23話 キスの意味
「ねえ、なんで?」
お母さんは極道の妻みたいな黒い着物を身にまとって、ファンだという人と写真撮影をしていた。
そこから離れた階段でお母さんを待つ兄妹4人。
受付に向かうところだった。
黒のスーツ姿のタカ兄が、遠目で「愛想笑い、きもいなー」と笑っていた。
そう、それはいいんだけど。
そこまではいいんだけど。
「なんか緊張するね」なんてキョウが言う横で、ヤマ兄は「腹減った」なんて呟いている。
だけど、2人の服装は黒のブレザーにチェックのパンツという見慣れた制服姿だった。
「ねえ、なんで2人は制服なの?」
薄いピンクのワンピースを着て髪の毛も巻いてアップにした。メイクもして貰ったし、うなじがすーすーと空気に触れて変な感じ。普段、隠してるところを見せるというのは羞恥心を憶える。
ていうか、あたしだけ浮いてない?
「高校生は、制服が礼服になるんだよ」とタカ兄が言った。
「……あたしも、制服で良かったんだ?」
「そういうこと」
10年ぶりに会う従兄弟の結婚式に出席するのをあたしだけ張り切ってるみたいじゃないか。
お母さん教えてよ。制服でいいんだよって言ってよ。
そう抗議したら「いいのよ。めでたい席に花を添えなきゃね」とすんなり交わされた。
呆れて目を離すと、タカ兄が見知らぬ女子と写メを撮っていたり、キョウがこれまた見知らぬ女子にひどいボディタッチ攻撃を受けていた。
今度は遠恋か……。
ヤマ兄はどこだろうと探してみたら、瞳の大きな可愛い女子と笑顔で会話をしていた。
どいつもこいつも! 結婚式っていうよりいわゆる合コンというノリか? タラシ三兄弟め! 無礼すぎて、切腹じゃ!
「あら、ナナちゃんじゃない?」とお母さんがヤマ兄の方を見て呟く。
「ナナちゃん?」
「ナナちゃーん!」
お母さんは、ヤマ兄の方へ向かう。どうやら隣にいた可愛い女子がナナちゃんだったらしい。
彼女は目を丸くしてから、えくぼを見せて微笑んだ。
「あっ、おばさん、お久しぶりです」
「大きくなったわねー」
「はい。もう高2です。おばさんも変わらないですね」
「まだ20代に見えるって言われたのー、さっき。やっぱ変わらない?」
お母さんはむふふと笑う。そりゃ、エステに通ってるんだから少しは若く見えるだろう。20代は明らかなお世辞のような気もするけど。
「……あっ、アサカちゃん?」
「……ど……どうも。ご無沙汰で……アサカです」
あたしに向けられた笑顔を見て、こんな顔だったななんて思いだした。
可愛い。キュンとしてしまった。
「アサカちゃん、大人っぽいねー」
「はっ……いや、全然。化粧なんて不慣れなものをしたせいで老けたんだよ」
「あたしなんか、いつもと変わらないし」
「……あ……はは」
ナナちゃんでさえ、制服だというのにこの張り切り娘状態のあたしを穴を掘って埋めたくなった。
「じゃあ、あとで」と彼女は頭を下げた。
ヤマ兄が言う可愛い女子。ヤマ兄の可愛い。
ヤマ兄を見たら、ナナちゃんの後ろ姿を見つめているようだった。
今も可愛いと思ったのかな。男子はそういうものなのかもしれない。
「結婚式に出席する方はこちらにお集まり下さい!」
係員の指示に従って、ホテル内にあるチャペルに向かった。
前の席に親族が座る。一瞬、自分がお母さんの子供ではないということが頭を過ぎる。だけど、さっき会ったおじさんおばさんの態度はいつも通りだった。だからやっぱり気にしないことにする。
思えば、初めての結婚式なのだ。行く前は面倒くさいとか思っていたけど、式場内はなんだか温かで優しい空気を感じて、いつの間にか楽しみになっていた。
ドキドキしていると真っ白なウェディングドレスに身を包んだケイコちゃんがヴァージンロードをおじさんと腕を組み一歩一歩を噛み締めたみたいにゆっくり歩いてきた。
ドラマでしか見たことないせいか、さらにドキドキする。
優しそうな新郎の隣にケイコちゃんが並ぶと、さっきまで隣にいたおじさんが小さく見えて、急に寂しい気持ちになってしまった。
泣くのを我慢しているみたいで、目頭を押さえていた。
おじさんは新郎にケイコちゃんを託したんだ。そう思うと涙が出そうになる。
隣に座っていたキョウはすでに号泣していた。下手したら、この中で一番泣いているかもしれない。
コテコテの片言で話す神父さんが指輪の交換を促したり、愛を誓いあわせたりしている。
さあ、ここからが……ドラマでよく見る名場面だよね。
「誓いのキスを」
二人が向かいあい、新婦のベールをあげる。
横顔がはっきりと見えた。照れ笑いをしているのか、頬にえくぼ。
綺麗と思わず声が出そうになった。
新郎がケイコちゃんの肩にそっと手を置いて、そっと顔を近づけた。
ふわりと唇が重なり合った。
披露宴が始まった。親族席におばさんやナナちゃん達と丸いテーブルを囲んで座っていた。
堅苦しい挨拶が始まると、自然と意識が違うとこに飛ぶ。
さっきのキスは綺麗だったなーなんて、あたしはボーッと思っていた。
誓いのキスか。
誓うとなんでキスをするんだろう。
キスをしたら、誓いの言葉が永遠になるのかな。
キスってなんなんだろう。
キスしたくなるってなんなんだろう。
キスしたくなる人ってなんなんだろう。
向かいにいるヤマ兄の顔が視界に入って、心臓がまた痛苦しくなる。
変な病気にでもなってしまったのかもしれない。
「次は従兄弟の皆様による……」
司会の声であたし達4人はピタリと食事する手を止めた。
「あ、言い忘れた。余興っていうの? カラオケ頼まれてたんだわ。お願いね」と、お母さんはニンマリ笑った。
「はっ?」
「ほら定番の曲だし。いいでしょ? わかるでしょ?」
「無理だろ」とヤマ兄が言って、「オラウ―、カラオケ好きだろ?」と、タカ兄があたしに矛先を向けた。一人で行けということらしい。
「……いや、こんな晴れ舞台で披露出来る喉は持ち合わせておらぬ。キョウ殿、この歌得意だったな?」
「……いや、気のせいじゃ。それに、喉の調子が悪いのじゃ。ヤマト、この歌好きだったよね?」
「聴いたこともねーよ……タカイチ。長男として代表して行けば?」
「……つうか、オラウーの派手なドレスは舞台用だろ?」
4人で主役の座をなすりつけあっていると、「全員で行けって意味だよ。てめえら、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行きやがれ!」と、ドスのきいた声が飛ぶ。
眉間にしわを寄せたお母さんだった。手には日本刀でも持っていそうな迫力だ。
「うぬっ」
ナナちゃんや他の従兄弟も普通の顔で立ちあがったから、仕方なくあたし達も立ち上がり、着いていく。
お母さんが極妻になると面倒臭いことになるのは、承知している。
しぶしぶとステージにあがるけど、何故か会場は変にどよめいていた。目立たないように後ろにいよう。
結婚式の定番曲の音楽が流れ出す。
無言の圧力でタカ兄からマイクを手渡され、あたしがトップバッターでナナちゃんと歌う。
ナナちゃん、歌うまいな。なんかまた、穴を掘って埋まりたくなる。
何故かフラッシュがたかれて、撮影されている。
あたしなんか撮っていないのはわかるけど。
早く、終わってくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます