22話 そうだ、結婚式に行こう!

「そういえば来週の日曜日、結婚式あるから予定いれるんじゃないわよ」

出勤前のお母さんがあたしに言った。

「えっ? 聞いてないけど」

「えーっ? 半年前に言ったじゃない? 従兄弟の桂子ケイコちゃんの結婚式」

「……聞いてない」

聞いてないあげく従兄弟のケイコちゃんにだって10年くらい会っていない。

「結婚式なんかに着て行けるような服ないよ」

「レンタルも出来るわよ?」

「ほっ。そうなんだ」

「だから予定いれないのよ。あと宇都宮でするから土曜日の午後に行って、日曜日の結婚式と披露宴が終わってから帰るからね」

そこんとこよろしくと言って、お母さんは軽快に出て行った。


リビングでくつろいでいたタカ兄に

「タカ兄は、従兄弟のケイコちゃんってわかる?」

「ケイコちゃん? それはわかるに決まってるだろ。10年位会ってねーよな」

「あっ、やっぱりそうだよね。結婚式とか緊張しそうだし、準備とか考えるとなんだか面倒臭いのう」

「まあな」

「ケイコちゃんっていくつなの?」

「俺の6つ上位だったから、25歳位だろ」

「ふうん」

「そういや妹もいたよな」

「ぬっ? ああっ、奈那ナナちゃんだよね? あたしと同じ歳だった気が」

「そうそう。お前といつもヤマトの取り合いしてたな」

「はっ?」

「ナナとオラウ―がヤマトの取り合いをしてただろ? あたしがヤマトと遊ぶって言い合いする位仲良かったな。喧嘩ばっかしてさ」

口角をあげてニヤリと笑った。

「不敵な笑みを浮かべおって……」

むっと腹が立つ。

なんとなく忌々しさを感じる笑顔だった。

「不敵な笑み?」とタカ兄の顔から笑顔がすっとひいていくものだから驚いた。

怒らせたのかもしれない。だけど、間違ったことは言っていないのだ。

だから、「不敵な笑み」ともう一度言ってあげた。

タカ兄はソファーから急に立ち上がると表情も崩さず、あたしに近づいてくるものだから、後ずさってしまう。

ついには、背中が壁にぴったりくっついてしまい、いよいよ行き場がなくなってしまった。

「タカ兄、邪魔じゃ」

タカ兄は、あたしがどこにも行けないように壁に手をついて塞ぐと顔をただ近づけてきた。何をする気だと息を飲むと

「ぶっ」

あたしの顔を見て噴き出した。

「はっ?」

「お前って、追い詰められたときの顔がいちばんオランウータンに似てるよな」

「なぬっ?」

「まじ似てる。オラウー……」

腹を抱えて笑い出す。

「レディに対して失礼じゃっ!」

そんなこと言っても、タカ兄にはなにも通じないらしく、延々と笑い続けていた。



そんなわけで今、新幹線で宇都宮まで向かっている。

日曜日の朝一の新幹線でも良かったんだけど、お母さんが会いたい人がいるからということで土曜日からの出陣らしい。

タカ兄にナナちゃんと喧嘩してたなんて言われ、少しだけ10年ぶりの再会に緊張感を持っている。

まあ、それだけじゃないんだけど。

「あーちゃん、餃子像がある」

「これが餃子? 女子っぽいよ?」

「餃子か女子か宇宙人か……」

宇都宮駅に降り立ち、ペデストリアンデッキを歩くと奇跡的に見つけた。ひっそりと立つ宇都宮名物餃子の銅像。

キョウと議論しているというのに、先に3人はホテルへと向かって歩いていた。


チェックインしたのは、明日挙式が行われるホテルだった。

ツインルーム2部屋とシングルルーム1部屋で予約していたらしい。

シングルルームは5階で、ツインルームは3階で並びだった。

「アサカとあたしは同じ部屋でいいわよね」とお母さんが言うので、あたしは自然にツインルーム。

シングルルームは自然と俺のだ顔のタカ兄だったけど、お母さんの「シングルルーム争奪戦!」の一声でジャンケン大会になる。

兄3人のジャンケンを制したのは、意外にもキョウだった。

「じゃあ、後で」と別れ、自分達の部屋へ行く。

広々とした部屋で、あたしはベッドに腰をかける。

そう言えば、お母さんと2人きりになることがあまりないな。

こういうとき位しか、ゆっくり話す時間なんてないのかも。

いつも、呑み歩いてるし。

「……お母さん」

「あっ、あたし用事あるから出掛けてくるわね」

「えっ?」

「ほら、こっち来たついでに顔出すとこあってね……」

そう説明すると、お母さんは部屋から出て行った。

結局一人か。下のレストランで4人で食事を終えたものの、また部屋に戻ると、あたしはただ暇だった。

といっても、宇都宮の街をひとりでプラプラする気分にもなれず(帰ってこれない)、餃子を食べ歩きする気にもなれず、テレビを見ながらベッドでゴロゴロしている。

これじゃ家と変わらない。

コンコンとドアをノックする音がした。キョウだった。

「あーちゃん。一人、暇でしょう?」

「暇じゃ」

「これが噂のとちテレかな」

「そうみたい」

2人でいてもすることもない。テレビ東京じゃなくとちぎテレビを見ている位で。

ヤマ兄達は何してるんだろう。

それにしても、明日のことを考えると憂鬱だな。余計なことも考えてしまう。

ナナちゃんと喧嘩したことがあるからとか、あたしがオランウータンに似てるからとか、そんなんじゃなくて。

「……キョウ。あたし、結婚式、本当は行きたくないのじゃ」

「んー。なんでじゃ、あーちゃん殿?」

「だって、お母さんと血が繋がってないじゃん?」

キョウが腰かけていたベッドに腰を下ろすと、スプリングが揺れた。

「……うん」

「だから、親戚の人はそれを知ってるかもしれないでしょ?……少し変な目で見られたりするのかなって考えたら気が重くなっちゃったの。普段、気にしないんだけどね。とちテレのせいかな」

「……うん。俺も少し思ったよ。きっと、とちテレのせいだね」

「うん。とちテレじゃな」

「でも、俺等は兄妹なんだし。家族なんだし。気にしないで行こうよ。とちテレのことも」

「……そうじゃな」

一人より二人だと思うと心強い気がしてくる。とちテレの嫌がらせには負けないのだ。

キョウはあたしの毛先に指を絡ませくるくる回す。

「あーちゃん、明日さ何色のドレス着るの?」

「んーと、白とか可愛くない?」

「……白って確かNGカラーだよ」

「えっ? そうなの?」

「あーちゃんは本当、抜けてるね」

ケラケラ笑われると腹が立った。

けど、どうやら彼女から電話がかかってきたみたいで、ごめんねと口パクをしながら部屋を出て行ってしまった。

それから、しばらくベッドの上で目を閉じた。


早めにお風呂をすませた。時計は21時を過ぎている。

お母さん、何時に帰ってくるんだろう。

暇に耐えきれず、今度はあたしがキョウの部屋に行くことにした。

電話だって終わってるだろうし。キョウの相手をしてあげよう。

タカ兄達の部屋に行こうかとも思ったけど。嫌みを言われそうだから、行くのをやめた。

「503……503」

迷わないように部屋の番号を呟きながら、エレベーターに乗った。

503……503。

どうにか辿り着いたので、控えめにドアをノックする。

「キョウ? アサカだよ?」

出てくる気配もない。仕方なく呼び鈴を押した。

「……いないのかな」

せっかく来たというのに。

ガチャリとドアが開いた音がする。僅かに開いた隙間からあたしを見る目はヤマ兄だった。

「あれ……? キョウは?」

「部屋、交換したけど。幽霊がどうのこうので寝れないだか言って」

「あっ、そうなんだ」

「なんかあったのか?」

「いや、暇だったのじゃ」

「あっそ。入るか?」と言った、ヤマ兄はよく見たらバスローブ姿で、髪が濡れていた。

「もしかして、お風呂入ってた?」

「うん。今、あがったとこ」

「タイミング悪かったね。ごめん」

謝ると、ヤマ兄は眉間にしわを寄せた。

「つうか、アサ……その姿で廊下歩くなよ」

「へ?」

「危ねーだろ」

ルームウェア姿のあたしにダメだしをして、バスルームの方へ行く。

なんか邪魔しにきたみたいになってるけど。とりあえず、ベッドの上に腰をかけた。

ドライヤーの音を聞きながら、テレビをつけた。

「予期せぬ展開じゃ……」

最近、ヤマ兄といると心臓辺りが痛苦しいときがある。

なんなんだろう。

「おやすみ」のキスも、心臓辺りがずんっとする。

まだ慣れていないのかもな。

「お茶とって」

ヤマ兄はバスルームから出てくると、偉そうに顎で冷蔵庫をさす。

「へいへい」

あたしの分のオレンジジュースも拝借した。テレビをつけるとあたし達の大好きなホラー映画がやっていた。

「これ懐かしいな」

「映像古いねー」

「これ小学生のとき見たよな」

「うんうん」

ベッドの向きと身体を反対にして、お腹を下にして寝そべった。両掌に顎を乗せる。ヤマ兄も同じ態勢であたしの隣に寝そべる。

昔もこうやってテレビを見ていた気がして懐かしい気持ちにもなる。


「ヤマ兄は、ケイコちゃんとナナちゃん覚えてる?」

「んっ? ああ、覚えてる。薄っすら」

「ふうん。あたしあんまり覚えてないな」

「でも数える位しか会ったことないだろ?」

「……うん。どんな感じだったっけ?」

「ケイコちゃんは活発な感じだったけど。ナナ……は大人しくて可愛かったかな」

「可愛い?」

ヤマ兄の口から女子のことを可愛いなんて言葉が出ると思わなかった。

「……なんだその目は?」

「えっ? あたしどんな目を?」

「睨むなよ」

「……いや、ヤマ兄が人を可愛いと言うとは思わなかったから。嘘臭いと思って」

ヤマ兄の可愛いってどんな感じなんだろうか。イメージが膨らまない。

「なんだそれ」

フッと笑った。ホラー映画もいつの間にか終わっていて、あたしは伸びをしながら寝返りを打って天井を見上げた。

ヤマ兄の指があたしの髪の毛先に絡むと、クルクルと円を描く。

「……キョウにもそれやられたよ」

「キョウと一緒にすんなよ」

「一緒じゃ」

「アサの髪はフワフワだな。気持ちいい」

「んふふ。一触り50円じゃ」

「リアルな値段だな」

そう言うと、あたしの髪の中に手を突っ込んでグリグリした。頭皮マッサージが気持ち良くて目を閉じた……ら、寝てしまった。


寝返りを打ったら、真正面にヤマ兄の寝顔があって驚いた。

「わっ……」と小さい声を漏らした。

ベッドの中心に顔を向けてあたしと彼は寄り添っていた。

規則正しい寝息を立てている。

「ヤマ兄……」

呼びかけると、「んー」と寝むそうな声を出す。

「アサ……寝やが……って」

目を閉じながらごもごも話して、聞きづらい。

「うん」

「鍵……渡し……から……寝て……ろ」

「あ……お母さんに?」

「ん……」と言うと、布団の中に頭まで埋もれて見えなくなった。

会話は途中だったので、あたしも潜り込む。


シングルベッドは狭くて、息苦しい。

秘密基地に隠れたみたいな気分になる。

少しだけヤマ兄の懐に頭を寄せると、トクトクいって浮いたり沈んだりしている。

穏やかさがここにはあって、会話は途中だったけども、起こしてしまうのは気が引けた。

『キスしたくなる』

ヤマ兄はあたしにそう言ったことがある。

あたしも、今、そんな風に思った。

だから、「おやすみ」と言って、ヤマ兄にキスをした。

あたしから、「おやすみ」のキスをしたのは小さいとき以来だった。

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