19話 会ってみたらわかる
なんて性格の悪い兄妹なんだ。
親の顔が見てみたいと思ったら、お母さんの顔が浮かんで納得した。
それにしても新しいザラキめいた呪文が生まれてきそうだ。
確かに彼氏なんか、連れてきたことはないけれど。
あの上から目線の産物はなんだ。というか産物がこの、むかつきか。
「どうだった? 連絡きた?」
翌朝、ルリカがあたしの席の前に腰かけた。主語がなくても昨日、紹介してくれた人の話だとピンときた。
「きたよ! ねえ、ルリカ。あたし、この人と付き合うよ!」
「えっ? そんなに良い人なの? ていうか、もう告られたの? 展開早くない?」
「……いや、何もないし。まだよくわかんない」
「じゃあ、そんなに意気込まなくてもいいじゃない?」
「いや、彼氏が欲しいのです。切実!!」
「まあ彼氏がそれだけいなかったら欲しくなるのは、わかる気はするけど。ダメだよ、ちゃんと好きになった人と付き合わないと?」
咲き損ねた花みたいに元気なく笑った。
そう言えば、ルリカは可愛いのに彼氏がいない。
前に付き合ってた人にひどい裏切り方をされてから、恋をすることが怖いって言ってたことを思い出した。
あたし、無神経だったかもしれない。誰でもいいから付き合いたいみたいな軽い発言しちゃったよ。
謝りたくなったけど、その言葉さえ言ってはいけないかもしれない。
「頑張ってね」
「うん」
あたしも好きな人出来ないけど、ルリカはもっと苦しいのかもな。恋したいなんて、軽々しく言えるあたしは、贅沢かもしれない。
そんなことを思いながらも、せっかく紹介して貰ったんだし会わないのは失礼にあたるはずと、脳みそを切り替えた。
だけど紹介って何すればいいんだろう。昨日は名前を教え合った位で、メールの返事をしなかったら今日はなんの音沙汰もなかったのだ。
サヤコに相談したら、「なんでもない質問メールでもして、面倒臭くなったら会えばいいよ」と言われた。
ざっくりな回答はサヤコらしいけど。
とりあえず、『好きな雲の形はなんですか?』と送ってみた。
あとは返信を待つことにしよう。
「アサ、帰るぞ」
放課後、ヤマ兄が迎えに来たので
「へっす」
とやる気なく返事をした。だけど絶対、見てやがれ。見返してやる気満々なのだ。
バイクの後ろに乗りながら言った。
「ヤマ兄、勝負服と勝負化粧と勝負下着買いに行くから付き合って!」
あたしの生き生きとした声と反して、じっとりとした目で睨まれた。
「……男の為か?」
「ち……違うよ!」
「豚に真珠」
「がっ!」とヤマ兄の首に手を回した。
だけど、「首締めんな」と軽く外されてしまった。
結局、その日はツンパも買わず、タコ焼きを食べて終わったけど。
しまった。これはヤマ兄の策略だ。あたしに彼氏が出来るジェラシーだ。自分に彼女がいないから。絶対そうだ。
そう思いながらも家に帰ると、数日、兄妹UNOとトランプ大決戦をした。
とても盛り上がってしまった。そのせいか、また紹介して貰った人とのメールの連絡が途絶えてしまった。
好きな雲の形はソフトクリームと答えてくれたから可愛いメルヘンチックな男子が思い浮かんだというのに、あたしはそれから返事をしていなかったんだ。
と、後悔をしながらまた連絡を数日忘れてしまった。UNOからマルオカート大会に変わってしまったせいだ。
だけど、UNOもトランプもマルオカートも飽きた夜。
思わぬタイミングでお相手の彼から電話があった。
「もしもし」
「あっ……もしもし」
話しなれない男子の声のせいか、心臓がバクバクした。トイレに行きたくなってしまう。
「………」
「アサカちゃんだよね?」
「そうです」
「……ええと。俺、ルリカちゃんから紹介して貰った」
「
「そうそう。あー、良かった。連絡ないから、忘れられてると思った」
「ま、まっさか!!」
ちょっと、御座なりみたいになってたけど。それには理由がある訳であって。
だけどそんな言い訳も出来ず、あたしは顔が真っ赤になって話してたんだと思う。
思った以上に動悸が激しい。トイレに行けないのもあるけど。
会う約束を交わし、電話を切った。
顔がすごい火照ってる気がして、ベランダに出た。
ほっとした溜め息が漏れる。目線の先には、夜景が広がる。
そう言えば、ベランダから見える夜景を見つめることなんかなかったな。
見慣れた地元の夜景は、なんだか温かい気持ちにもなる。
少し騒がしい光の集合体。
昔からある光。途中からある光。そんな区別がつかないのに、集合すれば同じに見える。
全部の為にある、大きい輝きのひとつ。それがいっぱいある。きっと、あたしの家の電気もどこかから見たら、その中のひとつなんだろうと思うと安心するんだ。
「お前、電話の声うるせーよ」
ヤマ兄の声がした。
いつの間にか、引き戸から顔をだしてあたしを迷惑そうに見ていた。
「あたしの会話聞いてたのかの? エロいというものじゃ!」
「だから、声がでかいんだっつーの」
ヤマ兄はあたしと同じようにベランダの手すりにもたれた。
「デートするんだ?」
「そうだよ」
チロリと目だけでヤマ兄の顔を見ると、ヤマ兄も手すりに置いた腕に鼻を押し付けて埋めながら、あたしを目だけで見た。
「いつだっけ?」
「内緒」
「また拉致られたらめんどい。日にちと時間教えろ」
「何それ?」
「迎えだけ行ってやるよ」
「いいよ、別に」
「ダメだ」
「ダメじゃない」
「ダメ」
ヤマ兄の声が少し可愛いと思えたのは、口を腕に埋めたせいでくぐもって聞こえるからかな。黙って、また夜景を見た。
「わかった」
「マメに連絡しろよ。心配だから」
「了解つかまつった」
「まだその流行り終らないんだな」
「何を申すか」
「何も申さねーよ」
ヤマ兄が初めて、のってくれたから吹き出してしまった。
「ふふ。じゃあ、もう寝るね」
「おう」
ヤマ兄は、またあたしを見たかと思うと後頭部に触れた。あたしのハゲそうだというねこっ毛に、くしみたいに手を通した。
そう思ってたのに、グリグリ撫でた。毛根が強くなるというのだろうか。
不思議そうに見るとヤマ兄の唇が、またあたしの唇を制した。
「ヤマ兄、口でキスするなって言ったよね?」
「言ったな」
「これはキスですか?」
「んー。アサの口が、タラコに見えた」
そんなに厚い唇じゃないのに。失礼にも程がある。
「それって……ヤマ兄、お腹空いてるんでしょ?」
「減ってないって」
「タラコそんなに好きだったっけ?」
まじまじと、あたしを見る。
「アサにキスしたくなるな」
「はっ?」
「キスしたくなる」
笑いもせずに彼は、あたしにまたキスをした。いつもと同じ、唇の表面だけが触れ合うだけのキスだった。
あたしの唇は潤いがなくガサガサで、
ヤマ兄の唇のほうがまだ若干の水分か何かを含んでいるんだろうと、思った。
初めて、ヤマ兄の唇について考えてしまった。
「あれか。おやすみってことだな」
唇が離れてから、彼は理由が思い浮かんだような顔で言った。
「……それは、小さいとき以来だね」
幼い頃、家族内で、なんでもかんでもキスしてた。
出掛け際、寝る前。
だけど、寝る前のキスは小学校でやめた。
それ以来のおやすみのキスだった。
お母さんにも、タカ兄にも、キョウにもしないキスを。
ヤマ兄とあたしだけ、その夜から交わすことになる。
ベランダで会った夜だけ。
「おやすみ」と、ヤマ兄が言った。
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