ハロウィンで、また。

レミューリア

ハロウィンで、また。

ハロウィンの街並みは華やかなものだった。

 魔女の帽子をつけた制服の女の子や、狼男を気取って獣耳をつけた若い男が闊歩している。

 さながら街中が仮装パーティの中、一人の女が軍服を着て歩いている。


「すっげー気合入ったコスプレ」


 一人の若者が笑いながら彼女を指した。

 軍服はまるで戦場帰りのように煤にまみれ、細かな傷が無数につき、見る者に硝煙の香りを想起させるようなボロボロの出で立ちだ。

 物珍しさに近づいてくる若者達。

 だが女の目はあまりにも鋭く。獰猛な鷹を思わせた。

 食い殺されかねない恐怖に思わず若者は後ずさり、一人、また一人と去っていく。


 

 女は不愛想な顔をしたまま、次第に路地裏に入っていく。

 人目のない暗闇をあちこちと睨みつけ人の気配がないことを確認し、女はしゃがみ込んだ。



「や、やってしまった……!また……!」


 女。藤堂麻衣は頭を抱えてこれまでの自身の失敗を振り返った。

 目つきが悪く。女の割に身長が170もあって怖がられ。

 何より気の利いた会話ができない彼女は彼氏どころかこれまでの人生、親しい友達一人できたことがない。話し相手がいなさすぎて飼い猫を撫でながら宿題や学校の愚痴を話す青春時代だった。

 仕事でも雑談に上手く参加できたこともない。好きな猫の話題でも無理だった。

 セクハラ殺しの鬼事務員と裏で呼ばれていた時は心底悲しんだ。そんな彼女の人生。

 それでも。もしかしたらハロウィンで仮装すれば。もしかしたら普段とは違う自分になれるかもと思って仕事帰りに駆け出してみた彼女を待っていた結末はこれだ。

 また周囲に引かれてしまった。ここまで思い出してまた麻衣は頭を抱える。

 

「姉ちゃんのコスプレ衣装なんて借りるんじゃなかったなぁ……姉ちゃん、可愛いのに趣味がいちいち濃いから余計に怖がられちゃったよ」


 ここにはいない衣装を提供してくれた姉に責任転嫁する妹。

 愚痴をぶつぶつと呟きながら路地を力なく歩く麻衣はやがてうずくまった女性を見つけた。


「え、ええ。だ、大丈夫ですか?」


 動揺しながらも話しかける。

 いつものように怖がらせないように気をつけつつ。

 近づいてみると制服を着た女子高生だということがわかった。


「大丈夫ですにゃ。心配してくれてありがとにゃんにゃん」


 さらに近づくと猫耳をつけた仮装女子高生であることがわかった。

 猫のものらしい尻尾までつけて可愛らしい。


「か、カワイイ!私が猫の真似をしても不気味としか言われないのに!」


「お姉さんは猫好きにゃ~~?そんなこと言って絶対似合う奴ですにゃん?顔も整ってる美人猫さんの香りがするにゃ」


 手をぐーにしてまるで猫のように近づいてくる彼女、猫よりも猫らしいとさえ思えた。


「え、えへへ。そ、そうかなぁ。私そんなこと言われたことないよ」


 カワイイ女の子にお世辞とはいえ褒められて有頂天になる麻衣。

 万年ぼっち故、褒められることに慣れてないからだった。


「お姉さんもネコネコするにゃ?絶対楽しいにゃ!」


「えへへへへへ……!するにゃんするにゃん!」


 すっかり出来上がった酔っ払いみたいになりながら麻衣は答えた。

 こうして麻衣はこの猫少女、猫崎音子と初めての友人関係を結んだのだった。


 音子とのハロウィンの夜は麻衣にとって楽しいものだった。

 カボチャのスイーツを一緒に食べ歩き、二人で行き交う人を驚かせお菓子をねだったり。

 音子が猫舌だとわかった時には麻衣は大笑いした。人目をはばかることもなく。

 食べて騒いで談笑する。

 単純だがこの時間がいつまでも続けばいいのに。

 そう麻衣は思っていたが時計の針はもう12時目前だ。

 舞踏会を踊るシンデレラよろしく別れの時間がやってきた。

 

「そろそろ、帰らにゃきゃだね」


「名残惜しいにゃ。やっとエンジンかかってきたとこだったのにゃん」


 明らかな嘘だった。

 彼女はふらふらと足がおぼつかなくて、疲れ切っていた。


「大丈夫?送ろうか?」


「いいにゃ、猫は送り狼にはたぶらかされないにゃん」


「いやだって、足フラフラじゃない」


「おっとと。慣れない歩き方だったからにゃぁ?」


「やっぱり普段は四足歩行なんだ!?」



 悪戯した子供みたいにいひひと笑う音子。

 しかし、急にスイッチが入ったように暗い顔をして俯いた。

 ぽつりぽつりと彼女は自分の事情を語り出す。

 普段は病室によくいること。

 こんなに歩いたのは久しぶりだということ。

 何度か留年していて教師たちに何でもいいから卒業してくれと願われていたこと。

 学校で仲良くなった友人が2・3回お見舞いに来たらあとは全く音沙汰がなくなること。それに慣れたこと。

 学校は春に卒業したけど、この制服はあまり着れなかったこと。

 ハロウィンで仮装のつもりで袖を通したのはこれで最後かもしれなかったからだということ。

 大きな手術が待っていること。

 これらを語る語尾に、にゃはなかった。


 気まずい空気のまま二人は別れた。



 一年が経った。

 あの時と変わらず、今年も街中はハロウィン一色。活気と華やかさに満ちていた。

 今年の麻衣はフランケンシュタインをモチーフにした衣装だった。

 案の定、周囲に軽く引かれていた。

 だが彼女はそれでいいと思えた。

 

「猫耳……猫耳……!!」


 猫耳と呟きながら周囲をじろじろと見渡す麻衣はまさに不審者だ。

 ハロウィンでなければ逮捕されていたに違いない。

 そんな怖い麻衣を恐れないあの猫女に再開できたら。

 麻衣は必死にハロウィンの街を駆け回った。

 あの日、別れてから一年ずっと後悔のしっぱなしだった。

 無責任な約束も、手術の応援もできなかった彼女。

 コミュ障だから言いたいこと、言えばよかったことが後から後から沸きあがってしょうがない。

 もう彼女はこの世界にいなくなってしまったのだろうか、せめて連絡先くらい交換すれば良かった、また後悔しながら走る麻衣。


 時計の針が12時に近づく。

 ハロウィンが終わる。

 せっかくのフランケンメイクが汗でドロドロになるくらい走った。

 周囲からは身長から察するに男の化け物だ、ゾンビ変質者、バイオハザードとさえ罵られながらも走る。

 心臓がばくばく言いながら。足が棒のようになりながらも走る。

 ついにはへたりこんでしまった。

 

「お嬢様、お疲れのようですにゃん?」


 そこにビラを片手に持った猫耳メイドが現れる。

 得意満面の面で笑うその顔と猫耳は見覚えしかなかった。


「当店は目つきも態度も悪いゾンビにも神対応を約束しますにゃん。なんたって死ぬ死ぬ言われてた私もゾンビみたいにしぶとく生き残れたからにゃ!お嬢様をかわいいかしこい猫ゾンビにしちゃうんだにゃん!」


 猫ゾンビとは何ぞやと思いながらもぷっと噴き出した麻衣は猫メイドの手を取る。

 安心と嬉しさが麻衣の胸の内に広がった。

 ハロウィンなのに彦星と織姫のような再開。

 まるで七夕。しかし、また一年後じゃない。

 これからも続いていく幸せを予感させる秋の夜だった。


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ハロウィンで、また。 レミューリア @Sunlight317

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