18話 彼氏を作ろう!

お母さんがタンザニアから帰国した頃には、日本はゴールデンウィークの後半戦に突入していた。

あたしは旅行の予定もなく腐っていて、たまにキョウと前田利家のDVDを借りてみたり、ヤマ兄に車でどこか連れてって貰ったり。

タカ兄は女子と旅行にでも行ったのか不在で、まるっきり相手にはして貰え無かった。


お母さんは帰るや否や、リビングにタカ兄を抜かしたあたし達を集めた。

「はっ?」

珍しく3人の声が揃った。

「だから彼氏が出来たの」

「彼氏? タンザニア人?」

あたしが代表して聞き返した。

「違うわよ。ジャパニーズ!!! だから、まあこれからはたまに家を空けることになるかもしれないけど。こんなお母さんを許して……」

急に目頭を押さえて泣いた振りをするけど、そんなことじゃ騙されないし。

ていうか、今さらすぎる。

家を空けるなんて行動は、お母さんが寝る前に化粧を落とすという行動と同じ位、普通の行動だったからだ。


今さらなんなんだ。

いずれ、結婚なんてことも考えたりしてるということなのだろうか。

お相手はお母さん曰く青年実業家らしいけど、あたしにはよくわからなかった。

ていうかお母さんでさえ、恋をして彼氏が出来るとはどういうことなの?

またどうしようもない、苛立ちが募る。

思えば恋ってしたことがないのかもしれない。

それはやっぱり、友達が言うみたいにブラコンだからだろうか。

ゴールデンウィークの過ごし方を振り返ってみても、確かにそう言われてもおかしくない。

兄妹でおでかけ三昧だったし。出会いを求めるなんて考えても、あたしは未だに拉致されるかもしれないということで一人で外出させて貰えなかった。

ヤマ兄が過保護なお父さんにも見えてきた。

もうあれからひと月は経ちそうだし、いいんじゃないのかな。


ゴールデンウィーク明けのお昼休みに、カマさんをちょっと呼び出してみた。

勿論、ヤマ兄があたしに何も言ってくれないから、カマさんから情報を聞き出す為だ。

その代わり、ヤマ兄の履いてるパンツの柄とか教えてあげた。ごめんね、こんな妹でと心の中では謝るけれど。

「今、また大変みたいよ」

「灰高と陽高ですか?」

「灰高と陽高もだけど。附学の中でも、もめてるみたいなの」

「むむっ?」

「附学の頭は木村って3年の奴なんだけど。その座を脅かそうとしてる子がいるらしくて、今てんやわんやなのよ。学校中が大荒れなの」


「わあっ……」

「まあ入学したばかりだから何処でもある風景みたいなんだけどね。3年が1年を占めたりするってことは。その逆もしかり的な」

「なんか、訳がわからない話ですな……とりあえず、かいつまんで言うと、あたしの身は安全なんですね?」

「そうね。今のところは、ヤマトをどうのこうのしようって話にはなってないみたいよ。安全じゃないかしらね?」

そんなカマさんの言葉にあたしは余裕のアサちゃんになってしまった。


教室に戻ってからあたしはサヤコに訴えた。

「……あたし、出会いが欲しいです」

「急にどうしたの?」

サヤコがあたしをきょとんと見つめる。

「サヤコがあたしの為に男になってくれないなら。ヨリさまがあたしの彼氏になってくれないなら……誰か! 紹介して下さい!!」

「あんたが、脱ブラコン宣言?」

「ブラコンじゃないよ! あたしは健全乙女だよ」

「やっとその気になったか」

あたしの両肩をポンポンと叩いて笑った。


「彼氏の友達いい人いるかな」

携帯を片手にサヤコがぶつぶつと呟く。

「何してんの?」

ぴょこりと後ろからルリカも現れた。

「あたし、彼氏作ろうと思って!」

「えっ? どうしたの、急に? 正気?」

「うん。あたし、恋をするんだ!!」

「で、どうやって出会う気なの?」

「サヤコに紹介して貰おうと!」

「紹介かぁ」と言ったあと、「友達の友達で女の子紹介してほしいって子いたよ?」と言った。

「まじで?」

思わず椅子から立ち上がってしまった。思わぬところから紹介の影あり。

「まじで」

「あたしを是非、立候補させて下さい!」

「なんの選挙よ……じゃあ、聞いてみるからさ。でも期待しないでね」

「うんっ」

紹介ってこんな簡単なことだったんだ。

確かサヤコの彼氏とは紹介で出会ったって言ってたし、あたしに彼氏が出来る日も、きっとそう遠くないはず。

踏み出して良かった。


その日の帰り際にルリカから「アドレス教えたから、たぶん連絡くると思うよ、頑張って」と言われた。

いよいよ、恋への道が始まるのかもしれない。

また校門に出る前にわるおくんを発見したらしいヤマ兄と、先生用の入り口から学校を抜け出した。

あたしがヤマ兄の犬だと思ってたけど、ヤマ兄が犬みたいだ。野生の勘というか、優れた嗅覚といいうか。

こうやって切り抜けているところを見ると、『俺は、喧嘩が大嫌いだ』と言ってたことは本当かもしれない。

これだけ逃げてるのに、何故、ヤマ兄を狙うんだろう。

名前をあげたいとか言うけど、男子のプライドはよくわからないな。

「ヤマ兄、今日はどこか寄ってく?」

「またなんか食うのか? デブるぞ」

「デブりんにはならぬのじゃ」

しぶしぶだけど、ヤマ兄は放課後のあたしの楽しみにも付き合ってくれるようになった。

よく考えると、免許を取り終えた彼はあたしと変わらず、暇人のようで急に何処にも行かなくなった。一緒に時代劇は観てくれないけど。


「あーちゃん。なんで、そんなに携帯をこまめに見てるの?」

夕飯を食べ終えて、ヤマ兄とキョウとあたしでテレビを観ていると、ソファの横からあたしをじっとりと見つめた。

「なんでもないよ」

「あーちゃん、携帯なんかいつもどこかに置きっぱなしじゃないか?」

「そんなことはないでござるよ」

キョウはあたしの携帯を奪い取ると

「ぐわぁああああ!!」

「……」

だから、言いたくなかったのにな。この過剰反応。想像通りだった。


「ヤマト!大変だ!!あーちゃんが変な男に勧誘されている!!」

わざわざヤマ兄にも見せるという始末で。

「勧誘なわけなかろうもん!」

「じゃあ誰、この男の名前!あーちゃんの携帯に男の名前! 詐欺かなんかの勧誘以外思い浮かばない!」

真剣な顔つきで、携帯を見つめていたヤマ兄も、「……チェーンメールか?」と、呟いた。

なんでヤマ兄までそんな意味のわからない回答をするのだ。

「あたしの彼氏!……未来の」


ヤマ兄もキョウも眉間にしわを寄せた。

「未来の彼氏?」

「そうじゃ」

「アサの?」

「そうじゃ」

キョウとヤマ兄が狂ったように笑い始めた。

ヤマ兄がこんなに笑うなんて珍しいと感心するわけもなく。

とりあえずイライラしたので、手前にいたキョウの喉元にラリアットを喰らわせた。

「うごっ」

「なんで笑うのじゃ?」

「アサが彼氏とか無理だろう」とヤマ兄が答える。

「はっ?」

「あーちゃん、ダメだよ。彼氏なんか俺が許さないんだから」

「親父か!」

完全に頭にきた。

「拙者、メンズを落とす!」

携帯をまたじっと見てヤマ兄が笑った。

「頑張れば?」

小馬鹿にしたような笑顔だった。

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