華やかさ

 華やかさが無い。竜胆とリナシアの二人は、〝彼女〟を前に頭を悩ませた。

 何と言うべきか、悪くないのだが、肝心要の華やかさが皆無なのだ。悪く言えば地味、良く言えば素朴、どう化粧をして着飾っても、〝彼女〟に華やかさと呼べるものは無かった。


「……どうするよ?」

「……どう、しましょうか?」


 リナシアの貴族式化粧術と、竜胆のコーディネート、貴族の社交界で生き抜く為の武装を施しても、どうにも田舎っぽさが抜けない。

 素朴な芋っぽさ、質素な可愛らしさ、簡素な美しさ、何と言うか、派手さとは無縁な顔立ち。リナシア・オーフィリアと竜胆は、姿見を前にウキウキとした様子の山科椎名を見ながら、頭を悩ませた。

 素材は決して悪くない。ただ、派手さが皆無で、華の無い地味な顔立ちなだけで、首から下のプロポーションには、同性の二人でも目を見張るものがある。

 体は着飾らせれば着飾らせる程、その華やかさと色を鮮やかにしていく。しかし、顔立ちはそうはいかなかった。


「凄い、これが私……!」


 目を輝かせ、様々なポーズを取る山科。しかし、顔立ちは相変わらず、地味で目立たない。だが、本人にしてみると、驚愕の変化を遂げている様だ。


「この装備なら……」

「よし、待て」


 ルンルン気分で部屋から出ようとする山科を、竜胆が止める。大して普段と変わらないとは言え、普段は化粧っ毛の無い山科が、貴族式の華やかな化粧をし、竜胆が選んだ肢体の線を強調するイブニングドレスを着用している。

 そして今はまだ昼間、今の山科が外を出歩くのは、ちょっとどころではなく宜しくない。


「どうして? 竜胆」

「オーケー、オーケー、竜胆さんに任せとけ。な?」


 兎に角だ。確りしている様で、何処か抜けてる山科を、早く何とかしなくては、色々とマズイ。

 竜胆は薄汚い社交界で培った高速思考で、対応策を練るが、そんな事を考えている時点で、今の山科には勝てないのだ。


「なら、行ってくる!」

「待てっての!」


 空冷式12気筒大出力エンジン、燃料は恋心。莫大量の熱量、それを圧縮、爆発を繰り返し、生み出されるエネルギーは、桁外れの出力となり竜胆を引き摺っていく。


「あああぁぁぁぁぁっ! リナシアァ! 麻野、麻野呼んでこい! あいつに括り付けとけ!」

「リンドウ様ー?!」


 しがみついたまま、山科に引き摺られていく竜胆。前線戦闘職である山科と、後方支援職の竜胆では、まるで話にならない。

 その上、竜胆は後方支援職の中でも特に貧弱を極めている。リナシアも前線戦闘職であるが、それ程ではない。そんな竜胆とリナシアが、今の山科にしがみついても、哀れな牽引物が二つになるだけであった。


「山科! 山科! 止まれ!」

「御義姉様! 御義姉様! 止まってください!」

「やだ」


 山科は止まらない。小さな鼻から、フンスフンスと息を荒く噴き出し、前へ歩む足を止める事は無い。

 高いヒールで確りと床を踏み締め、目的地へ向けて邁進する。


「御義姉様! 御兄様なら、今は公務で……!」

「知ってる」

「山科山科! 頼む止まれ! あ! ジョナサン! 助けてくれ!」


 オーフィリア家にある竜胆専用の客室から、色白の美少年が顔を出していた。どうやら、竜胆の声を聞き付けた様だが、引き摺られていく竜胆を見て、軽く首を傾げた。


「リンドウ様、楽しい?」

「ああ! 可愛いなぁもう!」


 と言っている間に、山科はズンズンと進んでいく。ジョナサンも状況が飲み込めず、動けないままで、三人を見送る形となった。


「御義姉様! 御兄様なら、もう間も無く戻られます! なので、御部屋でお待ちになられた方が宜しいかと……!」

「それもそうかな?」

「おお、それもそうだぞ!」


 リナシアと竜胆は、無言のアイコンタクトで頷き合った。このまま畳み掛けて、山科の自室に放り込み、グレイが帰ってきたら、山科の自室に問答無用で投げ込む。

 そうでもしないと、こちらの身が保たない。

 二人は意を決して、山科を丸め込みに掛かった。


グレイ旦那さんの帰りを待つ未来の妻、良い響きじゃねえか?」

「ええ、本当ですわ、リンドウ様」

「だよな! いやぁ~、帰ってきたら山科が、こんな綺麗なカッコして待ってたら、グレイさんもまた惚れるぞ?!」


 あと少しあと少し、山科の耳が反応して、前進するスピードが少しずつ落ち始めた。

 あと少しで、山科は自室に戻る。二人は次の一手を打とうと、口を開く。


「あとは、〝おかえりなさい〟でも言ってやればイチコロだって!」

「そうですわ! 御兄様は実はそういったシチュエーションに、憧れがありますの!」

「本当?」


 山科にしがみついたまま、二人は強く頷く。

 正直な話、この突貫重戦車に付き合っていると、命が幾つあっても足りない。

 このまま耳触りの良い言葉を並べ立てて、自室に引っ込んでもらおう。竜胆は得意の口八丁手八丁で、山科を言いくるめてしまおうとした時、廊下の曲がり角から、ある人物がひょっこりと顔を出した。


「え~と、何を?」

「神野」


 美丈夫神野が、竜胆とリナシアを引き摺る山科を見て、事態を飲み込めず固まった。

 今、彼の目の前では初恋の相手が、華やかな衣装に身を包み、その可憐さを引き立てる化粧を施している。そして、己はこの屋敷の主に用がある。


「グ、グレイ居る?」

「……御兄様は、急な公務で」

「そ、そっか」


 神野は事態を整理しようと、召喚勇者に与えられた高速思考を用いて、情報を整理する。

 まずは山科、非常に美しい。

 そして竜胆、奇行は普段通り。

 次にリナシア、意外だが彼女もはしゃぎたい事もあるだろう。

 最後に、部屋の扉からこちらを伺う美少年。確か、竜胆のお気に入りの筈。

 結論、分からん。


「グレイに見せにいく」


 だが、答えは本人の口から語られた。


「山科、君のその素直さと一直線さは美徳だ。だがしかし、騎士の中には女性が関わる事をよく思わない御仁老害も多い。それとグレイの事だから、すぐに戻ってくるさ」

「むぅ……」


 不機嫌そうに顔を背ける山科。帰ったら、リフィーアと遊ぼう。神野はそう決めた。


「……じゃあ、部屋で待つ」


 くるりと山科は反転し、自室へと向かう。神野はその後ろ姿を眺め、グレイに渡す筈だった手土産を、こちらを伺っていたジョナサンに手渡した。


「明日辺りに聞いてみるか」

「何を?」

「ん? 内緒の話さ」


 神野はそう言うと、リフィーアの待つ己の屋敷へと、足を向けた。

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