16話 優しさが怖いのは
タカ兄が家にいる。なんか不思議だ。
真正面のソファにどかっと座っているだけなのに、それだけで絵になるのは気のせいだろうか。
「オラウー」
だから、オランウータンじゃありませんけども。
「オラちゃん」
「………」
「くそゴリラ」
「……くそゴリラって誰のことじゃ?」
「くそゴリラだったんだな、お前の名前は」
ククと笑った。ムカついたけど、シカトしよう。
「タカ兄、珍しいね。家にいるの」
「そうか?」
「だって、いつもキョウとあたししかいないもん。あっ、そういえば、お母さん最近帰ってこないよね?」
3日前の朝にお母さんが朝帰りをして話したのを最後に姿を見ていない。
朝帰りはよくするけど、数日の無断外泊は珍しいのだ。
「ああ。今、タンザニアだって」
「へー。タンザニア…ってどこ?」
すんなりタンザニアという国名を受け入れられる脳みその回路は無かった。
「難民キャンプの取材だかって言ってたけど」
「難民キャンプ? お母さんが? なんで?」
「チャリティー番組だっけ? それの取材で行ってる」
「……何も聞いてないんだけど」
「じゃあ俺にしか言ってないかもな」
「……適当」
「今に始まったことじゃねーだろう」
「うむむ……」
それは、納得の一言である。
「まあ。大丈夫だろう。何度かああいうとこ行ったりしてるみたいだし」
「えっ? そうなの? 初めて聞いた!」
「結構ボランティアとかチャリティーとかに関心があるらしいって。なんかの週刊誌で読んだ記憶があるけどな」
「へー」
お母さんはお酒にしか興味がないものかと思ってた。
しかし、なにかの陰謀か戦略かもしれない。
バタンとドアが開くとキョウが「あーちゃん」と叫んだ。
「何ごとじゃ?」
あたしの身体に腕を回して抱きついてきた。ぎゅうと力が込められて痛い。
「彼女に振られた!!」
「……何番目?」
「……3番目のOL!!」
「そっかそっか」
頭を撫でながら励ますけど。何股もしてるから、被害者はOLの彼女のほうだと思う。
「キョウ、きもいから離れろよ」
タカ兄が言った。
「嫌だ。嫌だ。嫌だー!」
「アサカから、離れろって」
「……あんだよー」と、下唇を突き出して変な顔をした。
「まああと4人も女いるんだからいいだろう」
「そっか。そうだね」
ケロリと笑った。キョウの失恋の回復するスピードは、足の擦り傷の完治よりも早い。
「なんかキョウは変わらなくて安心するな」
何故か自然とそんな言葉が口を出た。
「そう? 変わらないっていいでしょ?」
「いや、お前は変われよ」
「嫌だ」
キョウとタカ兄は静かに火花を散らし始めたけど、拗ねたキョウが先に腰をあげて出て行った。あ
まあ兄妹喧嘩という話でもなさそうだけど。
「あたし解放まであと2日か…」
カレンダーを見て呟いた。
「なんだその地球滅亡みたいなカウントダウンは」
「ほらあたし今、命狙われてるでしょ? どこにも遊びに行けないんだけど。2日経ったら、ヤマ兄がどこか連れてってくれるって言うから」
「あー」と、何かわかったかの様に頷いた。
「なんで出掛けちゃダメなのかな。大袈裟な気がするんだけど」
「ヤマトはな……」
「んっ?」
「あいつは可哀そうだと、俺でさえ思うよ」
「可哀そうって……?」
「……だって、優しさが怖いんだよ、あいつは」
「はっ?」
「優しさが怖いなんて奴、なかなかいないだろう」
「何それ?」
聞き返したもののタカ兄の携帯が鳴動し会話を始めたかと思うと、リビングを出て行ってしまった。
それから誰もリビングに入ってくることもなく、あたしは時間を持て余しごろごろしていた。
さっきのタカ兄が言った言葉の意味を考えてみたりもしたけど、やっぱりわからない。
部屋に戻って、なんとなく脳内のアサカ探偵事務所を呼び起こして、調査ノートに手をつけた。
この前、キョウと話したことを忘れないように書き留めておこうと思ったのだ。
キョウとあたしが兄妹……か。
きっと、これが真実なんだろうな。そんな気がした。いつもより滑りが悪くペンがはしる。
ドタドタと廊下を歩く足音がした。パタンと閉まったドアは隣の部屋だと思った。
パタンとノートを閉じた。
ヤマ兄が、帰ってきたんだ。
なんとなく隣にいると思うと安心した。最近、いつも一緒にいるからな。
引き戸をひく音がしたから、ベランダに出たのだと察する。
あたしも真似して、引き戸から顔だけ出した。
「お帰り」
「ああ、ただいま」とへりに座ったまま顔を向ける。
「あと2日経ったら、外行っていいんだよね」
「うん。連れてくって」
そう言って笑った。やっと解放されると思うと、あたしも笑みが零れた。
「何しようかな」
「なんでもいいけど。近ければな」
「美味しいものが食べたいのう」
「ああ。わかった。早く寝ろよ」
「ちゃんと聞いておりますか?」
「聞いてるって。おやすみ」
「むむっ」
軽くあしらわれてることに気がついて反論するとそっと距離が近づいて、「おやすみ」と口づけを交わした。
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