第69話 おさかな!

 マゴノが奢ってくれた虎歯鮎を早々に食べ終え、串を捨てるゴミ箱は何処かと見渡すとある物が目に止まる。パジャマを着せられた案山子だ。

 店らしき建物の前に何体か並んでいる。

 全て肉球柄の黄色と黒のパジャマの一種類のみ。

 何枚か貰った模造品のパジャマと同じパジャマ。


「着い——」

「ソラ、食べ終わったんすか? 骨と串は後で私が処分しておくんでその辺に捨てないで渡して欲しいっす」

 

 出鼻を挫かれた気分だ。

 後一文字待って欲しかった。


「ん。一応言っとくが、その辺に捨てるなんて真似しないからな?」


 先端を噛んでプラプラさせていた串を手に取り、マゴノへ手渡す。


「それは失敬っす」

「それより処分ってどうするんだ?」


「あの箱に入れるだけっすよ? 一々持ってくのは面倒っすから、私が纏めて持ってってあげるっす」


 マゴノの指差す方には大人三人は余裕で入れそうな箱があった。郷の外観に合わせる為に表面に木目模様が描かれた蓋付きの箱には下部側面に引き出しと土色の透明な石が付いている。

 

「あれは魔導具だったのか」

「魔具っすよ」


「何が違うんだ、イントネーションか?」

「それはっすね——」


「魔導具はお父さんの着けてる腕輪みたいな魔法を補助したりする装備品で、魔道具は生活とかを便利にする魔法を利用した道具の事を指すのよ」

「見分け方は色の付いた透明な石——魔石が付いているのが魔道具で、魔導具はパッと見て魔道具って分かんないのが魔導具だよ!」


「お二人さん、今のは私が説明する流れっすよ?」


「それでね。魔導具は魔力が魔法を使えるくらいに扱えないと使えないけど、魔道具は魔石があるから魔石に魔力を流すだけで誰でも使えるんだよ」

「魔法が苦手な獣人種でも魔力自体は備わっているから問題なく使えるの。ちなみに一般獣人家庭だと魔道具で魔力の扱い方を教える所が多いそうよ」


 ティアナの追撃解説にウナの補足が入る。


「もういいっす。骨と串を処分してくるんで渡して欲しいっす」

「「はい」」


 をマゴノに渡す二人。


「あれ? 三人とも骨はどうしたんすか?」


「食った」

「え?」


「美味しいよ?」「美味しいわね」


 炭火で焼いた虎歯鮎は頭から骨や内臓ごと丸齧りできる。若干の苦味や柔らかくなった骨を噛み砕く食感は良いアクセントになって食が進むのだ。

 

「そ、そうだったんすか……なら——」

「待った!」


 虎歯鮎の骨に齧りつこうとするマゴノの手を掴み止める。


「骨だけだと味気ないぞ。炙ってやるからちょっと待て」


 人差し指に魔力を集め点火魔法を発動し、指先に灯した雫型の火で骨を炙っていく。

 思った通り、魔力操作を併用して魔法を発動すると形状を変えられる。的当ての成果だな。

 的当てで投擲術ではなく魔法が上手くなったのか頭を悩ませたい所だが、そんな余裕は無さそうだ。

 骨を火で炙り始めた辺りから視線が集まっているのを感じる。ただ、標的は自分ではない?

 集まる視線の先にあるのは火で炙られ、香ばしい匂いを漂わせる虎歯鮎の骨。

 

 ティアナとウナも獲物を狙う狩人の目で虎歯鮎の骨を見ていた。

 この通りにいる全員が少しずつ距離を縮めて来ているのを感じる。このままでは危ない。

 

「トラダ屋で虎歯鮎の串焼き、絶賛販売中です!」


 そう思ったので、トラダ屋の宣伝も兼ねて矛先を変えさせてみた。

 すると効果的面で周囲の獣人達は我先にトラダ屋のある方へ駆けていく。

 ティアナとウナまで走り出したので慌てて止める羽目になったのは想定外だったが。


「二人とも、目的地の目の前なんだから戻らないでくれ」


「え? でも、トランダム服飾店の女将さんも魚屋の方へ駆けてったよ?」

「……マジ?」

「マジよ」


 ティアナとウナはそこまで確認してトラダ屋方面へ駆け出そうとしたらしい。

 決して食欲に負けたからではないと主張しているなら、チラチラとトラダ屋のある方に目を向けるのは辞めた方がいいと思う。


「これは酒の肴にも良さそうっすね。魚だけに」


「「「…………」」」


「な、なんすか!?」


「旦那さんならいるかもしれないから店に入ろう」

「うん」「そうね」

「無視しないで欲しいっす」




 トランダム服飾店は入り口が大部屋となっており部屋の半分は板張りの床に陳列棚が並び、もう半分は座敷になっていた。座敷には天幕が幾つか並んでおり試着室代わりとなっている様だ。

 店内の陳列棚は全て同じパジャマが並び他の服は一切見かけない。ティアナ達の反応から猫系獣人は寝る環境に拘りのある種族なのは知っているが全部パジャマって経営大丈夫なんだろうか。


「いらっしゃいお客さん。このパジャマは一度着ると虜になる事間違いなしだよ……って、君は族長のとこのお嬢さんか。なら説明は不要だね」


 店の奥から半袖の羽織を着た和装の男性が現れ、パジャマの質感を確かめていたティアナに話し掛けてきた。この人が依頼人か?


「すいません、パジャマの柄について相談があると聞いて伺ったんですが」


「何!? なら君がこの郷にパジャマを持ち込んだと言う例の婿殿か!」


 気が早い、まだ婚約者だ。

 と、訂正する暇もなく手を引かれ店の奥座敷へと連れて行かれ上座に通される。

 半袖羽織の男は机を挟んだ対面に座り、早速本題に入ろうとしたので落ち着かせ自己紹介をする。


「えっと、ソラです」

「おっとすまない気が逸り過ぎた。私はトランタ。

 トランタ・トランダムだ。妻のネコシアは晩御飯は魚にすると言って飛び出して行ってしまったが、そのうち帰ってくるだろう」


 それよりも部屋の奥にいる割烹着の小柄な虎獣人で正座したまま微動だにしない人は一体……。


「あの、部屋の奥にいる方は?」


「先代女将の私の母だ。気付くと居なかったりするけど、今日は居るみたいだね。基本的に寝てるから気にしないでくれ」


 あの人がウナの服を作っている例の先代か。

 今、一瞬目が開いて目が合った様な気がしたが?


「それでパジャマの柄は肉球以外でも大丈夫かい?

 ただ、他の柄を考えるのが面倒だからダメだったとしても構わないよ」


「まさか柄を考えるのが面倒だっただけですか?」


「それもある! が、パジャマを持ち込んだ君にはパジャマへの並々ならぬ拘りがあると族長に聞いていたからね」


 以前パジャマ愛を熱く語った事が裏目に出たか。


「柄自体は何でもいいんですよ。郷に昔からある柄とかで全然大丈夫です」


「それなら幾つか種類は作れそうだけど……」


 少し不満そうだ。もっと斬新なアイデアが欲しいのだろう。で、あれば……。


「こちらをどうぞ」


 マシヴ宅から此処へ来る途中にマゴノに描かせた日本で一般的に売られているパジャマのデザインを見せる。俺の肉球パジャマは冬用故にモコモコしているから本来の形を見せておかないとな。


「これは再現できなかったモコモコ部分が無い?」

「これが基本形です。で、こちらが——」


「ソラ! 情報精霊ゲンさん来たよ?」


 店内に繋がる戸からティアナが顔を出しゲンさんの到着を知らせてくれた。


「分かった。マゴノと一緒に連れてきてくれ!

 すいません、断りも無しに。でも、この先の話に必要なのでお願いします」


「あ、あぁ構わないよ。それよりこの紙に描かれた服もパジャマなのかい!?」


 トランタさんは二枚目に見せた紙を食い入る様に見つめている。


「私の感覚的にはパジャマの一種ですね。どちらも郷の雰囲気と合いそうでしょう? 女性が着ているのが浴衣、男性が着ているのを甚平と言います。

 別に女性が甚平を着ても男性が浴衣を着ても良いですからね? 一応言っておきます」


「良い! 良いよ! これは素晴らしい!」


 和装に木造建築と和の雰囲気が多い郷なのだが、マチヨさんに尋ねたら浴衣も甚平もなかったのだ。

 マゴノに描いてもらって正解だったな。



 ……それより、先代のお婆ちゃんが目を見開いて俺の方を見てない?

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