15話 カマはカマでも

あれからヤマ兄は、たまにあたしに食べ物を与えてくれるようになった。

あたしの不満でいっぱいになった欲という人間の基盤を、どうにかこうにかごまかそうとしてくれているのかもしれない。


お茶を買いに、昼休みに売店へ向かう。

「おばちゃん、お茶頂戴」と、声が重なった。

はっとして横を向くとスキンヘッドの人がいた。

なんとなく見たことがある気がしていると、ヤマ兄のお友達だと気づく。

じろりと鋭い眼光で睨まれたので、ああ、なんか人生終わったなと言った気分になる。お茶ならどうぞ差し上げます。


「ヤマトの妹?」

低い声で聞かれ、緊張が走る。ごくりと生唾をのみ込んだ。

「……はい」

お茶争奪戦に勝ち目はないような気がして、

「あたし、ミルクティーにします」

潔く自分から身を引いた。

だけど、ふっと鼻で笑われた。おかしいことを言っただろうか。


「やっぱり~。そう思った。この前、教室に来るところ見てたから。ヤマトといたわよね」

スキンヘッドくんは、身長は180センチ以上はあるだろう。

結構ガタイもいい。胸板も厚そうだし、顔も細いつり目にあごひげを蓄えている。

正直、制服を着ていなかったら、怖いおじさんだ。

なのに、甘ったるい声で腰をくねらせた。

「あんまり似てないわね」と、ウィンクつきで微笑む。

男子を好きになるとき彼のギャップにきゅんとして好きになりましたなんて話はよく聞く。

冷たそうな顔の人が優しかったりとか。

期待を裏切れば裏切る程、好感はあがるのかと思ってた。

けど、怖いおじさんが女っぽいは、あたしの心をきゅんとはさせなかった。

「今からお昼なの?」

「ええまあ。そんな感じでござりまする」

「一緒、食べましょうよ?」

「へっ?」

スキンヘッドくんは有無を言わさない感じで、強引にあたしの手をとってずんずん進んでいく。

「……あっ、あの?」

「あっ、名前言ってなかったわね。あたし、カマでいいわよ」

「カマ?」

カマってそのままじゃない? それでいいの? ヒネリのひとつもないあだ名!と返事ができないでいると

鎌岡カマオカって名前だから。鎌岡絡ラク。よろしくね」

その一言に少し安堵した。外見でつけられたんじゃなかったんだと。


カマさんは、あたしに名前を尋ねた後、「屋上に行くわよ」と言った。

「それにしても、アサカちゃんも大変ね」

「大変って?」

「巻き込まれちゃって」

「巻き込まれ……あぁ、ヤマ兄が何か言ってたんですか?」

あたしの歩幅に合わせてくれるのか、ゆっくり階段を上っていく。

「この前のこと聞いたわよ、ヤマトから。拉致られたんでしょ? ほら、あたし双子なんだけど。弟が灰高にいるわけ~。だから色々、今探ったりしてるとこなの」

「へーつ……えっ、双子ですか?」

「そうよ。アサカちゃんもでしょ? そんなに珍しい話じゃないじゃない」

あたしが驚いたのが可笑しいのか笑った。

だけど驚いたのは双子ということより、カマさんみたいな人が世の中に2人いることに驚いてしまったのだ。

「面白い子ね」

「カマさんには負けます」

「そんなこと無いわよ~」

自分がどれだけ面白いかなんて人に言われても、自分が意識してなければ信じてくれないのかもしれない。謙遜するように手を振る。

「あの……ちなみになんですけど」

「なに?」

「今、灰高が忙しいらしいんですけど。何がどうなって、あたしはいつ自由になれそうなんでしょうか? ヤマ兄は、食べ物はくれるんですけど、何も教えてくれないんで」

「あら、そうなの?」

「そうなのです」

「そうねぇ~。何処から説明すればいいのかしら」

あごひげを指で2、3回撫でながら呟く。

「教えて下さい! あたし…これ以上ヤマ兄に迷惑をかけたくないんです」

自分で言いながら、いい妹だと思った訳もなく、ただ現状を知らずに「家にいろ」という指示にフラストレーションだったのだ。何か一つは知りたかった。

「……そうねぇ。まず、ここの辺にはね、昔から伝統のように対立しあう高校があるのよ」

ミフネさんもそんなことを言っていた。

「まずひとつは黒の学ラン光灰コウハイ高校。もうひとつは青い学ランの陽堂ヒドウ高校。最後に白の学ラン、附鏑フテキ学院」

3色カラーでなんとも覚えやすい。ほうほうとそれだけで感心した。

「とりあえず、ここ3つは年中やりあってたの。だけど、去年かしらね。3つの高校が集まって大決戦。その結果……警察は来るわ。新聞にも載るわ。重傷者が出る程の事件が起きたの。で、当時3年だった各高校の頭が集まって、お互い手を出し合わないことに決めたのよ。あまりに争いが激しくて……きりが無かったと思ったのかしらね」

ふうと遠い目をして息を吐いた。


「だけど最近ね、陽高が灰高に手を出したらしくて、そこから大もめ……たぶん、附学もその抗争に加わるかもしれないしね」

「へー」

「だから灰高は今大変な時期なわけよ。ヤマトに手を出すことはないだろうって、弟から聞いたわ」

「……へええ」

「でも急に何を始めるか分かったもんじゃないからヤマトも気が抜けないのだと思う」

「そうなんですか……じゃあその抗争みたいのが終わったら、平定を潰しに来るんですかね?」

だから、あんなにピリピリしてるのかな。

「ううん。うちは潰さないわよ」

ケロリとカマさんは答えた。

「……えっ?」

「だって、うちの学校に不良なんていないでしょ? 潰す意味がないわよ」

カマさんのスキンヘッドの頭から足元まで見てしまった。ダボついたパンツに上履きは履かず、学校の来賓用のスリッパを勝手に私物化している。

よく見るとカマさんのまつ毛はくるんと上向きで、可愛らしいところもあるようだけど、それとこれとは違う。

「どう見ても悪そうですけど、カマさん」とは心の中だけで呟いた。

気を取り直して、質問を返す。

「あの……ヤマ兄の周りにいる人は、ヤマ兄と喧嘩して負けた人だと噂で聞きましたけど? 喧嘩とかしてないんですか?」

「あたしが、ヤマトと?」

「はい」

「そんなわけないじゃない。あたし、ヤマトのこと大好きだし。みんな友達よ。と・も・だ・ち」

「……はぁ」

大好きと言ったのは、恋とか愛絡みとしか思えなかった。

ヤマ兄……。

彼女いないのはこういうこと?

新たな疑惑が浮かんでしまう。

でも、この人をお義姉さんとは呼びたくないと思った。


「ほら、あたし、中学は公立だったんだけど、ヤマトが中3のとき附学の頭を潰したらしいという噂は聞いてたから一方的には知ってたの。興味はあったのよ。そしたら出会えるって……まあ、運命の糸ってやつよね」

「運命の糸……えっ? ていうか、それってまずくないですか? 頭を倒したって?」

「まずいわよね~。だから、附学は勿論、その3つの高校含めて色んなところから一目置かれる存在になってしまったみたいよ」

「ほへー」

「名前だけが先走って、あることないこと言いがかりつけられてるみたいで……ヤマトに喧嘩を売る馬鹿が絶えないみたい。それにほらイケメンだし、面白くないっていうのもあるんじゃないかしら。不良の輩の誰もが目の敵って感じにして許せないわ!」

急に彼女は涙ぐんだみたいに洟ををすすった。

「……目の敵」

「だから、この3高の戦いに巻き込んでも仕方ない。どちらかというと、一人で戦って名前をあげるのにもってこいな存在ってこと」

溜め息を吐いたくせにそれを巻き返すみたいに大きく息を吸い込むと、

「もう、あたしは見てられなくて。だからあたしも、ヤマトを守りたいと思うわ。勿論、アサカちゃんのことも」

あたしの手を取ると、力強く言った。

「カマさん……」

さっきまで、お義姉さんと呼びたくないなんて思ってごめんなさい。

「そのかわり、ヤマトの仲取り持ってね」

そう言ってウィンクすると、身の毛がよだった。

やっぱり、呼ばなくていいや。

即決した。


そのままカマさんと2人でお昼ご飯を食べた。ヤマ兄はたまにここで、カマさんや他の友達と過ごしてると言われた。

だけど、今日は誰の姿も見当たらなかった。

「ヤマ兄。最近、忙しそうですけど」

「ああ。そうね、忙しいっぽいわね」

「……あたしのこと、心配してくれてると思います? あたし、こんな生活耐えきれないんですけど」

「……たぶん、何かしら動いてるかもしれないわよ。ヤマトは人に言わなくてもやることはやる。そういうとこあるわよ」

何かあったらということでカマさんと番号交換をしたものの、ヤマ兄の恋愛相談とかを的確にアドバイスを出来るような心の広さを持ち合わせてはいないと思った。


「アサカ、何処行ってたの?」

教室に戻ると、怪訝そうな表情をしたルリカに訊ねられた。

「……ああ。ええと、ヤマ兄のとこ」

カマさんの話を説明する気もなれずに、咄嗟に嘘をついてしまった。

「へー、本当、最近、ヤマト先輩とべったりだよね?」

「ああ。うん。そうでもないよ?」

「なんか兄妹なのに、不思議だよね」

「えっ?」

「付き合ってるみたいだよね」

「……はっ?」

「そんなに仲良いと間違いが起こりそう」

「えっ? 間違いって?」

「恋愛感情が起きたりとかね」

ルリカはふっと笑ったけど、そんなの想像もつかない。

「ないよ。ないない」

「でもヤマト先輩ってモテるのにさ。彼女出来ないもんね。なんか不思議な人だよね」

「忙しいから作らないみたいだよ」

「へー、忙しいって、何してるんだろうね?」

「あたしも良くわかんない」

もしかして内緒で灰高と話をつけてくれたりしてくれてるのかな。

そう思うと、文句を言ってばかりではいけないかもしれない。

あと一週間待てと言ったのは、そういうことなのかな。

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