第91話 開闢の一撃
「初めて見る魔物だけど一匹任せたよ、ソラ」
三人で一緒に戦うものだと思っていた。
ティアナに理由を尋ねたいところだが、理由は森の影から続々と現れる。ティアナの言う最終戦の相手は一個体ではなく群れだったのだ。
「とはいえ、香草狼牛の系統だろ。だったら、まずはここに一発! ……うん?」
宙を一回、二回三回と蹴って香草狼牛の弱点である頚椎への垂直打撃を叩き込むが手応えを感じられない。
殴った周囲の揺れるミントの葉。
どうやら、植物の茎や根らしきモノが複雑に絡み合って形成された魔物の身体は受けた衝撃を分散し易い構造をしているようだ。
「打撃が効かない……わけでも無いっぽいな。ティアナの蹴りで前足吹っ飛ばされてるのもいるし——っと、離しやがれ!」
魔物の背に立ってティアナの方を見ていると植物の根の様な触手が絡み付いてきた。簡単に引き千切れたが際限なく寄ってくるので魔物の背から飛び降りて距離を取る。
打撃で倒すには火力が足りない。で、あればと手裏剣型に形成した着火魔法を投擲する。
手持ち花火をバケツの水に浸けた時の様な音がした。火力が足りない。
「近くで見ると木みてぇに太い……なら——」
地面から勢いよく生える槍の様な根を避け、右前足に接近して思い付いた魔法を試す。
木を切り倒すイメージ、斧を思いっ切り横に振る様な動作で魔法が——
「——あれ? っ!?」
——発動しなかった。
空振りに終わり姿勢が崩れたところに根の刺突が直撃する。
辛うじて命力での防御が間に合い、刺さりはしなかった。痛みを堪え、魔物の周囲を回るよう脚を動かす。この威力、何発も貰えない。
魔法が失敗したのは何故だ……イメージが足りてない? 使った事の無い斧より稲刈りとかで使い慣れた鎌ならどうだと魔法を発動する。
「
再び魔物の足元へ接近して魔法を使う。複雑に絡み合っている茎や根の内の一束が切れた。
この魔法、効率が悪い。これなら手足に煌刃や煌爪を形成して引き裂いた方が……いや、蹴った方が早いか。
足の甲から脛辺りまでに煌刃の刃を形成し、もう片方の前足へ接近する勢いも乗せた豪脚を魔物へ叩き込む。
太い足の半分程を断ち切った。
切断面からミントの匂いがする緑の液体が滴れるが様子がおかしい。
「再生持ち!? いや、ちょっと違うか?」
切断した場所の近くの茎や根が切断部位へ伸びて絡み、切断面同士が癒着していく。
倒せるイメージが湧かない。
地中から突き出る根による刺突を走り回りながら避けつつ、隙を見て煌刃付きの豪脚を叩き込むのを繰り返す。
聞こえてくる、いくつもの巨体が倒れる音。
戦っている魔物を視界の端に捕らえたまま、ティアナとウナの方を見て情報を集める。
「今の私は一段——じゃ足りないね。三段階は技が進化してる! 虎武術——
ティアナが腕を鞭の様に振ると魔物の巨体が引き裂かれる。だが、それだけで終わらない。出血する代わりに出る緑の液体に向かって放電が起こり、発火して修復を阻害している。
「虎武術——
雷撃を纏った腕の一撃で魔物の半身が消し飛び、残る半身の断面は焦げていた。傷の修復は起きていない……一撃で仕留めれば当然か。
「雨で気温も落ちてるし、水気も十分ね。私の技は凍気で威力が上がるのよ! 凍式抜刀術、一ノ型 ——吹雪!」
ウナの凍気を纏った居合一閃は白銀の軌跡を描きながら魔物を三体まとめて両断する。
「二ノ型——白雪!」
倒れた魔物で影になって技を放つウナの姿は見えないが、ウナの剣閃が描く白銀の軌跡で魔物の身体が分断されていくのが見えた。
「三ノ型——初雪、四ノ型——深雪!」
尚も途切れぬ白銀の軌跡は、舞う様に次々と魔物を寸断していく。
「これが私の、
ウナが氷刀を氷の鞘に収める頃にはウナの周囲に動く影はいなくなっていた。
倒れ伏す魔物の切断面は凍りつくか霜が付着し、魔物の身体に生えるミントは枯れている。
技の威力が違い過ぎて参考にならない。
辛うじて参考になるのは切断面を焼くか凍らせるかして修復を阻害していた事だけ。
今の俺にある手札を整理しよう。
拳や蹴りの打撃は効果が薄く、煌爪や煌刃を形成して斬撃に変換する必要がある。一番威力のある剛拳、豪脚でも一撃で倒すには威力が足らない。
魔力操作の極地『空間掌握』は相手が突進でもしてこないと攻撃に転用するのは難しい……そういえば、固めた後の空気ってどうなるんだろうか。
無意識で使った三力融合で霊力の扱い方は掴んだが霊力の使い道が分からない。小さい頃に読んだ漫画みたいに霊力を弾丸にして飛ばしてみようかと思ったが、絶対に威力が足らなくて霊力の無駄使いにしかならないのでやめた。
「————————!」
狼の遠吠えを低くした声と共に魔物の動きが変わる。俺を無視して川の方へと進み始めた。
巨体故に香草狼牛程歩みは速くないが、その重量と力でぶつかればアトラ達のいる氷の塔は簡単に崩れてしまう。氷の塔が崩れれば彼女達は濁流に呑み込まれるかもしれない。
咄嗟に魔物の身体に生えるミントの根を掴むも意に介さず魔物は進んでいく。掴んだ根を引いたところで千切れて終わる。
宙を駆け、魔物の背を走り魔物の眼前へ。
『空間掌握』で魔物前方の空気を固めるが魔物は止まらない。固めた空気と激突した魔物の身体の一部が凹んで弾けるだけだった。
「止まれ! ぐっ——しまっ!?」
魔物の鼻っ柱に剛拳を叩き込むも魔物に弾かれ、右腕を取り込まれる。
魔物の顔は牛の形をしているが、その実態は牛のそれではなかった。それどころか生物の体を成していない。ミントの葉に覆われた下は全て絡み合った茎や根によって形成されているに過ぎず、生物の要素がまるでない。
花の蕾が開く様に魔物の顔の一部が開き、俺の腕へ根の触手が絡み閉じたのだ。
余剰分の全命力を右腕の防御に回し、圧搾機の如き締めつけに耐える。耐えるしかなない。腕を引き抜く為の身体強化に防御分の命力を回した瞬間、腕は潰されかねない。
締め上げる力は徐々に強まっていく。俺の腕が潰されるのは時間の問題でしかなかった。
「どうせ潰れんのなら、自分で潰す方がなんぼか増しだ」
命力を纏って防御している右腕に魔力を注いでいく。まだだ、まだ足りない。
「チョコミントは好きだが、畑や田んぼに生えたミントは大っ嫌いだ! うちの田畑にミントを植える悪戯した奴、絶対許さねェ……」
未だ不明の犯人への怒りも魔力に変えて更に腕へ魔力を注ぐ。次第に腕が取り込まれている辺りから蒼い光が漏れ始める。玉力は成った。
あとは霊力を注ぐだけ。
漏れ出る蒼い光が白い輝きへと変わる。
「腕一本で三十三人……いや、俺含めて三十四人の命に代えられるなら安いもんだ」
融合した三つの力は制御不能の領域へ。
「ぶっ飛べぇぇぇ!!」
制御不能の臨界点を超える力が魔物に向けて放出され、俺の腕を取り込んでいた魔物は避けようもなく白い閃光に呑み込まれ爆散した。
「ははは、ラッキー。腕、残ってる……ピクリとも動かねーけど」
「派手にやったわね、ソラ」
「あっちで黒焦げになっちゃったお風呂作る時とか木を切り倒す時に使ってた動く煌刃で治るより早く刻み続ければ良かったのに」
その手があったか。
「ところで二人が俺の所まで来たって事はあの魔物は狩り尽くしたって事だよな?」
「違うけど?」
「でも最終戦は終わりだけどね」
森の奥の気配を探ると倒した魔物と同じ気配が幾つも感じられた。
森の茂みから聞こえる重い足音に、動かない右腕を庇い身構える。
そして森の影から現れたのは——
「む? むー! むっむむー!」
——蜜風船の実がなる大木を前脚片手で掲げる蜜熊だった。しかも、命恵の森に来た初日に会って妙に懐かれた個体だ。
「……むっむー」
予想だにしない出会いの驚きで蜜熊と同じ鳴き声で手を振り返すくらいしか出来なかった。
その後も続々と実がなる大木を持った蜜熊が現れ、拠点跡地の焼けた地面に果樹を植え替えていく。
雷が落ちた地は豊作になるって聞くけど少し気が早くない?
「あ、そろそろ来るからソラも一応、衝撃に備えた方が良いよ?」
「私のお父さんもだけど、ティアのお父さんも大概よね」
そう言って地面にしゃがむティアナとウナに合わせてしゃがむと同時に生存本能が命の危機を告げた次の瞬間——
「一体……何が——!?」
——眼前の森が消し飛んだ。
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