28話 気づけなかった罠

事件は予告もなく、起きる。

だから、事件なんだけれど。


「アサカちゃん、元気?」

避けていたのに、カマさんに売店でばったり会ってしまった。

相変わらずの綺麗なスキンヘッドに可愛いまつ毛。

「カマさん」

「そういえば、弟を紹介されたんでしょ?」

「ぐっ……」

そこ突っ込まないでほしい。

〝今年ナンバーワン恥ずかしい〟だからなのだ。

彼はなんて言ったんだろう、あたしのことを……。

「でも、弟がまたアサカちゃんと遊びたいって言ってたから、気が向いたら連絡してあげてね」

「……は…はいっ」

意外にも好印象だったみたいだけど、それもそれでどうかと思う。好印象要素がひとつもないはずなのに。

「そういえば、灰高と陽高、決着ついたみたいよ」

急に小声になる。周りを気にして、廊下の端に移動した。

「で、どっちが勝ったんですか?」

「灰高だって。色々大変だったみたいだけど」

声のトーンをさらに落とした。

「ほおお……それでそれで、なんかヤマ兄のことは言ってました? これから、どうするとか。こうするとか。ああするとか」

あたしの興味はヤマ兄の今後にしか注がれなかった。

「言ってなかったわよ」

「聞いてなかったんですか?」

「聞いたわよー。でも、そんな動きはないって」

「本当に?」

「うん」

「本当よー。失礼しちゃうわ。レンだってヤマトと仲いいからね。何かあったら教えてくれるわよ」

腕組みをしてプリッと顔を背けた。

怒らせちゃった。

ごめんなさいと平謝りをして許して貰ったけど。


教室に戻ると、携帯と睨めっこしているルリカがいた。

「ヤマ兄にメールしてる?」

「えっ?」

困った顔で、首を左右に振った。

「最初、少しメールしたけど。それからぱったり。恥ずかしくて……何していいかわかんないんだけど。どうしよう?」

「……なんか、可愛いねルリカ」

「急にからかわないでよ? 真剣にメールの内容とか考えてるんだから」

軽く頬を膨らます。今度はルリカを怒らせてしまいそうだ。

「いやいやいや……からかってないよ」

「だって、やっと恋が出来たんだよ……まあ、モテるし、おまけにアサカのお兄ちゃんだし……どうしていいかわからないけど」

そう言いながら力なく笑った。

「あたしのお兄ちゃんは関係ないでしょ?」

「あっ、そっか……でも、いいなーアサカは……同じ家に帰って。当たり前なんだけど羨ましいな」

「……そりゃねー兄妹だからね」

「……アサカになりたいな」

その一言がどうしてか胸に刺さった。

カマさんの顔がふと浮かんだ。ルリカにもツンパの柄を教えてあげるべきだろうか。そんなこと思ったけど、やめた。喜ぶのはカマさん位だろう。


夕飯も食べ終えると、眠気が誘う。

ヤマ兄はどこかに出かけていてキョウも部屋にいるようで、タカ兄だけリビングにいた。

「オラウー、コーヒー」

「なぬっ?」

「コーヒー」

「………」

終いには目で命令された。仕方なくケトルでお湯を沸かし、準備する。

言いなりになってしまうのは、末っ子の宿命か。

ご飯だって作ってるというのに、優しくしてくれてもいいんじゃないかな。

考えにふけっていると

「オラウ―、携帯鳴ってる」

「へっ?」

リビングに向かうとソファの上に置いておいた携帯が震えていた。

画面には、ルリカと表示されている。着信だった。

「はいはーい」

「………」

声がしなかった。遠く微かに、自動車の走る音が聞えた。

「もしもし? ルリカ……?」

間違って電話してきたのかな。

「ルリカ?」

「……カ?」

「あっ、ルリカ! どうしたの? 電波悪いのかな?」

「アサカ……」

あたしの名前を呼んだあと、しゃくりをあげて泣き始めた。

不吉な感じがして、動悸がどんどん速くなる。

「……ど……うした……の?」

「……助……け…」

嗚咽まじりで言葉を吐き出す。

「ルリカ?」

「助けて」

「どうしたの?」

「………」

泣き声と遠い騒音だけが聞こえる。

「今、どこにいるの? 話せる?」

「あたし……もう……死にたい」

「……えっ? なんで……なんでっ?」

「あたしっ…」

彼女が切れ切れに答えたことに、あたしは、言葉を失いそうになった。

だけど、あたしが行かなきゃ。

行かなきゃいけない。

だって、あたしを頼ってくれてる友達だもん。

あたしが行かなきゃ。


電話を切った。

切ってから、切らなければ良かったかなとも思った。一人で怖いはずだ。

だから、『今から行くからね。何かあったら連絡して』とメールした。

「……アサカ、なんかあったのか?」とタカ兄が言う。

「えっ?」

「すげー顔」

「んなことない……出掛けてくる」

「今からか?」とタカ兄は時計に目をやる。

「うん」

21時を過ぎていた。

「送るか? 急な用だろ」

読んでいた雑誌を閉じ、立ち上がる。

「いいの? コーヒーは?」

「行くぞ」

そう言って、タカ兄はテーブルに置いてたキーケースを取って立ちあがった。

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