第17話 二人の魔王
「おい、お前らの親玉はまだ出てこねえのか?なあ?」
魔王アモンは、妖怪たちを次々に蹴散らしていく。とくに武器等は使わずに、己の拳のみで、戦いを繰り広げている。
(さて、そろそろ我もいくとするか)
「我が眷属たちよ、其奴の相手は我がやろう。」
魔王山本は、がしゃどくろの頭上に座ったまま、魔王アモンの前へと移動する。
「貴様が親玉か?」
「ああ、魑魅魍魎の王。魔王山本五郎左衛門だ。」
「俺は魔王アモンだ。貴様、魔王の名を語るか。どういう意味かわかってんだろうな?」
「さあ、わからんな」
魔王アモンから赤黒いオーラが溢れ出る。
「この世界に魔王は一人だけなんだよ、仮に複数存在した場合…其奴ら同士で殺しあって、生き残った奴が正式に魔王になんだ…最強の象徴が魔王…。だが今、俺の前には魔王がいる。なら、殺し合いをするしかないよな?真の魔王がどっちか決めるしかねぇよな!!!」
アモンが目にも留まらぬ速さで山本の顔面を殴った。山本はそのまま、勢いよく後方へ吹き飛んでいく。するといつの間にか後方へ回り込んでいたアモンが現れ、今度は強力な蹴りで上空へと吹き飛ばした。そして、再び回り込んだアモンがカカト落としで山本を地面へと叩きつけた。そこには巨大なクレーターが出来ていた。
「まだまだ終わりじゃねえぞ!!」
アモンは空中で魔力を練り始める。赤黒い魔力がアモンの手元に集まり、圧縮されて球体となった。
「魔王を名乗るならこれくらいで死なねえよなあ!?」
アモンは超高速でその球体を山本に向けて射出すると着弾点で大爆発を引き起こし、大地がめくれ上がった。
「それがお前の全力か?」
山本は何事もなかったかのように佇んでいた。
(まぁ、これまで見てきた魔族の中では一番強いか?)
「はは…ははは…ハーッハハハハ!いいねえ!まさか、本当に生きているとはな!ならば、俺が全力を出し切るまで死ぬなよ?」
アモンは先ほどと同じように魔力を練り始めた。先ほどと違うところは、魔力の球『魔球』が彼の周りに数十個以上現れたことだ。あれ全てが先と同じ威力であるのならば、地図を描き直さなければならなくだろう。
「いくぞ!!魔王!!!!」
アモンは一斉に魔球を射出する。
山本はアモンに向けて飛び上がった。魔球を次々に躱し、躱しきれないものは影から出した刀で切り裂いていく。通常状態であれば、山本は空を飛ぶことができない。それは、己に制限を掛けているからである。しかし、今は部分的にそれを解除していた。
「やるなッ!!!」
アモンは目の前まできた山本に殴りかかる。彼の最も得意とする武器は己の拳である。魔王の魔力を纏った拳は山をも砕く。
山本はその拳を躱し、アモンの腹部にゼロ距離から斬撃を飛ばした。
「ぐっ…!!」
腹部に強力な斬撃を喰らったアモンは、そのまま後方へ勢いよく吹き飛ばされ、魔王城に激突した。
パラパラと瓦礫が落ちる中、アモンは無言で立ち上がり空中にいる山本に視線を移した。
「…本当に何者なんだよ?なぁ?教えてくれや。」
アモンの体から禍々しいオーラが湧き出す。
「遊びは終わりだ…」
そのオーラはアモンを包み込み、漆黒の鎧を形成した。頭部に生えていたツノも黒く染まり、瞳は真っ赤な光を放っていた。
「デュランダル!!」
アモンがそう叫ぶと、魔王城に封印されていた『魔剣・デュランダル』が壁を突き破り、主人であるアモンの手元に飛んできた。
魔剣デュランダルの見た目は以前戦った、魔神ハゲンティが錬金術で作り上げた魔剣にどことなく似ている。しかし、その秘められし力の差は歴然だ。
「まさか、魔王の力を使うことになるとはな。勇者にすら使ったことのない力なんだがな…!」
「なるほど。ハゲンティとかいう魔神は、その剣を元に錬金術でレプリカを作ったんだな。」
アモンはその魔剣を天に翳しながら答えた。
「この剣は天界の神から奪った聖剣でな、俺の手に堕ちた時に魔剣に姿を変えたんだ。だがな、面白いのが聖と魔の両方の力を宿しているとこだな。どうだ?気にならねえか?」
アモンが一気に山本との距離を詰める。魔剣デュランダルの刃が山本に迫り、山本は刀でそれを防ぐがバキッと嫌な音が鳴り響いた。
「そんな剣じゃ、このデュランダルの斬撃は防げねえぞ?」
アモンはさらに追加攻撃で次々に斬りかかってくる。山本の持っている刀は既にボロボロであり、今にも折れそうだ。
「なかなか良い剣じゃねえか、見たことねえ形だが間違いなく名剣の類だろ?だが、これで終わりだぁ!!」
先ほどよりも力を込めた一撃が繰り出され、山本の持つ刀は完全に二つに折れてしまった。
「ククク…ハーーッハハハ!!もう少し楽しめるかと思ったんだがなぁあ!?」
ーーーー
ーーー
ーー
ー
「ま、魔王様…!!」
少し離れた場所から魔王同士の死闘を見ている妖怪たちは自分たちの魔王が押されていると思い動揺の声を上げていた。しかし、それは一部の妖怪であり、魔王の本当の力を知っている妖怪たちは何一つとして心配はしていなかった。
「妾の夫があの程度でやられるわけないのじゃ。」
「ああ、あれで負けるようじゃ俺らを率いる資格はねえ。」
魔王山本を最もよく知る大天狗が新参者の妖怪たちに説明する。
「ほほう、魔王はあまり力を見せぬからのう。ワシが若い者に説明するわい。」
魔王山本五郎左衛門という男は常に己の力を封じている。それは、あまりにも強すぎる力が周りに影響を与えてしまうからである。魔族の地は何百万という魔族が集まって環境へ影響を与えているが彼の場合、単独で影響を与えてしまうだけの力があるのだ。そして、その力をいくつかに分け、刀に封じた。それが彼の持つ妖刀になったと。
正確には先に折られた刀は妖刀ではないが、ある力が封じられており、それが解放される。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
アモンはすぐに異変を感じ取っていた
「ん?なんだ?この気配は…」
視線の先にいる山本からどす黒いオーラがユラユラと揺れていた。そのオーラはアモンの持つ魔王のオーラに酷似していた。
「この姿になるのは久しぶりだ…」
山本の額から二本の角が伸びており、丁度その角の間に第三の目が開眼していた。そして、髪の毛は黒と白が混ざり、肩まで伸びている。
「くっ…くはははは!!その姿、貴様も魔族であったか!!」
アモンが山本のその姿を見て嬉しそうにそういった。
「さあ!続きを始めようかッ!!」
アモンが魔剣デュランダルを大きく一振りすると魔王城の天守閣がそれに巻き込まれ分断され、斬撃と天守閣の残骸が山本に降り注いだ。
山本は影から妖刀を取り出す。
「妖刀・雷火」
雷火を鞘から抜くやいなや、空に雲がかかり、ゴロゴロと空が鳴き始めた。
そして、向かってくる斬撃を雷火で受け止め、上から降ってくる天守閣の残骸を両断した。すると、両断した天守閣の隙間からアモンが姿を表し、妖刀雷火と魔剣デュランダルが激突する。
「その剣、恐ろしい力を秘めているな。魔剣か?」
「まぁ、似たような物だな。正確には妖刀という。」
「ならばその力、見せてもらおうか!!」
魔剣デュランダルから黒い炎が放出され、まるで蛇のように動きながら山本へ向かってくる。それを山本は雷火で一刀両断する。黒い炎は分散し、辺りに散っていた。その際に一部が魔王城に燃え移り、瞬く間に燃え広がった。
「魔王の力ってその程度なのか?」
アモンは目を見開き、やがてニヤリと笑った、
「くははッ!!同族で、そこまでの力を引き出す貴様を見て命を奪うには惜しいと思ってしまっていたッ!!どうやら、その心配はないようだな!!ならば全力でいくぞ!!」
(…同族って、我は魔族じゃないのだが…)
「うらぁああああ!!」
アモンは雄叫びをあげながら斬りかかってくる。先ほどまでとは違い、一撃一撃が非常に重い。デュランダルの一撃を山本が雷火で受け止めると、後方の地面、山が衝撃波で吹き飛ばされ、同時に雷火の電撃がそこら中に着弾し、激しい炎を作り出していた。
二人の魔王の動きはあまりにも速く、その場にいる殆どの者は刃が激突し合い発生する衝撃波と閃光しか見えていなかった。
「ぐうう…手強いな!」
アモンは黒い炎を再び操り、それを目眩しに使い魔王城に向かった。彼が取りに行ったのは一本の槍だった。
「まさかコイツまで使うことになるなんてな!『魔槍ゲイ・ボルグ』お前の力を見せつけてやれ!!!」
アモンが手にする魔槍ゲイ・ボルグという槍も魔剣デュランダルと同じように黒に染まっており、禍々しいオーラを放っている。
『魔槍ゲイ・ボルグ』は一突きすれば30の突きとなり、投擲をすれば30の矢となる槍であり、純粋に強力な破壊力も秘めている。槍ではなく、兵器という扱いが正しい。
「右手に魔剣、左手に魔槍…そして漆黒の鎧か…欲張りだな」
山本が素直な感想を漏らした。
アモンがゲイ・ボルグを一突きし、正確には30の突きであるが、山本に襲いかかる。山本は雷火で受け流そうとするが、さすがに同時に30の突き全ては防げなかった。初めて山本にダメージを与えた瞬間だった。
「ゲイ・ボルグの一撃を喰らって耐えるのか、どんなに頑丈な奴でも致命傷に至るんだがな。」
次にアモンはゲイ・ボルグの持ち方を変え、投擲をする構えをとる。そして、ゲイ・ボルグを山本目掛け打ち下ろすようにして投擲すると、30に分裂し稲妻の如く光を放ちながら超高速で飛翔した。
その一つが山本の腹部を直撃し、その勢いで地面に叩きつけられる。貫かれなかったのは単純に山本が頑丈であったからである。
しかし、山本に直撃しなかった矢が地面にいる妖怪や魔族に襲いかかった。
こちらに目掛け飛んでくる矢を酒呑童子は童子切で分断する。
「…手が痺れやがる」
酒呑童子により、分断は出来たものの今だにその衝撃が腕に残る。
「おい、まだ飛んでくるのじゃ。」
玉藻前は強力な神通力でその軌道を逸らした。
「…妾が一つ逸らすのがやっととは、かなりの力を秘めているのじゃ。まぁ、この姿では、じゃが。」
一方、魔族側では__
「みんな気をつけろ!あれに当たるなよ!!!」
「だめだ!逃げきれねえ!」
「ひぎゃああああ!!」
矢が次々に魔族の軍隊へ降り注ぐ。そこに地割れが発生し、下からマグマが顔を見せる。また、一本の地割れが魔都へ、そして魔王城へ向けて伸びていき魔王城に大きな亀裂が走る。
「ハーッハハハ!!楽しいな!!貴様もそう思うだろ?」
アモンが大笑いしていると、既に傷の塞がった山本が姿を見せた。
「そうだな、確かに少し楽しくなってきたかもしれない。」
山本は雷火を影に戻し、別の物を取り出した。
「ん?なんだその奇妙な形の剣は?」
柄の部分が三叉の綺麗に装飾された剣であり、刃の部分で辛うじて剣だと判別できる見た目をしている。
「これは、降魔の三鈷剣という。知り合いのじじいから借りてそのままの剣なんだがな…とにかく、これはお前らのような者に良く効くのだ。」
『降魔の三鈷剣』は全ての魔・厄災を断つ剣である。魔物、妖怪どちらにでも効果は抜群なのだが、なぜだか妖怪であるはずの山本五郎左衛門には効果があまりない。
「そんなもの、当たらなければいいだけだ!!」
アモンの手元に黒い粒子が集まりゲイ・ボルグが形成された。
そして再び、ゲイ・ボルグを投擲し、30に分裂したゲイ・ボルグの矢が山本に迫る。
しかし、降魔の三鈷剣を一振りするだけで全ての矢が瞬く間に消滅した。
「な、なに…!?」
驚きを隠せないアモンであったが、即座に魔剣デュランダルを両手で握りしめ、己の魔力を込める。魔力を込められた魔剣は先ほどよりも禍々しい光を放ち出す。
「これで終わりにするぞ!!もう一人の魔王!!」
アモンが全力で切りかかってくるのを山本は降魔の三鈷剣で受け止める。
「ぐっ…なんだ…力が…」
降魔の三鈷剣の能力により徐々に魔剣の力が浄化され、アモン自身も魔族として、魔王としての力が無力化しつつあった。
「そろそろ、終わりか。まぁそこそこ楽しめたかな。」
「ぐ…くそ…!卑怯だぞ…!」
「卑怯か、妖怪相手に卑怯もクソもないがな。」
山本はさらに力を込め一度、魔剣を外に弾き、三鈷剣を振り上げた。
アモンは魔剣をすぐに戻し防御の姿勢をとる。
「最後に良いことを教えてやろう_____”真の敵は天にあり”」
「…なに?…ぐっ…ぐあああああああああ!!!」
三鈷剣で目にも留まらぬ速さで魔剣デュランダルごと切りつけると、魔剣は真っ二つに切断され、アモンの体を引き裂いた。大量の真っ黒な血を吹き出しながら真下に吹き飛び、魔王城を崩壊させながら瓦礫の中に消えていった。
その光景を見ていた魔族はというと。
「ま、魔王様ぁああ!!」
「し、城が…魔王城が崩れていく…!」
「魔族はもう終わりだ…!!」
山本は崩壊していく魔王城を眺めていた。
「あ、もしかして他にも面白そうな武器あったりしたのか?…やりすぎたな。」
魔王城を壊さなければ、アモンを倒した後にじっくり物色出来たのではと後悔していた。
すると瓦礫をガラガラと掻き分けながら何かが姿を表した。
「…さすがに死ぬと思ったぞ」
魔王アモンであった。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
「なんだ、生きていたのか」
「ハーッハハ!魔王を舐めるんじゃねえ!…しかし、全魔力を回復に回しているから戦えはしないけどな…今回は完全に俺の負けだ。」
アモンはその場に座り込む。おそらく立っているのも辛いのだろう。
「殺すなら今だぞ?」
「いいや、殺しはしない。もっと強くなったお前と戦ってみたいしな。」
「…ハーッハハ!奇遇だな、俺もだ!此度の戦いは実に楽しかったぞ!!」
「ああ、我もだ。」
「山本、といったな?山本に話がある。」
アモンの話というのはこうだ。
全盛期の魔族は今よりも強力で、数も居た。しかし、先代の魔王が天、つまりは神に戦いを挑み敗北したと。その際に、いくつかの神器を持ち帰ったらしい。
その天をも恐れない行為が神の怒りを買った。しかし神は直接、この世界に干渉は出来ない。そこで、一方通行ではあるが唯一、神と意識を通じて干渉のできる巫女を使い、神託という形で魔族は悪であるという認識を広めた。
その結果、巫女を中心に聖教国と呼ばれる国が建国された。その国は神から教えのあった技術を使い、人工的に人体を作ることに成功しており、それは普通の人間よりも遥かに体内魔力の量も多く、身体機能も高いものらしい。
そして、その人体に魂を宿すため、神は異世界から死んだ人間の魂を奪い、その肉体に魂を入れていると。どうやら、死んで間もない肉体から出た魂には記憶が残っており以前の記憶があると、なにかと便利で、すぐに戦闘に導入できるのがメリットらしい。その際にかならず神はその人間に恩恵を与えている。異世界の人間、特に地球という星に住む日本人はとても感謝し、喜んで魔族や魔王を倒すために戦っていると。人はそれを『勇者』と呼ぶ。
「なるほど、その聖教国という国のせいで確実に魔族は絶滅の危機が迫っていると。」
「ああ、まだ魔神がいるうちは大丈夫だろうが、早いうちにあの国を潰して置きたいと思っている。そこで、俺らに強力してくれないか?」
「嫌だ。」
「強い奴と戦えるし、他にも面白いことが山ほどあるぞ?それに、山本たちも全く関係の無いことじゃないぞ?それに人間の街で派手に暴れただろう?あれな、俺らがやったってことになっていてな、近々勇者が率いる周辺諸国の連合軍がここへ攻めてくるらしい。」
「へぇ…」
「へぇ…じゃないんだよな。見ろよ、魔王城もなければ魔都は滅茶苦茶だ。」
「あれ、半分はお前が壊したんだろ?」
「だとしてもだ!俺らが討伐されれば次は山本、貴様らだ!だったら、ここで同盟を結び、奴らに対抗するべきなんだ!」
「いや、どうせ我一人でも勝てるしな」
「…クハハハハ!そうか、確かにそうだな…山本…貴様はそういう男であったな!だが、お前の眷属たちはどうなる?非力な奴もいるんだろ?」
(そうだ、我はかつて日本で弱い妖怪が人間に滅ぼされることを考え、戦いを避けてきた。この世界の人間は弱く忘れかけていたが、再び人間に今の生活が脅かされようとしているのか。)
「…わかった。我ら魑魅魍魎も手を貸そう。」
こうして、神ですら考えもしなかった出来事が起きた。
異世界の魔王同士が手を組んだのだ。
これからは魔族と妖怪、両方を相手にしないといけない。
そのことを知らない勇者が二人の魔王を目の前にし絶望する日はそう遠くはなかった。
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