17話 感じるのは違和感

それから、2日後。

わるおくんに絡まれることもなく、ヤマ兄に送り迎えをして貰ってあたしの命は無事だった。待望のその日は日曜日。


「ヤマ兄」

ドアを開けると、彼の部屋には誰もいなかった。

「……はっ?」

裏切られた気分になった。どっか連れて行くって言ったじゃないか。

「ヤマヤマヤマー!!!!」

リビングにもいない。ぐああああ!と、地団太を踏んでもどうしようもない。

これは一人で出掛けちゃうよ?

いいの? いいのかな? 出掛けちゃよ?

呟きながら携帯を見たら、『出掛けるなよ』とヤマ兄から釘をさすメールが届いていた。

仕方なく彼のベッドで不貞寝をすることにする。

イライラをこれで解消してやるんだ。

「アサの寝るときのよだれは尋常ない」と言われたからだ。

こうなれば、嫌がらせのひとつ位いいだろう。

そう思ってヤマ兄の布団にくるまると、あたしの布団とは違う匂いがする。

それがなんだか心地が良くてすやすやと夢の世界へと導かれていかれてしまった。


「起きろ」と声がした。

その言葉通り、あたしは素直に起きた。

ヤマ兄はあたしの顔を迷惑そうに見つめていた。

枕のよだれに対してだろうと察しはついたけど謝らなかった。

「おはにょーござる」

「おはにょーござるって……いつまで寝てるんだよ」

「だってヤマ兄があたしを放置プレイするから」

剥がされた布団をまた頭まで隠した。

「悪かったな。出掛けんだろ?」

「……うん」

布団から顔を出す。機嫌は一気に良くなった。


「さてどこ行くか」と、エレベーターを下りて彼の後を着いて行く。

バイクで出掛けると思って、ジーンズにパーカーを着てラフな服装だというのに、なぜか駐車場に向かっていた。

「……何するのかの?」

お母さんの黒のセダン車の鍵を開けて、運転席に座り込んだ。

「……えっ?」

「乗れよ」と助手席を指差した。

「……はっ?」

やっぱりヤマ兄はわるおくんなのかもしれない。

だって思いっきり、無免許じゃないですか。お母さんがいないことを理由に、好き勝手な暴走機関車になってるじゃないですか。

タンザニアだか、カンボジアだか行ってる場合じゃない!

人の心配するより、子供の未来を見つめようよ!


「……してはいけぬのじゃ」

「大丈夫、車借りるって言ってあるし」

「お母さんにっ?」

「そう。いいから乗れよ」

「お母さんが許可を出したのか……」

どんだけ適当なんだ、あの人は。しぶしぶと車に乗り込んだ。ドキドキしているけど、慣れた手つきで車が走りだす。

駐車場を出て、道路へと普通に合流する。暴走機関車のわりには安全運転だ。

「アサ、何食べたい?」

「ん~。もんじゃ焼き」

「もんじゃか」

気分じゃないのか、しぶしぶと言った表情。

それでも承諾してくれて、家族でよく来ていたお店で車は向かう。

「ヤマ兄、運転うまいね」

ピタリと駐車場に車を停めただけであたしは感心した。


「初心者のわりにはな」

「初心者って?」

「やっと車の免許とれた」

「あ、そうなんだ。おめでとう」

そう言ってお店に入る。少し古びた店内が居心地がいいのは何故だろう。座敷の席に通され、平べったい座布団に腰を下ろした。

餅めんたいチーズのもんじゃと、お好み焼きのぶた玉を頼んだ。

グラスに入った水を一口飲み込んだでハッと気がつく。

「……えっ? ヤマ兄、車の免許とったの?」

「ああ。なんで、そんなそんな時間をかけて聞き返すんだよ?」

「本当に? いつ? えっ? 全然知らなかったんだけど!」

「先月から教習所通ってたけど」

「そうなの? もしかして、それで忙しかったの?」

ヤマ兄は4月上旬が誕生日だ。18歳だし、免許を取ろうと思えば取れるけど、全然気がつかなかった。

「ああ」

「……もしやふざけた果たし状の日も、それがあったの?」

「まあな。どっちにしろ、行く気は無かったけど」

「ぬむっ」


カマさんが、〝ヤマトは人に言わなくてもやることはやる〟と言っていたけど。

確かに人に言わなくてもやってたけど、あたしの想像してたことと違う!

灰高と話をつけるとかしてたんじゃないの?

あたしを守るために何かしてたんじゃないの?

全然違う! 車の免許って、関係ないじゃないか!


「なんだよ、その顔」

「いいえ、衝撃的だったので」

ヤマ兄は油をひいてお好み焼きを焼き始めた。

それを見ながら、お腹の虫は素直に鳴り始める。

「アサは、もんじゃに餅ないと機嫌悪くなるよな」

思い出したようにヤマ兄は、笑った。

そういえばこのお店に2人で来ることは、無かったかもしれない。

いつも家族か来てもキョウと2人だった。というよりも、ここ以外でもヤマ兄と出掛けることが最近はなかった。

もしかして2人で遊ぶのは、小学生以来かもしれない。


ヤマ兄が、あたしが極度の方向音痴だったことや、もんじゃに餅がないと不機嫌になることを思い出してしまう位、2人でいること自体が少なくなった気がする。

ちょっとしたことも、記憶のポケットの奥のほつれた糸にでも絡まってるのかな。

そんな記憶が今さら飛び出てくるのは、ヤマ兄だけじゃなかった。

あたしも一緒だった。

ヤマ兄は猪みたいで、何かを始めると熱中しすぎて周りが見えなくなるところがあるって思い出した。一本気のある性格だ。

だから免許に集中して、周りに興味が薄れてしまうのもヤマ兄らしいんだ。


小学校6年間やってた柔道だって、中学生になってサッカー部に入部してすっぱりやめた。

両立は出来ないという理由からだった気がする。

そんなこと忘れてたけどそんなヤマ兄の気質を見ただけで、あたしは、少し心が落ち着いた。

通い慣れたもんじゃ焼きのお店という空間にいるからだろうか。

2人で食べたもんじゃ焼きもお好み焼きもおいしくて、ヤマ兄といる時間が好きだったことも思い出した。

ヤマ兄にべったりしてたのも、そのせいだったんだろうな。

あたしは、ヤマ兄のことが大好きだったから。


お腹も膨らみ、車に乗り込んだ。

「アサ、あと何処行く?」

「んーと、ボーリング!」

「ボーリング?」

「うぬ」

なんだか気持ちも膨らむ思いがした。ハートがパンパンみたいで、少し痛苦しい。世間一般的に言うマゾというものなのかな。少し気持ちがいいかもしれない。

「しょーがねーなー」

また走り出した車とヤマ兄の仕方なく承諾する声。

こんなこと言うと心配されしまいそうだから、言うのをやめた。

「ねえ、ヤマ兄の助手席ってあたしが初めてかの?」

「違う」

「もしや金髪さんの彼女?」

「まだそれ言うか? まじで、あれは関係ないし。知らねーよ」

「じゃあ誰じゃ?」

「教習所の教官」

「ヤマ兄、それは寒いというものでは……」

「間違ってねーだろうが」

「いや、寒いのじゃ」

「アサ、降りるか?」

「いや、それは無理だす。馬も来ぬし……」

だけどあたしを見捨てることなく、道路を車は走る。

「……助手席は、アサが初だな」とヤマ兄は呟いた。

「彼女じゃなくて、残念だったね」

赤信号で車が止まると、あたしを見て、「アサで良かったよ」と言った。

「ぬむっ」

10秒後に、あたしが言えた言葉はそれだけだった。


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