7話 アサカ、米俵になる

「んー」

寝返りを打つと、ヤマ兄の顔があった。

ベッドの脇に屈んであたしを見ているんだと、5秒後に気がつく。

「……な?」

何か言った。それだけは認識した。

「……了解つかまつった」

聞きかえす気力がなかったので、聞こえたふりをして返事をしてしまったけれど。

「お前」

「なんでござるか……?」

「なんで最近、その言葉遣いなんだよ?」

「……」

ああ朝か。やっと目が冴えてヤマ兄の言葉も理解出た。

「最近、キョウと時代劇にはまっておりまして……」

昨日も伊達正宗のDVDを借りて朝まで見てたせいだ。

「アサは影響受けやすいな」

何故か溜め息を吐かれた。

「じゃあ、絶対出るなよ」

ドアが閉まる音がした。

「……眠い」

朝からなんなんだろ。

土日位はゆっくり起きたいというのに。

またベッドの中でゴロリと寝返りを打った。

携帯の着信音が鳴動した。メールが届いたみたいだ。

見るか見ないか悩んでしぶしぶ身体を起こして、携帯を見た。

「ルリカか……」と呟いたあと、絶叫した。

『ヨリ様発見だよ』

遠くから撮影されたヨリ様の写メが添付されている。

周りには人だかり。朝から何ごと? 何故? 何ゆえ? 即座に電話をする。

「ルリりん?」

「メール見た? ていうか、撮影してるところに遭遇したんだけど。すごくない?」

「見た!すごすぎ!ていうか、何処で撮影してるの?」

「んとねー、有楽町の駅から銀座の方面に……」

事細かに説明してくれたので、慌ててメモをとる。

「今から、行きます!」

「わかった。私はもう帰るけど、会えるといいね」

身支度を簡単に済ませ、向かうことにした。

でも、その前に。

「キョウくーん」

部屋のドアを開けると、キョウはまだ寝ていた。

あたしの声に反応したのか、目を薄っすらだけ開けた。

「んん……? どうしたの? あーちゃん」

「有楽町の駅ってどう行くのかの?」

30秒程、間が開いた。考えているのかもしれない。

「……あーちゃん、大冒険する気?」

「まず、有楽町に出陣せねばならぬ……」

「馬……馬を、出せ」

「キョウ、教えてよ」

「あーちゃん、前も教えたと思うけど……」

しぶしぶだったけど、眠気眼のキョウから新しい地図を貰った。

これでばっちりだ。意気揚々と家を出た。


初めての生ヨリ様に会えるかもしれない。

エントランスを出ると足早になる。鼻歌でも歌って、スキップでもしたい気分だ。ドキドキしてきた。

もしかして握手とか出来るかもしれない。

もしかして写真とか撮れちゃうかもしれない。

もしかしたら恋が……とか。

妄想モードがONになりそうだった。

と、思っていた足取りが急に浮足立った。


その言い方には明らかに誤りがあり、あたしの身体は何故か誰かの肩の上に乗っていた。

「な、何ごとじゃ!?」

両手、両足をばたつかせるけど、宙を泳ぐだけ。無意味。瞬時にお腹が痛くなった。

「大人しくしろや」

低い声が響いた。あたしは米か。俵か。そうだ、米俵を担がれてるみたいだ。そんな状況だ。

というか、さっきまでスキップ間近だったんだ。

そしたら、柔道でもしてそうな男子2人組に道を訊かれて、わかんなくて困っていたら、急に身体を捕まえられて担がれたんだ。

近くにあった黒のワゴン車に目が止まった。と、思うと後ろのドアが開いて、そのまま体を投げ込まれた。

「あだっ!」

拉致、軟禁、監禁?

前の席に金髪や赤い髪が見えた。仲間が何人かいるようだけど。

「あ、あの……」

「ちょっと借りるね」

「……はい?」

「君を借りるね」

そういったのは、助手席の人のようだ。

こっちを振り返らないから顔は分からないけど、声はとても朗々として道徳の教科書でも読み上げているみたいだった。

「……わかりました」

って、違う!

「あの、あたし、これからとても大切な用があるんです!」

シンと車内が静まり返った。エンジン音が響き渡る。

「ごめん、無理。諦めて」

「いや。あたし、かくかくしかじか、かようかよう……なんです!」

「……却下だね」

しまった。かいつまんで話し過ぎた。というか、説明しそこねた。

「いやあぁぁぁぁ!!」

大絶叫したあたしは、その報いなのか口も手も目も塞がれてしまった。

ドナドナの歌を身を持って痛感した。

何処へ向かうかわからないけど、ヨリ様とは別の道へ行くということだけは理解出来た。

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