25話 彼女の恋の応援を
「夏休み、旅行でも行こうか?」
お母さんが急に旅行のパンフレットをダイニングのテーブルの上にばらまくようにおいた。
「お母さん、朝ご飯食べてるから邪魔だよ」
「どこ行きたい?」
「フランス」とタカ兄が答える。
「オーストラリア」とキョウが言ったと思えば、「エジプト」とヤマ兄が言ってみて、「じゃあ……沖縄?」とあたしが答えた。
「ああ沖縄! 昔みんなで行ったわねー。楽しかったわよね。うんうん。じゃあ、あとは決めておいてね」
さじを投げて、部屋へと姿を消した。
「……酔っ払いの言うことは信用するな」
タカ兄が言ったとおり誰も鵜呑みにすることのない、いつも通りの朝だった。
「……ねえ、サヤコってどういうときにキスしたくなるの?」
「……はっ?」
サヤコは飲んでいたミルクティーを噴き出しそうになったのか、手で口を押えた。
やはり変な質問だったのかもしれない。
「何それ?」
「いや……その……なんとなく」
「うーん。彼氏とラブラブなときは……したくなるかな?」
「ラ……ラブラブって?」
ラブラブなんて抽象過ぎてわからない。中身を教えてほしい。肝心なラブラブの詳細を!
「そ……そこ訊く?……まあね。こう……くっついてるときとかかな?」
「くっついてるときだけなの?」
くっついてなくてもキスしたくなったよ?
「いや、くっついてなくてもしたくなるよ。どうしたの?その今まで見たことのないような真剣な形相は」
「いや……別に」
「気になってる人でも出来たんでしょ?」
「ん……なわけないよ。ヨリ様一筋ですから」
慌ててヨリ様が専属モデルのファッション雑誌を広げてごまかした。今月号の表紙はいつものクールな表情ではなく愛らしい笑顔で可愛らしいのだ。
「あっそ。結局、この前の紹介もダメだったもんね。当分、男は無理だね」
「ははは」
言葉の矢は想像以上に痛む。あたしの手じゃ引き抜けなかった。
「売店、混んでたー」
笑顔でルリカが教室に戻ってくるなり言ったが、顔がなぜかニヤニヤしている。
「言ってることと顔が違うよ」と指摘すると
「えっ? そんなことないって」
「なんかにやけてない?」
「えっ?」
サヤコに言われると余計に慌てだす。顔もさっきよりも赤くなってるみたいだし。
「なんかあったの?」
「……えっ? ううん。なんもないよ」
ニヤリと笑うサヤコの顔に〝白状しやがれ〟と書かれて見えた。
「……ルリカ、もしかして、好きな人出来たとか?」
だけど白状させたのはサヤコではなく、あたしが当てずっぽうで言った科白だった。
ルリカの顔をさらに赤くさせ、言葉を詰まらせてしまった。
「………」
「まじで!!」
ルリカはようやく小さく頷いた。こんな恥ずかしそうな彼女を見たことが無かった。
恋をするのが怖いと言ったルリカが恋をした。
すごい! ていうか、嬉しい! あたしが恋したわけじゃないのに、ワクワクしてきた。ルリカが恋をしたんだ。ミラクル!
「……誰?学校の人?」
「……うん」
「誰? 2年?」
かぶりを振った。タメじゃないんだ。どういう人なんだろう。
「……言いにくいんだけど」
「いいよ、言ってよ」
「うんうん」
「やっぱり……言えないよ」
「なんで? 秘密にすることないじゃん。あたし達の仲でしょ?」とサヤコが言う。
「そうだけど……秘密にしたいわけじゃなくて。言ったらたぶん釣り合わないって思う人だから言えない」
「釣り合わないなんて思っちゃダメだよ。ねっ、アサカ?」
「うんうん!」
「協力……してくれる?」
不安そうな顔であたしとサヤコを順に見る。
「うんうん!」
大きく頷いていると、覚悟を決めたみたいにキュッと唇を強く噛んだ。
それからか細い声で
「……ヤマト先輩が好き……みたい」
「えええええええええええっ!!」
教室の端の席にいたというのに、みんなの目があたしとサヤコに集まった。
下手したら2学年中に響き渡ってしまったのではないだろうか。んなわけないか。
「……やっぱ、無理だよね。ヤマト先輩……誰に告られても付き合わないって聞いたし。あたしなんかじゃ……」
「いや、そんなことないよ」
「うっ……うん。あんなヤマ兄なんか、めじゃないよ!」
ヤマ兄は目が大きな従兄弟のナナちゃんのこと可愛いって言ってたし、ルリカも目が大きくて系統としては一緒じゃないかな? いける気がする。
「そう思う?」
それにとサヤコがあたしの肩を抱き寄せ
「……ルリカ、ここに最強な味方がいるじゃん。妹が!」
「うん。うんうん。あたしがいるよ。あと、使えないけどキョウもいるし!協力する!」
カマさんに協力するのは気が乗らないけど、ルリカだったら応援したい!
「うん……じゃあ頑張ってもいいかな?」
「いいよっ! あたし応援する!」
「良かった」と、顔をくしゃくしゃにして笑う。もしかして言うのを我慢していたのかな。言ってくれたら良かったのに。
友達のお兄ちゃんを好きになるって言い出しにくいことなのかな。
そんなことを考えながら、あたしは悶々と恋成就作戦を頭の中で練り始めた。
「ヤマ兄、彼女欲しいでおじゃりますか?」
「最強にひどい質問の仕方だな」
放課後、炎のメットをあたしに被せて睨んだ。最近ではこのメットはあたしの頭の一部になりつつある……ダサいけど。
「なぬっ?」
「日本語」
「……彼女欲しいですか?」
「いらない」
「変人」
「ブス」
顔も見ないでブスと言い、バイクは発進する。
最近、ヤマ兄曰く、〝どうしようもないわるお〟すなわち弱い勘違いした不良しか襲撃に来ないらしい。
それを見て逃げるか、うまく切り抜けるか、TKOして帰るという3パターンだ。
3代わるお高校はパタリと姿を現さないんだ。
そこを訊こうとすると教えてくれない。何か知っているのか知らないのか。
だけど、過保護ヤマ兄はまだあたしを手放さないらしい。何が起きるかわからないからだろうか。
だけど、カマさんに訊き行けば今の現状がわかるんだと思う。
なのに、カマさんの弟であるレンくんに醜態をさらしてしまってから、カマさんにも会うのを避けているというシャイなあたし。
いい加減、ほとぼりも冷めたかな。
だいぶ気が抜けている。もしかしたらヤマ兄もかもしれない。
あたしは嵐の前の静けさという言葉を知らなかった。
「ヤマ兄は好きな女子ってどういう女子?」
「好きな女子? なんだそれ?」
「ヤマ兄はセクシー系と可愛い系どっちが好き?」
「どっちでもいいけど」
「ヤマ兄はどういう女子と付き合うの?」
「普通の人」
「ヤマ……」
「お前はなんなんだ?」
珍しくヤマ兄の部屋にあたしがいるせいか、ここぞとばかりの不機嫌顔をされた。
「なんなんだって、何がじゃ?」
「放課後からずっと質問攻め」
「そんなことないでござるよ」
「なんなんだよ?」
睨まれた。さっきより恐い。のこぎりの先端を首元につきつけられたみたいにぞっとした。
「……忍っ」
ばれそうになる前に部屋をどろんした。
応援するって言ったけど、何から手をつけていいかさっぱりわからない。
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