12話 炎のヘルメット
矛盾というのは世の中に幾らだってある。
お母さんが「呑み過ぎた。もうお酒なんか呑まない」と言って、帰ってきたけど、きっと今夜も浴びる程呑んでくるだろうし。
タカ兄だって、「オラウ―、今日のご飯は最低だな」と言うけど残さず食べてくれるし。
キョウだって、「あーちゃん、これ食べていいよ」とタイ焼きをくれた後、物欲しげな目であたしを見たことがあるし。
ヤマ兄だって、「口でキスするな」と言ってあたしの唇にキスをしたし。
そう考えれば、矛盾こそが正論にも見えてくる。
矛盾が無ければ成り立たないのかとも思えてくる。
「ヤマ兄、なんで早起きなの?」
月曜日、なぜかヤマ兄がダイニングにいた。
「いつもと一緒だ」
すれ違い際、しれっとした顔でそう言われたけど、そんなわけがない。
この時間は彼はいつも夢の中だというのに。
プロレス技をかけなければ、起きないと思っていたのに。
とりあえず、今日の朝はいつもと違った。
何処が違うかと言うと。
「ひょええええええっ!」
ヤマ兄のバイクの後ろで、あたしは大絶叫をかましていたからだ。
さかのぼること数分前。一緒に学校へ行こうと、ヤマ兄の黒のバイクの後ろに乗った。
差し色の赤が可愛いなとか思ったくらいにして。
乗ったまでは良かった。渡されたメットがフルフェイスだった。それは腑に落ちなかった。しかも黒に炎の絵とか書いてあって。なんか、ダサい。
「ヤマ兄。このメットなんかダサい」
「死ぬよりいいだろ」
ヤマ兄のメットは黒でシンプルだし。フルフェイスじゃないし。
「これは、貰いもんだ」
不貞腐れるあたしの頭に貰いもんを被せる。
まあ文句は言えないか。でもダサいの嫌だなー嫌だなー嫌だなーと思ってたらそれどころじゃなくなった。
バイクに乗るのは初めてだった。
だからか、振り落とされる気がして恐怖で涙腺が緩みそうになった。
器用に車の間を抜けるけど、ぶつかりそうに感じてしまうし、ここ追い越して行くのかというところも通っていくので叫びたくなる。
車線変更でさえビクビクしてしまう。一気に心臓が小さくなった気がした。
ヤマ兄は、学校の近くのアパートの駐輪場にバイクを停めた。
ここにいつも止めてたのか。勝手に駐輪して大丈夫なのかな。管理人さんとか。
「行くぞ」
「へ……へい」
それにしても朝から心臓が痛い。疲れた。疲れ果てた。
「顔、死んでる」
「ヤマ様。あたしは明日から、電車で行きとうございます」
「電車は面倒くせーよ」
「心臓がもたないよ」
ミフネさんじゃなくてヤマ兄に打ちのめされてしまうかもしれない。新たな恐怖が出現だ。
それなのにシカトしてくし。最悪だ。早く平和になって、キョウと学校に通いたいな。
だけど意外なことに、あたしの教室の前までヤマ兄は送ってくれた。
「校舎内じゃ、手は出せないんじゃ?」
「アサは信用できない」
「それは、どんな信用の無さなんだ」
「放課後も、教室で待ってろよ」と念押しする階段を上がって行った。
それを見届けるとサヤコが、「ちょっとどうしたの?」と不思議そうな顔をしてあたしに近づいてきた。
「あ、おはよう」
「はよ。ヤマト先輩が2年のとこ来るなんて見たことないし」
「あー、ちょっとね」
変な抗争に巻き込まれたと言うのも説明しづらい。
そもそも、あたしが現状をまだよく把握していないから、何とも言えない。
「アサカ!!」
教室に入るや否や、今度はルリカがあたしに抱き付いてきた。
「おはよ」
「事故にあいかけたって何? 大丈夫だった?」
「あっ、うん。大丈夫。かすり傷ですんだし」
「なら良かったけど。ヨリ見れなくて残念だったね」
「……うん。とっても」
ガクリと肩を落とした。ヨリ様に会えなかった代償は大きいぞって、またもやミフネさんの顔を思い浮かべてしまった。
そのせいだろうか。昼休み、知らない番号から携帯に着信があった。
「もしもし?」
小声で出てみると、「アサカちゃん?」と少し聞いたことのある男子の声がした。
「アサカですけど。どちらさまですか?」
「ミフネ」
「ミフネ?……あ、ミフネさん。先日はどうも……って、ミフネさんっ?」
「アサカちゃんの蹴り、まじ痛かった。兄妹ってあなどれないね。油断出来ないよ」
クククと笑った。
「ミフネさん、あたしの青春を返して下さい」
ヨリ様に会えなかった恨みを先祖末代まで呪う気満々だった。
「アサカちゃんの青春?」
「そうです」
「ああ、キスしたこと?」
「……ちが…いや…それもありけり…ていうか、あたしの番号何処から入手したんですか?」
「昨日、アサカちゃんの携帯を拝借したから」
「はっ?ど……泥棒じゃないですか?」
「大丈夫、アサカちゃんの番号だけだよ、入手したの。男っ気のない携帯だったね」
心臓に矢が刺さった。100くらいのダメージを受けた気がする。
「……今、とっても傷つきました」
「それは、言った甲斐があった」
ひどい。ひどすぎる。ミフネさんは、すごく性格が悪いみたいだ。
またアサカ山の中のマグマがぐつぐつ煮えたぎってくるのを感じた。
「ていうか、なんなんですか? ご用件は?」
「ヤマトくんにさ、ちょっと休戦って言っておいてよ」
「はひ?」
昨日の今日でもう休戦って、何? というより、昨日はなんだったんだ?
「今さ、また違う山抱えちゃったわけ。忙しいから、また今度、やらせて頂くよ」
「……もう、一生、関わらないでいいんじゃないかと思いますけど」
「本当?まあ、アサカちゃんとは関わり持ちたいけどね」
「なんですか、それ? あたしは全力で拒否です」
「まあ連絡するよ。またキスしようね、アサカちゃん」
「はぁ……キス? なんかしなかろうもん!」
あたしの突っ込みを待たずに電話が切れた。不完全燃焼で、呼吸が出来なくなりそうだ。自己中じゃないか、この人は?
俺がいるからお前がいるとか思うタイプだよね、絶対。
携帯にヤマ兄みたいな睨みをきかせてみたけれど、何も起こらなかった。
放課後、ヤマ兄が教室まで迎えに来てくれた。一緒に下駄箱に行くけど、すれ違う女子が遠目で見つめているのがあたしでもわかった。
あたしを見ていないのもわかった。
「ヤマ兄、なんか食べて帰ろうよ」
「いや俺は用事あるから。すぐ帰る」
「ええっ? 放課後のあたしの楽しみを奪うの?」
「家で食えよ」
「ああ。キョウだったらなー。タイ焼きとかさー。タコ焼きとかさー。食べて帰るのに」
ヤマ兄が急に足を止めるので、あたしはヤマ兄の背中に衝突してしまった。
「いたっ」
「アサ、あっちから帰るぞ」と無理矢理あたしの身体を反転させた。
「えー。遠回りじゃ」
「いいから、行けよ」
「へい」
何故か服従してしまっている。ちょっと声が恐かったからかもしれない。何かいたのかなドーベルマンとか。
「何かいたの?」
「んー。そうでもねーよ」
言葉を濁して、だいぶ遠回りしてバイクの場所に辿り着いた。
「そういえば、今日、ミフネさんから電話あったよ」
「はっ?」
「今、忙しいからまた改まってヤマ兄とお会いしましょうだって。良かったね、当分あたし送り迎えしなくても大丈夫じゃない?」
「そんなこと言ってたのか?」
「うん。新しい山が出来たから忙しいって」
「信用出来ねーな」
「えっ?」
「嘘かもしれねーだろ」
「ヤマ兄は用心しすぎだよ」
「お前が不用心なんだよ。つうかあいつ、アサの番号知ってんのか」
「はい。あたしの番号が、盗まれたみたい」
「電話きてももう出るなよ。面倒臭いことになる」
また念押しだけされる。あたしは炎のメットを被った。
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