26話 二人きりにしてあげて

と、いうことで

「ヤマ兄。明日、友達を家に連れてきたい」

「家に?」

「うん」

「放課後?」

「そう」

「わかった」という許可を得て、放課後ルリカと奇跡の電車通学ウィズヤマ兄とあたしで下校した。

やっと、恋の応援が出来た気がした。

「すみません」なんて謝るルリカに対して、「別に」と言った感じで素っ気ない。

電車の中でもあたしとルリカだけが話してるし。

ヤマ兄は話さないけど、ピリピリしてるのがわかる。

感じ悪いと思うんだけど。

どこが良いんだろう。ルリカはヤマ兄を意識しているのか、恥ずかしげにチラチラ見てるし。

と思ったら、他の電車内の女子もチラチラと彼を見ていることにも気付く。

なんだ、この空気。

ヤマ兄の周りにハートの風船がふわりふわりと浮いているみたいに見えた。


「お家、広いね」

玄関を開けると、ルリカが高い声ではしゃいだ。

良かった。ヤマ兄の不機嫌さにやきもきしているかと思っていた。

あたしの部屋にルリカを通したけど、ここにヤマ兄を連れてこなければいけない。

「ヤマ兄殿」

ルリカに聞こえないように小声で部屋に顔を出した。

「んっ?」と言いながら、ヤマ兄は白いワイシャツを脱いでいた。

「あの……我が家に来ぬか?」

「……ここが我が家だろ」

「いや……我が家とはすなわち、あたしの部屋でござる。だって暇でしょ?」

「2人でいればいいだろう」

Tシャツに袖を通して答える。やっぱり素っ気ない。

「なんでそんなに一生懸命なんだ?」

不審そうに目を細めた。

「……いや、特に意味はないけど」

「なんかあったのか?」

「……ななななないっす」

「ふうん」

「とにかく、お願いします」

どのタイミングで心を打ったのかわからないけど、ヤマ兄はボクサーパンツ姿で「わかった」と同意した。


あたしがアイスティーと最近はまっている新作のスナック菓子を持ってきた頃には、ヤマ兄があたしの部屋のクッションに腰を下ろしていた。

ルリカは俯いてる。

緊張してるみたいであたしも変にドキドキする。

恋の応援の仕方なんかわからなかった。

まともな恋なんかしたことないから、当たり前だけど。

やはり、ここからかな。ルリカの詳細といいとこ大アピール。

「ルリカとはねー、高1から友達なんだよ」

「ふうん」

「クラスは違かったんだけど、文化祭のときに仲良くなったんだよ。だから、今年はクラスが同じになって嬉しかったんだ」

「あーっ。そうだったね、文化祭から仲良くなったよね」

ようやくルリカも話を繋げてくれた。ヤマ兄は無言で頷く。一応聞いてるみたいだ。

「そうなの。あれから、いつも助けて貰ってるし……頭もいいしね。優しいしね」

「何それ、言い過ぎだよ?」

「あーちゃーーーーん!」とキョウの声がこだました。

キョウの声がなんでここに?

今日は、2番目の保育士の女子とデートとか言ってたのに。

慌てて廊下に飛び出して、キョウを羽交い絞めにした。

「キョウ……大人しくして」

「何かあったでござるか?」

「おおありでござる」

「了解つかまつった」と言ったけど、空気を和ます為に彼を30分レンタルすることにした。盛り上げるように指示を出して。

「お邪魔しまーす」

ヘラヘラしてルリカの隣に座る。人タラシなヘタレくんはこういうときに必要なんだと思う。ヘラヘラスマイルでどうにかしてほしい。

「どうも、キョウです」

「うん。知ってるよ、有名だよね」

「……有名? あーちゃん、俺のことなんか言ったでしょ?」と疑いの目で見る。

「言うわけないでしょ?」

「キョウくん1年の彼女いるよね?」とルリカが尋ねた。

「うん。いるいる!」

確か4番目の彼女だったっけ。

「その子と地元が一緒なんだよね」

「そうなんだ。じゃあさ、あれ知ってる?」

ヤマ兄は話を聞いていないような感じで、ただお菓子を摘まみ、キョウとルリカが共通の話題を見つけ盛り上がり始める。

これって何か違くないかと、あたしでさえ気づいた。

「まずい!」

「あーちゃん、お菓子おいしいよ?」

それじゃない! それに、お菓子の減りが尋常じゃなく早い!

「キョウ! お菓子、買いに行こう!」

あたしは腰を上げた。

キョウも道連れにしようと手をとり連れ出した。強制的に〝ヤマ兄と2人きり作戦〟を実行したのだ。


「あーちゃん! これ食べたい」

「これもおいしそう!」

キョウにカゴを持たせてお菓子を次々に入れる。

近所のスーパーに来た。なるべく時間を稼ごうと必要以上にウロウロして、ついでに夕食の材料もいれ込む。

2人で仲良くしているかな。急すぎたかな。協力出来てるかな。

ルリカはいいけど、ヤマ兄がちゃんと会話してるかな。また真顔でピントのずれたことを言いかねない。心配にもなってきた。

キョウにお会計を任せて店の外で待つことにした。その間にルリカに今の様子でも訊こうと思って。ふと駐車場の方へ目を向けると、絶句した。

赤髪のソフトモヒに黒の学ランが視界に入った。

どうしてここにいるのだろう。

ミフネさんだった。

米俵の恐怖、再来。

彼を視界に捉えたまま、一歩も動けなかった。

「……アサカちゃん?」

片手をあげ、笑いながらゆっくり近付いてきた。そんな気さくな関係でもないのに。

「ち……違います!」

「覚えてるよ、アサカちゃんの顔」

すくんだ足はなんの役にも立たない。あたしの腕はあっさり捕まってしまった。

「大丈夫。今日、何もしないよ。……元気?」

笑いながら言った。

「……元気ですけど」

「ヤマトくんも?」

「とても元気ですけど。三食しっかり食べて寝ています」

「なら、良かった」

「こんなとこで何してるんですか?」

「ちょっと用事が……ああ、アサカちゃんには関係ないことでね」

「……灰高はまだお忙しいんですか?」

「んー。そうだね」

「そうだねって……」

「もうちょっとしたら、ヤマトくんに会いに行こうかな」

「もうちょっとしたら? また、ヤマ兄を狙うんですか?」

「まあ、そんなとこ」

「……灰高としてですか?」

「そうだね。まあ、気にしなくていいよ」

「気になりますよ……ミフネさんって偉いんですか?」

前も思った。偉そうだし。灰高を動かせるような力があるのだろうか。

番長とかそういう呼び方があった気がするけど、そういう感じの立場なのかな。前に訊いたときは、否定されたけど。本当はどういうポジションなんだろうか。疑問がふつふつと沸く。

「ううん。違うよ。俺、ここ担当だから」

頭を指さした。ふざけた箱を送りつけてきたから頭はあまり良くないと思ってたのに……。

この人が頭脳担当で大丈夫かと灰高が心配になった。

でもどっちみち、トップに近い存在なのかもしれない。

「……ヤマ兄……ナンバー3さんに自分から手を出してないって言いました」

「ふうん」

「灰高は……ヤマ兄には手を出さないって掟みたいなものがあると聞きました」

眉が上にピクリと持ちあがって止まった。

「………」

「なんでその掟を破ってまでヤマ兄を狙うんですか? ナンバー3さんはなんでヤマ兄に手を出したんですか? それを……ヤマ兄から手を出したことになってるのは何故ですか?」

「アサカちゃん詳しいね。色々」

「う、噂ですけど」

静かな怒りを感じて、下手なことは言えないとあたしは簡単にすごんでしまった。肝っ玉が小さいのだ。

「……噂って嘘の塊みたいだと思わない?」

「ミフネさんも嘘の塊みたいですけど」

しまった。本音を言ってしまった。そう思いながらも、ふと浮かんでくる思いがあった。

「………」

「……あの。今、言葉を並べて思い浮かんだんですけど」

あたし、頭が切れるかもしれない。すっと胸に落ちた。たぶん、ミフネさんよりは頭がいいとは思う。

「……何?」

「ヤマ兄と喧嘩するきっかけが欲しかったんですか? 掟を破る為のきっかけ。ヤマ兄が手を出したことにすれば、それを理由にすることが出来るから」

「………」

「もしかして、ヤマ兄と喧嘩したかったんですか?」

「………」

「ミフネさんが」

グレーの瞳が逸らされた。あたしの思っていたことは当たったということだろうか。

沈黙してから

「面白いね、その話」

あたしの腕を離したけど、掴まれた跡が熱い。

「ヤマ兄に、何か恨みでもあるんですか?」

「………」

「………」

「アサカちゃん、俺を卑怯って言ったよね」

「……はっ……言いましたっけ?」

思い出せずに訊き返すと

「間違ってないよ」

喧騒の中にいる迷子みたいに、寂しそうに笑った。


「あーちゃん!」

後ろから、キョウの声がした。彼もそれに気付いたのだろう。

「じゃあ、またね」と言って、あたしには手を出すこともなく駐車場に姿を消した。

「あーちゃん!」

「あ……ああ」とようやく駆け寄ってきたキョウの方を向く。

「ねえ、さっきのこの前いた男だよね?」

キョウはスーパーの袋を提げたまま、あたしの両腕を掴んだ。

「えっ? ああ……うん」

「何かされた? 大丈夫だった?」

激しく身体を揺すられた。脳みそが混ざり合ってしまいそうだ。

「……だ……だ……大丈夫じゃ」

「本当に? あーちゃん?」

「うん」

キョウはあたしの手を握った。心配してるという気持ちが黙ってても伝わってきた。


部屋に戻ると、ルリカとヤマ兄が話していたので、ほっとした。

気まずい雰囲気ではなかったようだ。

気を取り直そうと、テーブルにお菓子を広げた。

「遅かったな」

「お菓子に迷っちゃって」

「アサカ、買い過ぎだよ」

「だって、キョウが大量に買い込むんだもん」

「ヤマト」とキョウが急にヤマ兄を呼び出し部屋の外へ行った。

そう言えば、30分レンタルなのに、延長してしまっている。

「……ていうかアサカ、急に2人きりにしないでよ。どうしていいかわからなかったってば」

「あれ? あたし、気を利かせたつもりでいたんだけど」

「無理あるよ……でも、嬉しかったけど」

にっこり笑う。

それから、ルリカが帰ると言うから、またお節介ついでに〝夜道は危ないから送ってヤマ兄作戦〟を実行した。

それにもすんなり承諾してくれて、あたしは全てがうまくいってるみたいに思えた。

ただ、ミフネさんの言ったことが気になるから、あとでヤマ兄に言うことにしよう。あたしの推理は当たっているのかな。

ヤマ兄は、ミフネさんに恨まれてるのかな。

ヤマ兄は、ミフネさんを前から知っているのかな。

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