20話 初めてのデート
その日の朝は、朝帰りをしたお母さんと目を一の字にしたタカ兄以外は過剰反応だった。
いやもう少し正確に言うと、キョウだけがただ玄関で過剰反応だった。
「あーちゃん! 今日のデート、何かある前に電話するんだよ! 変な書類とか貰ってサインする前にね!」
あたしをギュウーッと抱きしめて、頬に3連続でキスをする。
「ほら、もう行くから!」
どうにかごまかしてあたしは駆け出した。
ヤマ兄は、そんなやりとりに興味もないと言ったように、エレベーターの前にすでに待機していた。
そう。今日は放課後デート。
というか、例の紹介された男子と初めてのご対面なんだ。
昼休み、化粧に疎いらしいあたしの顔にサヤコとルリカからヘアメイクをほどこされた。
無駄というように伸ばした胸付近の髪もあたしじゃ巻けない位に綺麗に巻いて貰ったし。
「なんか顔だけ浮いてない?」
「可愛いって!」
不安がるあたしの背中を押して貰って、待ち合わせ場所まで向かった。
わるおくんに会わない代わりに、またトイレに行きたくなるドキドキが襲う。
腸が弱い。こんなところで実感した。
どんな人なんだろう。
思えばソフトクリーム型の雲の印象と名前しか浮かばない。
渋谷のモヤイ像前で待ち合わせをした。
あたしは、そこに行くまでも悲鳴をあげそうになった。迷ったから。
待ち合わせ時間をだいぶ遅らせて貰って良かったなと、彼を待った。
午後5時になり携帯が鳴る。電話に出ると同時に隣の男子高校生と目があった。
「今、着いた」と耳元で言う声とその人の口が同じように動いて、思わず「あっ」と大きな声を出してしまった。
彼がレンくんのようだ。
黒髪と金髪が入り混じった毛をウニみたいに逆立てていた。
身長は高そうだけど、キョウみたいに華奢っぽい身体。
つり目で精悍な顔立ちをしているので、ちょっと怖そうにも見える。
「アサカちゃん?」
だけど、笑いかけた微笑みは優しそうな感じで、ほっとした。
冬のホットミルクみたいに温まりやすそうな人だなと思った。
「はいっ」
元気よく返事をしてみたけど、続きは何を言えばいいのだろう。
そう思って、彼の顔から視線を少し下ろしてみる。黒い学ランだった。
「アサカちゃん、どこ行こっか?」
「……どこ、行こう?」
「………」
「………」
しばしの沈黙の後、近くのカフェでも入ろうという彼の提案に全身全霊で頷いた。
丸いテーブルに向かい合って座る。いささか緊張は抜けない。
「アサカちゃんは2年なんだよね?」
「はははははい。レンくんはひとつ年上ですよね?」
「うん。大人っぽいね」
「いや、ぜ、全然です」
さっき頼んだカフェオレを飲もうとカップに手をつけようとすると、プルプルと手が震えた。
自分でも驚いた。これじゃ、カフェオレがうまく飲めない。
全部零してしまいそうで飲むことを諦め、カップを戻す。
「平定なんだよね?」
「はいっ。レンさんはどちらさまですか?」
「ああ、高校?」
「あ、はい」
「光灰高校だよ」
ニッコリと微笑まれたあと、背筋がゾクゾクゾクとした。
「灰高……ですか?」
「うん。平定から見たら、頭悪くてごめんね」
「いや。いやいや……そんなことは」と言いながら、あたしの頭の中にミフネさんの顔が浮かんでしまったと同時に、もしかしてここに灰高の人がいて、あたしを米俵にしようと考えているのかもしれないと思ったりした。
でも、まさか。ウニみたいな頭だけど、話し方は穏やかで優しそうだ。こんな人があたしをこうのどうの……ではなく、どうのこうのする気はないだろう。
30秒の会議で頭の中を整理させてから結論を下す。この人はいい人だって。
「ほら……灰高だって……こう……有名じゃないですか?」
「有名って?」
テーブルの上に肘をのせ、自分の顎を手の平で支えながら、彼は微笑んだ。
「ええと……元気というか……悪い人が多いというか」
「ははっ。そうだね、ほぼ93%以上が不良だからね」
「……そ、そうなんですか?」
なんと緻密な計算。あと7%はなんなのだろうかとか思っても尋ねられない。
「まあ、俺もどっちかっつーとそっちだけど」
背筋がさらにゾクゾクゾクとした。
誰かに氷の厚い板でも背中に投げ込まれた気分だ。
「み……見えませぬなぁ」
「本当? すげー嬉しい! 俺、こう見えても意外に真面目だからね。そういや、アサカちゃんの名字ってさ」
「あああっ! ごめんなさい。ちょっとトイレに」
彼の質問タイムを遮って席を立った。だって相模と言ったら、狂変しそうだ。
たぶん、彼はわるおらしいからヤマ兄の話を知ってるはずだ。
あたしがヤマ兄の妹だと知ったら……。
死すデスマッチ。
ヤマ兄に『灰高の人を紹介されました』と場所を明記してメールを送った。
もしもの為に。
紹介って、結構命がけなんだなと思った。
気を取り直して、席につくとあたしの名字に興味が無くなったみたいで関係ない話を持ち出してきた。
ひと安心した。
「平定の子って可愛いよね」
そんな殺し文句を言われて、あたしはハムスターが回し車を走る位に一生懸命になって、頭の中を駆けずりまわる。気の利いたことを言おうと。
「……灰高って頭みたいな人っているんですか?」ってあたしは切り出していた。
アウトプットが明らかにおかしいと自分でも思った。
「頭? ああ、いるよ」
「えええと……やっぱりすごい強いんでしょうね。あははは」
口は意味不明にペラペラと話しだす。やっぱりトイレ行きたくなるし。
一瞬、レンくんの顔が強張った気がした。
「まあ。そうだな。毎年、頭決めるのにも色々あるから。それがあった上での勝ち残りだからな。弱いわけがねーよな」
だけど、気の所為だったのか、言いながら穏やかに笑う。
「なるほど」
喧嘩から話を逸らしたほうがいいと話題を振っておきながら気づいた。
だけど、こうやって、男子との会話を増やしていけば彼氏が出来るのかな。
そう思いながらも男子と2人きりで会話というのが高度すぎたみたいで、帰りたくなった。
「平定と言ったら、相模大和だよな、やっぱ」
心臓をバチで叩いたみたいにドンッと打った。
だけど、
というか、紹介ってもっと、甘い話をするものだよね。
あたしの会話を皮切りにズレちゃったのかな?
そんな気がしてきた。紹介ってやっぱり難しいんだ。
時間が経つに連れてますます実感する。
「……そんな人、いますね」
「平定唯一の有名人だよな。まじ、伝説だもんなー」
いや、あたしの兄で、普通に生活してますよとは言えなかった。
「……伝説ですか?」
「ああ。最強の男、龍神だからな。有名だよ。うちの学校でもね」
「その人を叩きのめすんですか? 灰高は?」
しまった。何を聞いてるあたし。
「えっ? そりゃ、ないよ」
「へっ? なんでですか?」
「先代……まあ、前の前の頭がヤマトにタイマンはって負けたらしいんだ。それが、ひどい具合に負けてね。だから、それから、あいつには関わるなって言う掟が出来たんだって」
「そうなんですか?」
「うん。だから、灰高が手を出すことはない。規律は厳しいからね。そこは守りたいってとこかな。まあ、そうなったら面白そうだけどね」と、また笑った。
あたしは、この人はあたしがヤマ兄の妹と知っているのではないかと思った。
個人情報がどこで流失したのか検討はつかないけれど。
だって、じゃないと急にヤマ兄の名前なんか出さないだろう。
だから、何かを握られてる気分になった。
笑い方も怖く見えてきた。
逃げるべきと心の中でサイレンが鳴り、唐突に切り出してしまう。
「帰りますか?」
「え? もう帰るの?」
出会って30分でサヨウナラをしようとしたあたしに抗議の目が飛んだ。
「えええと……」
うまくここを切り抜ける理由なんかあるかな。
考えようとした時点で諦めた。
「外、行きましょうよ? なんか、カフェだけじゃ……ねっ?」
「そうだね」
良かった。基本的に女子の意見に耳を傾けてくれる人で。
安心してお店を出た瞬間、店の前に黒い学ランの男子が5人立っていた。
灰高だ。
レンくんの制服を目の前にしていたから、あたしでも判断出来た。
「………」
どうしようと思って、振り返った。
後ろにいたレンくんが、彼らに笑いかけるのを見て、ぞわぞわと背中だけじゃなく全身を寒がらせた。
その瞬間、やっぱりレンくんは、あたしがヤマ兄の妹ってことを知っていて。
灰高自体だって、今だに、ヤマ兄のことを狙っていて。
もしかして、あたしを米俵か虫にするつもりでいるんだと実感した。
立ちすくんだ足に、逃げろと指示が出るのを感じて
「きゃああああ!」
悲鳴を綺麗に響かせながら、走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます