覚えてないって、言ってました」

一喝しようと思ったのに、ミフネさんに何故か犯人探しを頼んでいる。

場所と日時を教えてみたけど、この人は本当に犯人じゃないのだろうか。

他に犯人がいるのなら、情報が少なくて見つけられる気もしなかった。

静かに通話が切れて、力なくしゃがみ込んでしまった。

誰がこんなことをしたんだろう。

ヤマ兄は誰に恨まれてるんだろう。

なんで、よりによってルリカなんだろう。


「お前、何話してんだよ?」

ギョッとした。振りかえると、ヤマ兄が立ってたから。

「いつからおったのじゃ?」

「お前より先に、ここにいた」

「へー」

「何があったんだよ」

あたしの隣にしゃがみ込む。すっとあたしを見つめる。

「何もない」

「言え」

「何もない」

「お前、最近寝てないだろ?」

「寝ておる」

「夜中に何回も部屋出てく音聞こえるし。クマひどいし。何かあったんだろ?」

「ない」

「なんで言わない? 灰高だろ?」

「………」

「襲われたってなんだ? 俺の彼女と間違えられたってなんだ?」

ヤマ兄の目があたしを追い詰める。嘘がつけなくなった代わりに、曇り空を見上げた。

「………」

「誰が何された?」

「……言えない」

「言え」

あたしは軽く胸ぐらを掴まれた。交わった視線は、氷みたいに冷たかった。

「……ルリカが……ヤマ兄の彼女と間違えられて……灰高の人に襲われた」

ヤマ兄は顔をしかめたあと、小さく何か呟いた。

「……ルリカが誰にも言ってほしくないって……犯人捜そうって言ったんだけど……そんなこともして欲しくないって……だけど」

「………」

「あたしは! ミフネさんが犯人だと思って……」

あたしは電話のやりとりをヤマ兄に伝えた。

ルリカに口止めされてたのに、全てを言ってしまった。

言ってから後悔した。

ヤマ兄に嫌われてしまうって、そんなことでさえ怯えていたというのに。

あたしは自分が耐えられなくて言ってしまった。

あたしは友達の傷を抱えきれなかったんだ。

最低だと自分でも、思った。

だけど、もしかしたらとも思ったんだ。


「……ヤマ兄、あたしは大丈夫だから、ルリカのこと守ってあげて」

ヤマ兄はしゃがんだまま、何かを考えているのか無言だった。

「怖くて、外出れないって……このままじゃ、ルリカ学校にも来れなくなるし。あたしは、キョウと学校行けるし。もう、大丈夫だと思う。妹だし」

あたしは、ヤマ兄の手を握った。

同時に、ルリカの笑った顔が思い浮かぶ。

「お願い。ルリカを助けて」

「………」

「ルリカを助けて……下さい。お願いだから」

「……わかった」

そう言って小さく頷くと、立ちあがってフェンスの向こうに立ち並ぶ高層ビル街を睨むように目を細めた。

ごめん、ルリカ。

言っちゃった。

だけど、ルリカを支えられるのはヤマ兄しかいない気がして、すがりつくようにあたしはお願いしていた。



「あーちゃん、今日は何食べて帰る?」

「パフェじゃ」

「了解じゃ。あと、DVD借りよう。続きが見たいのじゃ」

キョウと手を繋いで、電車に乗り込んだ。

前の生活リズムに戻っていて、わるおくんにも絡まれない。

『なんで、ヤマト先輩に言ったの?』

ルリカからきたメールを読み返す。ヤマ兄に言ったことで、あたしは傷付けてしまったのかもしれない。

『ごめん』から始まる言いわけのメールをしたけど、返事もこなかった。

学校にもこなかった。

ひとりで大丈夫かなってただ心配するしか出来なかった。


その夜。寝る前に、ヤマ兄とベランダで話をした。

「あれから、何かあった?」

「ああっ。大丈夫だから気にすんな」

「だって……あたし、友達だし。あの日、ルリカを呼ばなかったら……」

「言うな」

「……でも、あたしが」

「アサは何も悪くないから……それはもう言うな」

「……うん」

「大丈夫だ」

隣に座る彼の力強い声を信じたくなる。

ヤマ兄から、あたしにおやすみのキスをした。

今夜もまた、心臓がギュッとした。

そう言えば、って。

キスしたくなる意味を探してたことを思い出して、目を閉じた。


一日あけると、その言葉通りルリカが学校に登校してきた。

「おはよう」

あたしは心臓が廊下にまで飛んで行ってしまうかと思った。

「ルリカ……ぐ、具合大丈夫だったの?」

声が上ずってしまう。

「うん」

前と変わらず、笑ってくれるけどあたしは気が気じゃなくて、そんなあたしに気づいたのか、ルリカは小声で

「メール怒って、ごめんね」

「ううん。あたしこそ、本当にごめん」

「あれから、ヤマト先輩から連絡きてすごい慰めて貰って……」

「そうなんだ」

「色々、聞いて貰ってさ。会いに来てくれたし。だから……元気でた。アサカが先輩に言ってくれてよかった。ありがとね」

「ううん。全然」

「外出るの怖いって言ったら、一緒に学校にも行ってくれるって言うし」

「うん。そっか、良かった。ヤマ兄がいたら安心だよ」

「うん。みんな優しくて良かった。元気だすから。ありがとう。もう、アサカは気にしないでね。忘れることにするから」

そう言って、笑うと「ルリカー!」とサヤコの甲高い声が教室にこだました。

いつもの風景に戻ってる。

ただ、炎のヘルメットは玄関に置きっぱなしになり。

ヤマ兄から「昼飯いらない」と言われ、朝はサソリ固めをしなくても早く起きるから、あたしは楽をして。

あたしは何もしていないのに、何かが変わっていった。

ヤマ兄と、ルリカが付き合ったのはそれから1週間と3日後のことだった。

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