8話 米俵、捕らわれる

さて、ここは何処だろう。

かろうじて自分の存在は確認出来る。

車が何処かに到着したのだろう。「降りるぞ」との声も聞こえた。

再び米俵になったあたしは、また担がれて何処かへ置かれた。

着ていた春物のワンピースから出た足がじかに地面に触れているのだろう。

アスファルトだろうか。床だろうか。冷たくてぞっとした。目が見えない分、感覚が研ぎ澄まされてる気もした。

あたしの目隠しが外された。

こんな展開は昨日見た伊達正宗でもなかったはずだ。だって、まだ幼少時代だったしな。

とりあえず、辺りを見回した。

打ちっぱなしのコンクリートの壁に囲まれていて、黒いソファとテーブルがひとつ置かれている。

その上にはタバコがこんもり山になった灰皿があった。

薄っすらと暗く、湿っぽいじっとりした空気が肌で感じる。気持ち悪い。

低い笑い声がした。


振り返ると赤髪のソフトモヒカンの男子が、後ろにしゃがんでいた。

目隠しを外してくれたのはこの人だろうか。

あと周りには人がいないようで、とても静かだ。

猿轡をかませられていた口も、後頭部で結ばれていたタオルがほどかれると、口の中にあった布のようなものも掻きだされた。

ようやく口が自由になった。

急な酸素の通過に驚いたのか、ごほごほと咳込み涙目になる

「相模朝芽ちゃん?」

「……あい?」

「相模大和の妹?」

「はい」

拉致り終ってから確認するなんて遅くない?

別人だったら、訴えられるじゃないかって、あたしは困惑した。


「足、ごめんね」

「はっ?」

ごめんねと言いながら、あたしの足を縄で縛り始めた。

言ってることとやってることが違う。

謝ればすむなんて、自分の都合のいい解釈にしか思えない。

「や……やめて下され!」

「大丈夫。結ぶだけだし」

優しく微笑むけど、全然安心も信用も出来ない。

顔を見ると、少しつり目で恐そうだけど、こんなことをするような人には思えないのに……。


米俵からクワガタの幼虫になったみたいだ。じたばた暴れてみても、少しも前に進まない。

「大人しくしてればいいよ」

その声を聞いてさっき助手席で「却下」と言った男の人だと気がついた。

鼻にピアス。耳には500円玉でも入りそうな穴。手にはシルバーのナックルをはめて、赤いスカジャンに黒のパンツ。

柄が良いとは思えないのだ。

「あの、素朴な疑問です」

「何?」

「貴方はどこの誰で、ここは何処であたしは何故ここにいるんでしょうか? そして、どうしてこんな風になっているんでしょうか?」

「いい質問だね」

ペタリと地べたに座り込んで、あぐらをかいた。ソファがあるというのに、そこに向かう気は無いらしい。


「ヤマトくんが約束を守らないから」

「約束?」

「手紙送ったのに、来ないからさ」

「……手紙?」

この前届いた、〝果たし状〟を思い出した。

「はっ……もしや、あの趣味の悪い箱を送りつけてきたのは、お主かっ?」

あたしとキョウのわくわくを踏みにじった張本人発見か?

「そうそう。むかつくから、着払いにした。趣味悪いでしょ」

「ち……着払いはあたしが払いました。じゃなくて、あの手紙はなんなんですか?」

また二コリと笑った。カラーコンタクトをしているのか瞳は透き通ったグレーだった。


「今日、ここに来いって呼び出したのに来なかったんだよね。決着をつけようと思ったんだけどさ。逃げやがった」

「……逃げた?」

そう言えば、ヤマ兄はあたしを起こして、何処か出掛けたみたいだった。

「……来なければ大切な奴を傷つけるって書いておいたんだけどな

「……はっ?」

「なので、君を拉致させていただきました」

笑いながら、ナックルがついた拳を軽く床に叩き付けた。

キンとした音が部屋の中に響く。


「……はっ?あたしを傷つけるんですか?大切じゃないかもしれないじゃないですか?」

「ヤマトくんの彼女がいいかと思ったんだけど……付きとめられなくて。だから、妹がいちばん手っ取り早かったからさ」

「えっ? 何をするんですか?これからあたしはどうなるんですか?」

「まだ決めてない。何がいいと思う?」

「……」

「……」

思わず見つめ合ってしまった。

さあ、なんと言えばいいのだろう。


「あたしをここから解放するのがいいと思います」

「却下」と即答された。

じゃあ聞かないで下さいと、言いたくなった。

「あの……ちなみに、ここ何処ですか?」

「俺等の溜まり場」

「俺等って?」

光灰コウハイ高校知らない?」

コウハイコウコウ。

それって……。

あの……。

と、考えるだけ無駄だった。


「……知らないです」

「君、平定高校だもんね。知るわけがないか」

「そういうものですか?」

「平定みたいな、ぼっちゃん、じょうちゃん学校じゃ詳しくないかもしれないな」

教えてあげようか? と、笑った。

「ここら辺には3つの強豪高校があるんだ」

「強豪?」

「強豪って言っても、喧嘩で争ってるだけだけどな。その中のひとつがうちの高校。灰高だよ」

「ふうん。じゃあ恐い人が多いんですね?」

「ははっ。そうかもね」

「決着って、何ですか?」と尋ねると、渋い顔に変わった。


「平定には龍神がいる」

「神様ですか? うちの高校に神様なんか祭ってない気がしますよ」

きょとんとしてしまう。

「龍神……または大蛇と呼ばれる男。お前の兄貴だよ。ヤマトくん」

「はっ?」

そういえば恐い異名があると思ってた。

それか。

それだったのか。

全然、犬とか入ってないし。

あたしの記憶は適当だ。

だけど、ちょっとダサいなぁ、とも思った。

でも、言ったら怒られそうだから、言わなかった。


「あいつの腕力は半端ねー。後ろをとられたら、最後」

彼は、寝転がるあたしの後ろから、首に腕を回し軽く締めた。

「……んっ」

「3秒で落ちる」

力はすぐに弱まり、手が離れた。

ゴツンと床に頭をぶつけてしまった。

「まあ、それだけが強さじゃないらしいけど。もっぱらの噂」

「し…締めるから、大蛇ですか?」

「そうだろうな。俺もなんでかは知らない」

「へー」

「噂には聞いてたけど、うちとしては平定の奴なんかとやり合う気は無かった。やり合う意味がないからな」

「はあ」

「けどあいつが最近、うちのナンバー3に手を出しやがった」

「手……?」

そういえば、この前喧嘩をしてるとこを見てしまった。


「……あの、つかぬことをお伺い致しますが、灰高って学ランですか?……黒の」

「うん。知ってんじゃん?」

「……」

ヤマ兄は、そんなことしませんとか言いたかったけれど、あの現場を見てしまったので何も言えなくなってしまった。

「平定なんかボンボン高に、負けるわけにはいかねーだろうが」

鋭い眼光で睨まれるから、すごんでしまう。

……けど、あたしには関係ない。

喧嘩とか興味ないし。

格闘技ならいいけど。


「ここの辺、殆んど占めた顔してるけどな。面子がたたねーし、あいつを潰したい。それだけだから、とりあえず大人しくしててね」

「はい」なんて言えない。だけど、何されるか分かったもんじゃない。

赤髪の男子は、返事を待たずにゆっくり立ち上がった。

「あの、お名前は?」

「俺……? 三船ミフネ

「ミフネさん……」

「また、来るね」と告げると、ドアが閉められて一人になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る