第90話 天光満つる
「雨が止んだのです?」
否、雨は止んでいない。
俺達がいる氷の塔の範囲だけ雨が降っていないだけで、それ以外の場所では滝の様な雨が降り続けていた。
ティアナの指示で従い伏せていた面々が環境の変化に頭を上げる。
「ね、ねぇ……私の見間違いじゃなきゃティアが私達の上空で雷を吸収している様に見えるんだけど気のせいよね?」
上空といっても元いた世界で飛行機が飛んでいるほどの高さではない。森に生い茂る大木の数倍程度の高さで、ティアナとトーラはその身に雷を受け続けている。
「俺にも見えてるから見間違いじゃないぞ」
「雷って一瞬よね?」
「真上は眩しくて見えないから、遠くの雨雲を見てみろ」
「……雨雲の表面をこっちに向かって走る様に雷が集まって来て見えるのだけど」
たぶん、森の外から見たら全ての雷が一点に集まってから落ちている様に見えるだろう。
「たぶん雲に蓄えられてる全ての雷がティアナに向かって落ちてるんだと思う」
「ティア、大丈夫よね……」
「大丈夫だからこそ、この異常な光景だと俺は信じたい」
「そうね。ティアならきっと大丈夫。それにしても雨、凄いわね。
雨は加速度的に雨量を増していた。
滝の様な雨だったのが今や瀑布の様相を呈している。
「なぁ、トラッヘンってこの時期になると雨が凄いのか?」
「さぁ? 私、トラッヘンに来てまだ数年だし分からないわよ。少なくとも私がトラッヘンに来てからは初めてね」
「どう考えても異常気象なのですよ!? ソラ様のいた所では普通なのです?!」
流石にここまで酷い雨はテレビ越しでも見た事がない。似たような滝の裏側ならあるけど。
テレビ云々の事はぼかして伝えるとルトラは安心した様で胸を撫で下ろしていた。
「ボス! 川が氾濫寸前です!」
「バカ! 端に近寄るな! ウナ、柵だ!」
「もうやってる!」
「ぬわ!? ——っぐぇ……」
案の定、四つん這いから立ち上がったアトラが足を滑らせた。幸い転落は免れたが、氷の床から生える柵の柱が綺麗に鳩尾へ。
「だいぶいいのが入ってたが……大丈夫か?」
「は、はい。少し休めば……」
それにしてもティアナの対空時間が長過ぎやしないか。気になって上を見上げればティアナとトーラの影が見えるくらいに雷の光量が落ちてきていた。
「あ、ボス……雨が止んできました……」
アトラの声に視線を前に戻せば緑の影にしか見えなかった香草狼牛の姿が見えるまでに雨量が落ち着いている。このまま雨が止めば水浴びに徹していた香草狼牛共が動き出すのは間違いない。
「ウナ、香草狼牛共を凍らせられないか? 奴らの足元、水に浸かってるから足だけでも」
「水面伝ってだと遅いから無理よ。それと冷気の魔法は射程が足りないわ」
「だったら、ウナが出した冷気を『空間掌握』で固めて投げれば」
「一匹二匹凍らせても意味が無いわ。それに失敗すると私以外全員氷漬けになるけど?」
「やめとくよ」
香草狼牛もだが俺達も水浸しのずぶ濡れ。
冷気を使うにはリスクが大き過ぎた。
「一応、冷気を届かせる方法はあるわよ」
ウナはどこからか蒼い氷の玉を取り出した。
重氷晶と名付けられているソレは俺が水道魔法で生成した水をウナが圧縮冷凍した見た目以上に重い氷の塊に過ぎない。しかし、氷を操るウナの手にかかれば忽ち氷の武器へと変わる。
「その氷刀に冷気を纏わせて投げるのか?」
「違うわ。冷気……いえ、凍気を飛ばすのよ。斬撃に乗せてね」
「なにそれ、カッコいい……」
「何言ってるのよ、剣を浮かせて自在に操る方がカッコいいわ! って、そうじゃなかった」
「何か問題があるのか?」
「基本の型を進化させた技でね……えっと、その……練習中なの」
人差し指を突き合わせながら、照れた顔を横に向けて視線を逸らすウナは可愛かった。
っと、見惚れてる場合じゃない。
「つまりは冷気……凍気は飛ばせるが何処へ飛んでいくか分からないって感じか」
「氷刀を振り抜いた先には飛ぶのよ? ただ、その後に左右に逸れたり上か下に動くのよ」
「気合でどうにかならない?」
「逆効果ね。気合を入れるほど変化が大きくなるもの。一応、魔法剣技に分類される技だから導いてくれる魔力の道でもあれば魔力に沿って飛ぶと思うけど——」
「これでいいか?」
魔力の道と聞こえた辺りで魔力糸を編んだ魔力紐、魔力綱を水浸しになっている香草狼牛の足元へ突き刺した。もちろん両川岸へ。
「——完璧よソラ! あなた達少し離れて!」
皆がウナから氷の塔を落ちない程度に距離を取ると、ウナは深い呼吸をして構える。
「凍式抜刀術、一ノ型——吹雪改!」
やけに太いと思っていた氷刀の刀身は鞘付きの状態のモノだったと瞬きの前後で居合の構えから氷刀を振り抜いた姿へと変わっているウナを見て気が付いた。
放たれた凍気は白銀の閃光となり、魔力綱を導火線にして香草狼牛の足元で炸裂する。
香草狼牛の全身を氷漬けにするには至らなかったが、その場にいる全ての香草狼牛は大地と脚を氷で一体化させられ動けなくなっていた。
「ナイスソラ、ウナちゃん! トーラ、反対側は任せたからね!」
「ゥガウ!」
天からのティアナとトーラの声。
ようやくか、待たせ過ぎだ。
「いくよ!
「——————!!」
雷鳴にも虎の咆哮にも聞こえる轟音と共に虎の形をした雷撃が香草狼牛の群れを呑み込む。
「もう一発!
「——————!!」
鳴り止まぬ轟音と目が眩む程の閃光の中、雷の虎が天へと駆け上がり命恵の森を覆う暗雲に風穴を空けた。
轟音と閃光にやられた視力と聴力が回復して捉えたのは焼け焦げた大地と水が蒸発する音。そして、立ち込める蒸気の中にただ一人立つ人影——雷を纏うティアナの姿だった。
彼女が腕を一振りすると蒸気の霧が晴れる。
暗雲に空いた穴から差し込む陽光がティアナの姿を照らす姿は幻想的で、この場にいた全員が彼女に見惚れていた。
身に纏う雷が青白く発光し蒸気に乱反射する様子は神秘的で、紫電が描く虎模様が気高さと強大さを感じさせる。何より特徴的なのが彼女には生えていないはずの尻尾が雷で形作られている点だ。
「まったく、遅いわよティア」
ウナが氷の塔を飛び降りティアナの元へ。
俺もウナの後に続くが、アトラやルトラ達は続いては来なかった。
「それよりどう? ウナちゃん! ソラとお揃いの獣化っぽくない?」
「あ、ずるい! じゃあ私も!」
ティアナの言葉にウナは透明な氷の尾を生やし、白く凍気のこもった氷で身体に虎模様を描いた。
はしゃぐ二人の姿を眺めていると二人からの視線が届く。向けられた先は頭と腰。
「……俺も獣化しろと?」
頷く二人。
頭は命恵の森に来て以来、髪の毛で虎耳を形成済みだ。偏光魔法で黒い尾を形成し、身体に虎模様を描く。
二人の視線はまだ足りないと訴えている。
命力で全身を包み、身体に黄金の煌めきを纏うと二人は満足した様に頷いた。
「最終戦の準備完了だね、ソラ」
「……最終戦?」
「あら? 気付いてなかったのソラ?」
「……アトラ達がついてこなかったのは」
木の倒れる音が響く。
「今の消耗した状態だと危険だと判断したからこなかったのよ」
「ソラ、
全身がミントに覆われた香草狼牛が倒れた木の奥から現れる。だが、ティアナの言う最終戦の相手ではなかった。
植物の根を連想する触手が現れた香草狼牛を貫き、森の中へと引き摺り込んだ。
香草狼牛の骨だろうか、硬い物を途轍もない力で押し潰す様な音と共に現れたのは香草狼牛を三倍の大きさにして形を牛に近づけた姿をしたミントに覆われた化け物だった。
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