第92話 ここまでがチュートリアル

「後は大人達に任せるがいい」


 眼前に広がっていた森の大部分を消し飛ばした力の奔流が収まり、森の跡地を歩いて来たのは騎虎ライドラに乗る郷の大人達を率いたタイガさんだった。


「タイガ、子供達は僕が見ておくよ」


「うむ。皆の者、ミントとやらの葉の形は覚えたな! よし、では散開して香草狼牛ハーヴルフミント種をこの命恵の森から駆逐しろ!」


 族長であるタイガさんの指揮の元、騎虎に乗った虎騎手トライダー達は消し飛んでいない森の中へと駆けていく。


「待って、香草狼牛だけじゃなくてミント自体も駆逐しないと」


「ああ、それだったら心配いらん。ミント種さえ駆逐してしまえば他種の香草狼牛が自種の香草を育てる為に処理するらしい。情報精霊ゲンさん出の情報だから確かだぞ」


 森中のミントを引き抜いて焼却処分しなくていいのは楽で羨ましい。あの時は本当に、本当に大変だったからな。


「ボス! 香草狼牛の角です! 皆で集めたので受け取ってください!」

「いや、何故?」

「ルトラによると良い値がつくそうです!」

「だったら、皆で山分けしようぜ?」

「いいんですか! ボス!」


 いつの間にか氷の塔から降りていたアトラ達は転がる香草狼牛の死体から角を集めていた。一個一個は小さい角だが数が数だったので小山を築く程の量がある。


「ボス、とは随分と慕われたなソラよ。これはネコナも交えて子供達から話を聞いた方が良さそうだな」

「話を?」


「なに、悪いようにはせん。子供達も、戦利品の角もな。族長の俺に任せて休め、体力も精神もギリギリだろう。俺の眼は誤魔化せんぞ?」


 別に誤魔化す気は無かったが、お言葉に甘えて休むとしよう。更地となった地面に大の字で転がる。


「あ、ボス! お疲れですか! では僭越ながら私が膝枕を——」

「待つのです! 私の膝を貸すのです」

「あ、じゃあ私も!」「私も!」「私だって」


 姦しくなるアトラ達を鎮めたのはティアナだった。


「駄目! 私達がする!」

「ちょ、ティア!? 私は流石にお父さんのいる前でするのは少し恥ずかしいんだけど……」

「うがぅ」

「あ、トーラ!?」


 ティアナだったが、俺の枕役を勝ち得たのは白い騎虎のトーラだった。トーラは俺を頭で無理やり起こして、自分の身体に俺をもたらさせる。丁度俺の頭の位置がトーラの後ろ脚の膝なのはトーラ自身も膝枕のつもりだったりするんだろうか。……眠くなってきた。



「マシヴのとこの門下生がまだいれば筋肉車で来させたんだが」

「タイガ、その事ならマチヨが組手人形を傀儡魔法で操って筋肉車で此処に向かってるはずだから心配いらないよ」

「む、そうなのか?」

「ネコナさんがマチヨに手配してたよ」

「流石、ネコナだ——」


 ティアナとウナの父親二人の会話にジムにあった頑丈そうなデカい荷車の事を思い出しながら俺の意識は微睡みの中へと沈んでいくのだった。




















「起きて、起きてソラ」「起きるのよ、ソラ」


 ティアナとウナの声に目を覚ます。

 寝惚け眼に映る光景、耳に届く祭囃子に似た音楽、鼻腔をくすぐる美味を訴える香りに着た覚えのない服の感触と味覚以外の五感への刺激に意識が一気に覚醒した。


 眼は覚めたが頭の中は盛大に混乱中である。


 寝て起きたら祭りの真っ只中なのは百歩譲ってまだいいとして、何故寝ている間に着替えさせられて祭りの主役席らしき場所に座らせられているんだ俺は。

 服は服で羽織袴に似た儀礼用らしき高級感の溢れる代物で……って、これ自力で着れる気がしないから起きてたとしても着替えさせられていた気がする。

 ウナは普段着ている巫女服よりも上等なモノに……名前の分からない巫女装束の最上位風の装束で隣に座り、その反対側にはティアナが虎模様の入った純白の白無垢を着て座っていた。


「俺……結婚の許しを得てから改めて、ロマンチックな場所でプロポーズするって言わなかったっけ?」


「言ったわね」「言ったね」


「じゃあ何故?」


 異世界風の和風結婚式みたいな状況になっているという疑問に回答をくれたのはティアナの母、ネコナ母さんだった。


「それはソラ君がイメージしてそうなロマンチックな環境が郷に無いからよ。トラッヘンの危機を未然に防いだ功績、子供達からの慕われた具合やその他諸々でタイガやマシヴ君も三人の結婚を正式に認めたわ」


「だから結婚式を?」

「え、これ結婚式なの!?」「違うよ?」


 ウナの混乱を一瞬でティアナが鎮める。

 これ、結婚式じゃなかったのか。


「婚約発表に託けた宴よ。まぁ正直なところ、ソラ君の慕われ具合が予想以上なのが理由よ。将来ソラ君の子を産みたいって子がちらほらいたから、ソラ君の正妻はティアナとウナちゃんだと示しておかないとって事でね。ティアナもウナちゃん以外は認めないんでしょ?」


「うん。奥さんは私とウナちゃんだけ!」

「あぅぅ……」


 ティアナの宣言に歓声があがり、ウナが照れる。歓声の方に目を向ければ郷の住民達が集まり、宴の開始を今か今かと待ち構えていた。

 見渡して分かったが、今いる場所は以前俺が耕した水田予定地だ。そこに机やら何やら運び込んで宴の会場にしたらしい。


 歓声をあげる郷民の顔ぶれにを見ると俺と同年代から少し上の年代の男獣人が少数しかいないのが見てとれた。その誰もが隣の女性と仲睦まじく俺達を祝福してくれている。まぁ、祝福してくれているのは参加者全員だが。


「いないのは同年代と少し上の世代の男だけでトラグノフくらいから下はいるんだな」


「そうね。ソラ君が心配してるような少子化は起きないから大丈夫よ。ソラ君達が旅から戻って結婚する頃にはベビーブームも起こるだろうから」


「ようやく起きたかソラよ。聞いてはおると思うがティアナとの結婚を認めよう。ロマンチックなプロポーズとやらは旅先で三人の思い出としてやるといい。結婚式は『ナルカミ神楽』を舞ってもらわねばならんので、代わりに婚約の宴を開いて郷の皆に知ってもらう事にした」

 

 その『ナルカミ神楽』とやらが舞えたら結婚式だったと聞こえるんですが。


「えっと、俺が『ナルカミ神楽』を舞うと?」


「いや、結婚する三人でだな」


「あ、私少しなら舞えるよ?」

「私は『ヒヤカミ神楽』なら少し」


 もしかして結婚を急かしてる? せめて心の準備だけでもさせて欲しい。


「ちゃんと説明しておくわねソラ君。族長家の結婚式では結婚する者同士で『ナルカミ神楽』を舞う習わしがあるのよ。ただ、ウナちゃんの生家の関係的に『ヒヤカミ神楽』も舞う必要があるから旅先で覚えてくるのよ?」


 さらっと旅の目的が増えたな。


「さて、皆の衆! 俺の娘ティアナ、マシヴの娘ウナとソラの婚約成立の宴に集まってくれて感謝するぞ! 約二ヶ月後に三人が旅に出て、帰ってきたら結婚式の宴を盛大に開くから楽しみにしておくのだ! では、婿となるソラに乾杯の音頭をとってもらうとしよう!」


 突然音頭を任されたじろぐが早くしないと呑兵衛共が痺れを切らすと急かされ立ち上がる。

 盃を持って一言。


「細かい挨拶はいらねぇ! 乾杯!!」



「「「「————————」」」」



 盃の酒を一気に煽り——



 ——盛大に咽せた。

 そうだった、俺……酒飲めないんだった。

 




















 宴は大盛況に終わり帰路に着く。

 今日から帰る先はウナ家からティアナの家へと変わっていた。


「さて、残りの二ヶ月だがなソラよ」


「はい?」


 俺達と二人の両親の七人で歩く中タイガさんが話しかけてきた。


「マシヴのとこでの鍛錬が終わったから、俺とネコナでライドラの密林にて三人を鍛える事にした」

「三人には『ナルカミ神楽』を完璧に習得してもらわないといけないものね」

「ねぇネコナ、ライドラの密林は常に降雷確率が三割を超えるって聞くけど大丈夫なの?」

「ソラ君達が倒した魔物なんて比じゃない強さの魔物もいるらしいね」


 思わず立ち止まってタイガさんの方を見る。


「なに、死んで楽にはさせんさ。三人に『ナルカミ神楽』を習得させるにも、ソラの獣化を真なるモノにする為にもライドラの密林は都合が良いから仕方ない」

「そうね。ソラ君が『獣の因子』を取り込むには一度死ぬ寸前の極限まで追い込む必要があるものね」


 ティアナの両親二人に肩を掴まれた。


「逃げないよな、ソラ」

「逃がさないけどね、ソラ君?」


「……に、逃げませんとも」


 翌日から約二ヶ月、生きているのが不思議と思える日々を送る事を俺は未だ知らない。





















「ふむ、これでお主のステータスに虎騎手の免許ライセンスが表示されるはずじゃ」


 生死を彷徨う二ヶ月を潜り抜け、旅立ちを翌日に控えた俺は情報精霊のゲンさんに虎騎手の免許を発行してもらっていた。限定じゃない方の。


 この世界——三界グラン・ジオールでは免許の類をステータスで提示するらしく、ステータスに表示できるようにする為には情報精霊に発行してもらう必要があるのだ。


 早速、ステータスを表示して免許が表示されている事を確認する。


「ちゃんと表示されてるわね。これで三人お揃いね、ソラ」

「そうだねウナちゃん!」


「限定免許でも良かったのに取れるもんだな。ん? あ、【次回予告】スキルの『陸の書』に『次回予告』が増えてる?」


 ようやく、ようやく……俺の——俺達の物語が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る