14話 一週間、サバ缶
さて、ヤマ兄に送り迎えをされて数日が過ぎた。
ミフネさんが言う様に、彼は忙しいのか姿を現すこともなかった。
だから、あたしは米俵にも幼虫にもならなかった。
最近、あたしは小さい頃みたいにヤマ兄にべったりという状況だ。
だけどなんだろう。前から感じてはいたけど、言葉に言い表せない違和感がある。
なんか、しっくりこないんだ。
アホみたいにキョウと一緒にいるせいかもしれない。
キョウのまったりマイペースとヤマ兄のせかせかマイペースの歩調に足並みが揃えられないのかもしれない。
だから、違和感を感じてしまうのかもしれない。
放課後。全然、迎えに来ないヤマトナイトを迎えに3年の教室まで向かった。
「ヤマ兄?」
「……お前、なんでこっち来んだよ」
あたしを見るなり、あからさまに嫌な顔をされた。
「だって、早く帰りたいんだもん」
「ちょっと廊下で待ってろ」
冷たく言うと、教室の片隅にいた男子数人とまた会話を始めた。
スキンヘッドのような男子もいて、怖そうにしか見えない集団。あそこだけ異空間だ。
仕方なく廊下でしゃがんでいると、突然声をかけられた。振り返ると見しらぬ男子が立っていた。
「何してんの?」
「……ええと、兄を待っているのです」
なんだか急にお腹が痛くなってきた。
「そうなんだ。君、何年生? めっちゃ可愛いね」
「2年です」
「名前は?」
「ささ相模……朝芽です」
「相模?」
可愛いはリップサービスとやらかもしれないけど、これは俗に言うナンパなのかもしれない。
だけど、にこやかだった彼の顔が苦笑いに変わった。
「アサ、帰るぞ」
不機嫌そうな顔をしたヤマ兄が、あたしの横に立っていた。
そしてナンパ男くんをジロリと睨みつけたと思うと彼も彼で、何も言わず後ずさりをして消えてしまった。
初めてのナンパだったのに。
あたしに彼氏ができない理由がなんとなくわかった。
これだけが原因ではないのだろうけど。
「ヤマ兄のせいであたしはモテないのか」
謎が解けた。だって相模って名前だけで嫌な顔をされた。
ヤマ兄の呪いにしか思えなかったのだ。
「はっ?」
「ヤマ兄といるから、あたしには彼氏が出来ない!」
「アサだからだろ」
バッサリとあたしの心を真っ二つに斬った。それってあたしを全否定じゃないか。
「ヤマ兄だって彼女いないじゃん?」
「あ?」
「見たことないもん、彼女。いないんでしょ?」
「彼女?」
「うん」
「いねーよ」
「人のこと言えないのじゃ」
「俺は、それどころじゃねーからな」
そう言うと、先を歩きだした。
いないのか。人のこと言えないじゃんとかつっ込もうと思ったのに、少し意外な気もして言い損ねた。
昇降口を出ると、偶然、ルリカとサヤコに会った。
「あれ、帰り?」
「うん。今から、何か食べてこうって話になって。アサカも行かない? 最近すぐ帰るしさ、付き合い悪いって」とルリカが誘う。
「行きたいんだけど……」
今から来るであろうヤマ兄の顔を浮かべる。
寄り道さえ最近させて貰えないし。直行直帰という健全高校生だ。
ダメと言われるのが目に見えた。
「けど?」
「今日もヤマ兄と帰るからさ、ごめんね」
「最近、ヤマト先輩と一緒にいるよね? 急にどうしたの?」
サヤコが驚くのも無理がないかもしれない。
サヤコとは中等部からの友達だけど、あたしがヤマ兄と登下校を一緒にするなんてことはなかったから。
「アサ、行くぞ」
案の定、後ろから名前を呼ばれた。
もう着いて行くしか道がないのは何故だろう。ここ数日で、ヤマ兄にしつけられた犬みたいだ。
「あっ、ヤマ兄……」
サヤコ達と遊びたいなんて言い出しにくい。けど、たまにはよくないかな?
「こんにちは」
ルリカがヤマ兄を見つめて言った。ヤマ兄は不思議そうな顔で頭を下げた。
「ヤマ兄、友達。ルリカとサヤコ。クラスが一緒なの」
あたしが説明するとルリカがあたしが行きたがってるのを感じ取ったのか、「今から、何処か食べに行こうって話してたんですけど。一緒に行きませんか?」と声をかけてくれた。
それなのに、ヤマ兄は考える素振りも見せなかった。
「ごめん。ちょっと無理」
「はっ? ヤマ兄?」
あたしの友達にくらい、愛想よくしてくれてもいいじゃないか?
ここでも一刀両断で、あたしはヤマ兄に引き摺られるようにその場を立ち去るしかなかった。
校門を抜けて道路にでると、ヤマ兄があたしの腕をパッと離した。
その離し方が余計にイラッとさせ、怒髪、天をついた。
「ヤマ兄! さっきの言い方なくない? あたしの友達だよ? もう少し優しくしてもよかろうもん!」
「謝っただろ?」
「ごめんって言葉を口にすれば謝るになる訳じゃないでしょ? もっと、気持ちを込めていうべきなのじゃ!」
「気持ち込めただろうが」
「込もってない! 2人共、変な顔してたじゃん! あたしから恋愛だけじゃなく友達まで無くす気かっ?」
「なんでそうなるんだよ?」
「もういい! 今日はあたしタイ焼きとお好み焼き食べて帰るから!」
「また拉致られたら、どうするんだよ?」
睨まれたって、あたしは怯まない。
おまけにタコ焼きも大判焼きも買って食べてやるって思いさえ強く、込み上げてくる。
散歩中に擦れ違った反りのあわない犬みたいに吠えあっていると、
「相模大和だな?」
と声をかけられた
振り返ると金髪の男子達がいた。よからぬ雰囲気を感じる。
ヤマ兄を見ると動じることもく
「相模だったら、さっき反対側の校門の方に向かって行くの見ましたけど」
ひょうひょうとした顔で、嘘を述べる。
相手はヤマ兄の顔を知っているのだろう。納得する訳もなく。
「てめー、ふざけんじゃねぇぞ」
金髪男子が、ヤマ兄の胸ぐらを掴んだ。
そんなに怒ったら血管が切れちゃうんじゃないかと冷や冷やする。
「だからあっちに行きましたよ」
「人の女に手、出しといてヌケヌケとふざけたこと言ってんじゃねーよ!」
「だから、知りませんけど。離してくれますか」
ああ、それはヤマ兄。
人の女に手を出したら、こんな目にあっちゃいますよね。なんて白い目で見た後、あたしは驚いて「なぬ?」と声をあげた。
女に、手を出した?
「あっ、ヤマト先輩だー」
「どうしたんだろう。相模先輩?」
校門を抜けて来た女子数人も、足を止めて騒ぎ出す。
「やっぱり、お前が相模じゃねーかよ」とコケにされたと感じたのか、金髪男子は怒りをあらわにした。
ヤマ兄は「だからなんなんだよ」と溜め息まじりに呟くと
「お前の女なんか知らねーし。そもそもそんな短気だから、逃げられるんじゃねーの? よくわかんねーけど」
確かに短気っぽい。あたしも短気な人は嫌だと心で賛同していると
「場所、変えるぞ」
金髪男子の手を、はねのけた。
やり合うのかと、あたしもドキドキした。
だけどヤマ兄は、あたしに「走れ」と言うと走り出したので、慌てて着いていった。
むひょーと叫びたくなる。
あたしも結局、巻き込まれてるじゃないか。
守るとか言って、逃げてるし。
小学生の時にやったピンポンダッシュみたいだ。
あの時も、この位のスピードと緊張感があった。
学校を離れ、住宅街を走り抜ける。
後ろから、2人の金髪男子はまだ着いて来ている。
「そっち行け。バイクの場所で待ってろ」
ヤマ兄は、あたしの身体を急に左側の脇道に押した。
転びそうになりながら立ち止まって振り返る。
「早くしろ!」
家と家の間の細い道は何処まで続いて行くからわからない。
だけど「行け!」と言うから、その道をまっすぐ走っていった。
罵声めいた声が、春の住宅街にこだますと、段々と遠く離れ、終いには聞こえなくなっていった。
「ここはどこじゃ?」
しばらく走った。疲れて思わずしゃがみこむ。汗をかいたせいか、背中にシャツが張りついて気持ち悪かった。
「ヤマ兄、大丈夫かな?」
ここはどこかわからないし、人もいない。足元にいたアリに話しかけるように呟いた。
携帯が鳴動するとヤマ兄からの着信だった。
「ヤマ兄?」
「お前、どこに行ったんだ?」
「ええと……わからない」
「迷子か?」
「たぶん」
「何がある?」
「ええと、自販機と白い家」
「あとは?」
辺りを見回すと少し先に公園が見えた。
「こ、公園!」
それから少ししてヤマ兄が
「アサが極度の方向音痴ってことを忘れてた」
と言いながら現れた。
「住宅街だからじゃ。みんな同じ家に見えた」
ヤマ兄のバイクの後ろにまたがる。
「それより、さっきの人達は大丈夫だったの?」
心配して聞いたと言うのに、何も言わなかった。無視されたみたいだ。
そのまま無言で家まで送られた。
「お前、家出るなよ」
それだけあたしに言うと、また出掛けるのかバイクの鍵を手にしたままだ。あたしを守るとか言いながら、この人はいつも何やってるんだろう。
あたしをサバ缶みたいに家の中に押し込んでおきながら。
「ヤマ兄、あたしも出掛けたい!」
「我慢しろ」
「だってヤマ兄は、いつも遊びに行ってるじゃん? ずるい! 美味しいもの食べてるんでしょ? ずるい!」
「食べてねーよ」
「だって金髪さんの彼女にも手出したんでしょ? 遊んでるじゃん!」
「手なんか出してないって」
「じゃあいつも何してんの?」
ヤマ兄は、壁に掛かっている時計を見た。
「とりあえず、行くから」
「あああ! ずるいずるいずるい! 不満! 欲求!」
「……あと、一週間待て」
「へっ?」
「あと一週間」
「そしたら遊んでもいいの?」
「どっか連れてってやるから」
一週間、サバ缶か。
「あとタコ焼きとタイ焼き買ってきてやる」
「了解つかまつった」
あと一週間我慢してやるか。
舌打ちをして見送った。
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