2話 お兄ちゃん達

とりあえず、あたしには本当のお兄ちゃんがいるらしい。

この中の誰なんだろうって、ラジオ体操第二でガニマタをしながら思ったことが忘れられないせいか、今もときたま考えてしまうのだ。

「アサカ、おはよう」

「お母さん、お帰り」

朝帰りをしてきたお母さんと入れ替わりにあたしがいちばんに起きる。

あたしは4人兄妹の、末っ子。

だけど、自分ではいちばんしっかりしてるんじゃないかなって思ってる。

だって、毎朝こうやって、朝食とお弁当を作ってるし。

「あーちゃん、おはよう」

次に起きてくるのが三男のキョウ

少しパーマのかかったミルキーブラウンの髪はボサボサだ。

眠気眼をこすりながらダイニングの椅子に座った。

キョウは高2であたしと同い年。

だから、あたしはキョウが双子の兄と言われていたから、それを信じていたんだ。

だけど、もしかしたら、嘘かもしれない……。

キョウは、少し甘えん坊だと思う。

タメだというのに、落ち着きもないし。

お人よしにも程があって、人に嫌だということが伝えられず、告白されたらオーケーして、付き合うを繰り返している。

「女の子の告白って、どうやって断ればいいの?」

「コブラツイストでもきめてみたら?」

「あーちゃん、それは恐くて出来ない!」

こんな相談がいつもの会話の一部。

今は、女子高生から教師、OL、ニートまで、幅広く5股をかけていて、また「どうすればいいの?」とあたしに聞いてくる。

そして浮気がバレて、振られるを繰り返している。

放っておけない可愛いバンビちゃん的男子らしい。

誰かが言ってた。


「ねみー」

次に起きてきたのが、長男の高市タカイチ兄。

大学1年生。

あたしの兄と聞かされてたから、そう信じていた。

それでも、もしかしたら、嘘かもしれない……。

今日は朝から授業があるみたいだ。

だから、こんな時間に起きてくるんだろう。

「タカ兄、ご飯食べる?」

「んー。飯?」

夜、何をしてるかお母さんみたいにわからないけど、すごく眠たそうだ。

目を線にして、リビングのソファで二度寝を試みている。

「タカ兄、ご飯食べないの?」

「オラウ―のまずい飯」

バシッと彼の頭を叩いた。

タカ兄曰く、あたしが「オランウータンに似ている」らしい。

それから、今みたいにたまに「オラウ―」と呼ぶ、失礼極まりない男。

それなのに、外面だけはいいみたいで、世渡り上手。

本当は口が悪くて冷たいのに。

家族の中ではいちばん身長が高い。180の後半はあると思う。細身のスレンダーな体系。

大きい身体と強い瞳は、狼みたいで凛としてかっこいい。

誰かが言ってた。


さて、最後まで起きてこない。

それが、次男の大和ヤマト兄。

二番目の兄と聞かされていたから、信じていた。

やっぱり、これも、もしかしたら嘘かもしれない……。

「あーちゃん、起こしてこよっか?」

時計をチラリと見て、キョウが言う。

「あたしが起こしてくるから大丈夫」

トントンとドアをノックする。応答なんかあるわけもない。勢いよくドンッと開けた。


右側の窓下にあるベッド。もぞもぞと布団の中で、虫みたいにうごめいている姿を確認する。

「ヤーマンヤーマン」

ヤマ兄の身体を揺する。

パトワ語で挨拶をするみたいに呼びかけながら。

勿論、起きるわけもないのだ。寝起きが悪い。

いつもうつ伏せスタイルで寝ているけど、寝にくい気がするのは、あたしだけかな。

「ヤマ兄?」

やっぱり起きなさそう。仕方ないと、あたしはヤマ兄の身体を足でまだいた。

ぐっと足を掴んでクロスさせる。

「あだだだだだあ!!!」

今日も華麗に反りかえって、決まった。

サソリ固め。

バンバンとベッドを手で叩いて、ギブアップする。


「アサ」

手を離すと、気力の無い声がした。

「ヤマ兄、朝から元気ないよ?」

「アサのせいだろうが。寝起きでサソリ固めはやめろ」

彼特有の睨みをきかす。

この眼差しで、人を幾人も倒してきたとかこないとか。

喧嘩が強いとか強くないとか。

シルバーアッシュといえばいいのか、そんな色の髪を手でかきあげた。

カピバラみたいな黒目いっぱいの瞳に、シェパードみたいにきりりとした顔立ちは、かわかっこいい。

誰かが言ってた。


「遅刻するのだ」

起きたことを確認して、部屋を出た。

そんなわけで、寝ているお母さんを部屋に残して、朝食をダイニングで食す兄妹4人。

相模家の朝は大体、こうやって始まるんだ。

あたしがお母さんみたいだななんて、自己満足を踏まえながら。

ちなみに、あたし達兄妹は、面倒臭がりのお母さんの計画か否かは不明だが、平定大学付属中学校から同じ学校生活を共にしている。


タカ兄とヤマ兄は小学校から付属だったというのに、あたしとキョウは受からなくて、中等部から彼らの背中を追った。

そしたら、入学後、度肝を抜いたんだ。


「タカイチ様」

「ヤマト先輩」


語尾にはハートが100個程ついてるような甘い声でタカ兄とヤマ兄を呼ぶ女子の群れ。

「キョウ。これはどういうこと?」

「あーちゃん。中学校は恐いところだよ」

普段の生活からは考えられない程のモテぶりに、あたしとキョウは硬直してしまった。

大人しく生きて行こうとお互い決意を固めた。

それなのに……。


「キョウくん好きです」

そんな告白される現場を見たりして、あたしはまた口をあんぐり開けていた。

気がつけばキョウは、初めてのお付き合いから3股をかけていた。

同じ兄妹と言えど一人位、モテない奴がいたってよくないかな?

そう思って、気が付いた。

モテない兄妹。

一人いる。

あたしだ。

キャーキャー騒がれてる彼らを尻目に、あたしは告白なんか洒落たことをされることもなく。

あたしが、声をかけられるのは、女子だけであって、

「タカイチ先輩の妹?」

「ヤマト先輩って家でどんな感じなの?」

「キョウくんに告白したいんだ」

質問や相談事ばかりで、正直面倒いし、前にいた小学校の時の友達とは何かが違かった。

キョウだって、こんなにモテなかったし。


何かがおかしい。何かが。裏金か。

「彼氏、欲しいかも」

そう呟いてみても、何も起きなかった。

告白されるわけないし、彼氏なんてできないし、ましてや好きな人も出来なかった。

あたしはそのまま高等部へ進学して、現在に至る。

そして、彼らのモテぶりは変わりないのだ。


お弁当を手渡して、出掛ける準備をする。

朝はいちばん忙しいのだ。

「行ってきます」

玄関を開けて、まだ出掛けないタカ兄の頬にキスをすると、タカ兄もあたしの頬にキスを返す。


これがあたしの家の出掛ける挨拶だ。

最近はしなくなったけど、昔は、唇にキスしていた。


これを中学のとき友達に言ったら、「はぁあああ!!」と絶叫された。

だからつい「嘘」と言ってしまった。

その子の血走った目が言ってはいけないことを言ったと思ったから。

たぶん、お母さんが昔付き合ってたアメリカ人のジョーが何かとみんなにキスばかりしていたせいだと思う。

だから、兄妹でキスをするのは当たり前だった。

とりあえず、変だと思われることがたくさんあるみたいだ。

だけど。

それは、あたし達の中では〝常識〟だ。


「あーちゃん、遅れる」

キョウがあたしの手を取って慌てて走り出す。

ヤマ兄は、一緒に家を出るけど、内緒でバイク通学しているからあたし達とは通わないんだ。

そのまま、2人で電車で一本の距離を通学する。

満員電車で一度、痴漢にあったことをきっかけにキョウはあたしの側を離れず、肩を抱いて守ってくれる。

それからは、痴漢には合わないから、安心して通学出来るのだ。


誰が本当のお兄ちゃんなのかわからないけど、みんなが優しいのは知ってる。

兄妹に変わりはない。

だから、壊れることはないと思ってた。

みんな、大好きな家族だから。

そう、思っていた。

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