24話 お兄ちゃんじゃないのは……

「あ、アサカちゃん」

「あっ」

恥ずかしい余興も終わり、トイレに行くとナナちゃんに会った。

「……さっきのカラオケ聞いてなかったからびっくりしちゃった」と声をかける。

「あっ、聞いてなかったんだ?」

「うん。うちのお母さん適当だから言うの忘れてたみたい」

「ははっ。適当って。でもおばさんよくテレビでてるよね。」

二コリとあたしに微笑んだ。くぼんだえくぼが余計に可愛く見える。

「あんまり家にいないからね」と言いながらもテレビというよりお酒ばかり呑んでいるイメージしかない、あたし。

「あっ、そっか……忙しいんだね、お仕事。淋しいね」

急に気を遣われた空気になってしまった。別に暗い話をしたつもりもないと言うのに。母子家庭だからかもしれない。

「でも兄妹多いからそんなんでもないよ? 結構、平気」

「仲良いもんね。さっきテーブルにいるみんなを見てたら微笑ましくなったよ。似てるよね」

「えええっ! 全然似てないよ!」

「そうかな? でも、みんなかっこよくなってて、びっくりしちゃった。10年も経てば変わるよね」

「かっこよくないよ! ていうか、ケイコちゃんがすごい綺麗だった! 鼻血出るかと思っちゃった」

「ドレス着てるから、少しはね。でもヤマトくんがいちばん変わってたね」

ポーチからメイク道具を取り出した。あたしはハンカチしか持ってない。ほんのり鼻の頭がテカテカ光っている。女子っぽくないかもと反省する。

「ヤマ兄が?」

「うん。いちばん変わってたね」

「……あたしにはよくわかんないな」

本当によくわからない。

「あっ、そう言えば昔さ、あたしとアサカちゃんでヤマトくんの取り合いしたよね? あたしが遊ぶのーとか言って。覚えてる?」

「あ……ああ……そんなこともあったような」

あんまり覚えていないけど、タカ兄が言っていた。

「ふふふ。あたし、ヤマトくんのこと好きだったんだよね、あのとき」

「へっ? そうなの?」

「うん。だからアサカちゃんが羨ましくて。ちょっと意地悪しちゃったの。2人が遊んでる後に着いて行って、ヤマトくん遊ぼうって誘って。で、アサカちゃんも遊ぶとか言って取り合い」

クスクスと笑う。

「うん」

「でも結局3人で仲良く遊ぶんだよね。さっき、そんなこと思い出したら笑いたくなっちゃった」

「……ふうん」

またえくぼが出来て、思わずじっと見てしまった。

「アサカちゃん?」

「……あっ、ううん。えくぼに見とれてしまって」

頬を手で押さえた。あたしが変態だと思われなかっただろうか。心配になる。

「お父さんに似てお姉ちゃんもあたしもえくぼがあるんだよね。恥ずかしいんだけど」

「えくぼも遺伝するんだね?」

「ふふ……そうみたいだね」

遺伝か。あたしに伝わるものはなんなんだろうな。頬を指で押してみた。

「アサカちゃんってさ……」

大きな目を見開くと

「ヤマトくんのこと、お兄ちゃんって思ってる?」

「……へっ?」

「……なんか、ヤマトくんのこと意識してるように見えたから」

「はっ?」

「でもかっこいいしね……仕方ないよね」

「仕方ないって?」

「うん。だってさ……兄妹って言ってもあれでしょ……?」

ナナちゃんはもしかして相模家の兄妹事情を知っているのかな。

あれでしょ……?

って、どれでしょ……?

パタンとドアが開いて、さっき会場にいた着物の女性が入ってきた。新郎の親族席にいた人だった。

「人が来て言う話でもないね。ごめんね」と、ばつ悪そうにナナちゃんは小声で謝罪する。

「あっ、ううん」

「じゃあ先戻るね」

「えっ?」

言いかけたことが引っ掛かったのだけど、結局、引き止める言葉が咄嗟にでなくて、何も聞けなかった。


さて、結婚式はというと、タカ兄は見知らぬ女子によく話かけられていて、ヤマ兄はナナちゃんと仲良さそうに話していて、キョウはよくわからないとこでも泣いていて、お母さんはここでもお酒を良く呑んでいて、あたしは少しイライラしていてカルシウム不足に焦り、「牛乳」と頼んでウェイターさんに苦笑いされてしまった。

だけど、ケイコちゃんはとても綺麗で、またえくぼを見せて微笑んでいる。

幸せというのは空気の中に溶け込んでいて、肌で感じれるものなんだろうな。

その時だけは、イライラなんてものも忘れてしまった。

ブーケは彼女のお友達が貰って、あたしにはまだ、結婚どうのこうのより、恋のお誘いもなさそうだなぁなんて思った。


帰りの新幹線はキョウが隣だった。東京駅につくまで眠ることにしようと思ったら、うなじに何か触れてくすぐったかった。

「……んっ」

隣を見たらキョウが今のタイミングで背もたれに身体を預けて、目を閉じた。

「……キョウ……何かしたでしょ?」

「……寝ておる」

「何をしたのじゃ? 怒らぬ」

「………」

「言うのじゃ」

「……舐めたのじゃ」

「はっ?」

「舐めたのじゃ」

「変態!」

抗議のあまり、首を絞める。

「おごらないっでいっでたのに……」

「もう寝るからね」

手を離し、そっぽを向いた。

うなじが見えるとすーすーしてやっぱり嫌だ。キョウにも舐められるし、当分封印しようと思った。

寝ようとすると、ヤマ兄の話をするナナちゃんの言葉が頭を過り、考えてしまう。

『兄妹って言ってもあれでしょ……?』

どれでしょう? ねえ、どれでしょう?

その意味を勝手に訳してみると

『兄妹って言っても血繋がってないんでしょ』

っていう意味だったんじゃないかな。

『でも、かっこいいしね……仕方ないよね』は、きっと

『兄妹って思えなくても仕方ないよね』という意味なんじゃないのかって、あたしは想像してしまう。

従姉妹であるナナちゃんなら、真実を知っていてもおかしくないかもしれない。

おじさん、おばさんから聞かされている可能性だってある。

だとしたら、ヤマ兄は本当のお兄ちゃんじゃないってことなんだ。


家に帰り、疲れているから早めにベッドに横になったというのに、なんだかイライラした気分が抜けない。結局寝つけなくて、ベランダに出た。

「はあああ」と盛大な溜め息が漏れた。

しばらくして、引き戸が開く音がする。ヤマ兄が顔を出すと目が合った。

「………」

「………」

「お前、今日不機嫌だろ?」

「………」

「朝、サソリ固め失敗したからだろ?」

「………」

「着慣れない服着たからだろ?」

「……不機嫌じゃないよ?」

「嘘つけ。ずっと睨んでたくせに」

「えっ? 睨んでた?」

そんなつもりはなかったのに。ヤマ兄に嘘つきって視線を送る。

「午前中からずっと」

「無意識じゃ」

「……ならいいけど」

そう言うと顔を引っ込めた。一人のベランダが寂しく思えた。もう来ないのかな……。

「……ヤマ兄!」

なんの反応もない。

「……ヤマ兄!!」

「なんだよ?」

また顔を出してあたしを見つめる。

「……寝れない」

「お前がか?」

呆れながら、あたしの隣に腰をおろした。

「そうじゃ」

「新幹線で寝てたからだな」

「ばれておったか……」

「いびきが、うるさくてなー」

「ぬぉお?」

「コーヒーでも飲んで寝ろ」

「それは反対だと思います」

真剣に言ってる気がして少し心配だ。

「アサだったらそれで寝れるよ」

「……ナナちゃん可愛かったね」

「話が飛ぶな」

「ヤマ兄が可愛いって言ってたんじゃん。言った通り、可愛かったなー」

あたしは指で頬を押した。離せば、戻ってくる。へこむこともない。

「そうだな。可愛かったな」

「良かったね、可愛いナナちゃんと楽しそうに話せて。携帯とか見てなんか楽しんでたよね」

「ああ、携帯な」

「……何見てたの?」

「なんでもいいだろ」

「………」

素っ気ない態度がカチンとくる。だから、無言になって訴えた。

ヤマ兄は溜め息をついた後、「ナナの彼氏の写メ」と言う。

彼氏? ナナちゃん、彼氏いたんだ。なんだ。そうなんだ。

無意識に力が入ってたみたいで、肩に入っていた空気が抜けるみたいに軽くなった。

「そりゃ、可愛かったら彼氏いるか。なんだ残念だったね、ヤマ兄」

「急に機嫌良くなったな」

「はっ?」

「機嫌良くなった」

前髪をかきあげて笑う。

「変わらないでごじゃるよ」

「ナナと話すと機嫌悪くなるよな、昔から」

「………っ」

「精神年齢小学生」

「……そんなことないのでござるよ」

「なんでナナのことそんなに嫌いなんだ?」

「えっ?」

「嫌いだから、不機嫌だったんだろ? 本当は」

「いや、そんなことないけど。今日、普通に2人で話してたし」

「ふうん。ならいいけど」


それからヤマ兄は部屋に戻った。

人と話したあとだからか、ベランダに取り残された気分になる。

一緒のタイミングで部屋に戻るべきだったかもしれない。

膝を抱えて蹲った。

そっか。

今日イライラしてたのは、ナナちゃんと喧嘩をしてた思い出があったせいだ。

無意識にそれを思い出していたに違いないのだ。

きっと、そうだ。


「早く、寝ろよ。風邪ひくぞ」

しばらくして、ガラッと音がしてヤマ兄が顔を出した。

「寝るぞぇ」

「おう」

「立たせてよ」

手を上に挙げると、やれやれと言った表情をして引っ張る。

「おやすみ」

「うん、おやすみ」

「……なんか言いたいことあんだろ?」

いつもは何も言わなくてもするくせに。

「言いたくない」

「ふうん」

今日だって、してくれればいいのに。

「……キスする?」

「ん?」

キスなんか、「誓いのキスを」と促されなくてもしてしまえたのに。

キスなんか、「キスする?」と口に出さなくてもしてしまえたのに。

あたしは少し、可笑しいみたい。

ヤマ兄にキスを口に出して求めてしまうなんて。

唇が触れて、ようやく心が落ち着いた。

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