第70話 光るパジャマ
「久方ぶりじゃのうソラ。何でもワシに聞きたい事があるそうじゃの?」
「私の役目って来る途中に描いたデザインで終わりじゃなかったんすか?」
問い掛けながら入って来るマゴノと
マゴノは俺の隣に、ゲンさんはトランタさんの隣に座り視線を俺の方へ向ける。
「それでソラ殿、何故二人を呼んだので?」
「知識と画力がいるからです」
簡潔に理由を述べるとトランタさんは納得したのか手を叩く。
「なるほど! ゲンさんの持つ
その手があったか。
「?」
想定外の答えに驚いているとトランタさんは返事がない事に首を傾げ、俺達も釣られて首を傾げた。
「「「「…………」」」」
沈黙が流れたついでに部屋の奥にいる先代女将のお婆ちゃんを見ると、目を閉じて寝ていた。
目が合ったのは気のせいだったか。
「ソラ殿?」
「あ……っと、すいません。それもありなんですがゲンさんに聞きたかったのはパジャマに使う素材の事だったんです」
「あれ? それだと私まで呼ぶ意味は無いっすけど他に何か理由があるっす?」
良い質問だ、マゴノ。
「ああ。お前の爺ちゃん『イシヤ・テンセイ』にも話に加わって欲しい……ってのはマゴノを呼ぶ理由じゃないな」
「っす?」
「ふむ、文化都市カルシアの『イシヤ・テンセイ』と話がしたいんじゃな? 確実に繋ぎたいなら事前通話予約をしておいて貰いたかったのぉ……」
そう言ってゲンさんは耳に手を当て目を閉じる。
「ソラ、爺ちゃんと話がしたかったんなら前もって私に言って欲しかったっす。相手側のゲンさんとか爺ちゃんの都合で繋がらない事もあるっすから次回からは気を付けるっすよ」
携帯電話と同じ様に考えては駄目らしい。
「すまん、勉強不足だった」
「今、爺ちゃんのと対の『
そう言ってマゴノに見せられたのはスマホと同じサイズの白い板。その硬質で光沢のある表面には今も尚、異世界の文字が綴られている最中だった。
『なるほど、彼からの話であれば恐らくトクサツに関わる事だろう。何故服屋で呼ばれているかはよく分からな——』
「これは文字だけやり取りができる魔道具? いや魔石がないから魔導具か」
「あ、裏面に魔石をはめ込むところがあるっすから魔道具で大丈夫っすよ。一応、絵も送れるっすけど絵は大判で表面に鏡面加工がしてあるこっちの特注で作ったヤツを使うっすね。これのおかげで取材先からでも漫画の執筆が可能になったっす」
そう言ってマゴノはタブレットサイズの鏡らしき板を取り出して表面と裏面を交互に見せる。
裏面には赤、青、黄色と三つの魔石が装着され、表面には漫画のネームらしき絵が描かれていた。
「あの、ソラ殿。それで素材とは? 現在パジャマに使用しているのは郷の名産『
マゴノの魔道具を眺めているとトランタさんが糸を片手に話し掛けてくる。
手に持つ黄色と黒の二種類の糸が『虎糸』か。
「換毛期の
郷の名産品に並々ならぬ自信と思い入れがあるのかトランタさんの目力が凄い。
「染料! 染料の素材です」
「……この辺に『虎糸』を染められるような染料はありませんよ。郷の者は染めやすい
香草狼牛の毛皮から作られた服を見せてもらったが、牛皮ではなく綿製品に近い質感だった。
「最近は爽やかな匂いのする香草狼牛がよく獲れるので匂い落としをする手間が省けるんですが、味の方は食べると後悔しますよ。食べます? スーッと爽やかな香りが絶妙に肉の味を邪魔して味覚を破壊する拷問料理ですが……」
「いらない、いらないから取りに行こうとしないでくれます!?」
トランタさんが遠い目をしながら立ち上がろうとしたのを慌てて止めた。
香草狼牛ってハズレの味もあるのか。
「ふむ、繋がったぞ。『やぁ、私に話とは何かな?
きっと君の事だから特撮関係だろう』落ち着け、他にも人がおるでな。『あぁ、そうか。すまん』」
どうやら『イシヤ・テンセイ』と通話が繋がったらしい。音声はゲンさんのままだけど。
「ただいま! 今日のトラダ屋は大繁盛だったわ。
人数分の魚を確保するのに一苦労よ! ……って、あら? お客さん? 服を買いに来たの? 違う?
そう、じゃあ上がって上がって! お茶でも出すからお喋りでもしましょ?」
通話も繋がり、本題に入ろうとしたところで店先の方から大きな声が響く。
ティアナとウナが声の主の有無を言わさぬ勢いに押される形で部屋の中へと入って来た。
声の主は快活そうな虎獣人の女性で和服を着て両手には何匹もの魚が入った手提げ鞄を掲げている。
トランタさんの奥さんのネコシアさんだろう。
「あら……他にもお客さんがいたの。ごめんなさい騒がしくて。って、アナタ! お茶もお出ししないで何してるの。まったく……今、お茶入れてきますね。お義母さん、お義母さんもいりま……」
部屋の奥を見て言葉を失うネコシアさんの挙動が気になり振り向く。
正座して目を瞑り微動だにしていなかった先代の女将であるお婆ちゃんが片膝を立て、立ち上がろうとしていた。いや、そんな驚く事?
まぁ、見開いた目で俺を見つめているのには少し驚かされたけども。
「な、母さん?! 動けたのか!?」
どれだけ普段動かないんだ、この婆さん。
「え? えぇ?! な、なにそれお義母さん……」
もう一度、先代女将のいる方を向く。
完全に立ち上がり、俺の方を向いている老婆。
ん? あれ、なんか少し若返ってない?
気の所為でなければ皺の数が減っている。
いや……気の所為じゃない間違いなく老婆が一歩こちらに近づくたびに皺が減っていき、肌の張りと艶を取り戻していく。曲がっていた背筋も真っ直ぐと伸び最早老婆の面影は一つも残っていなかった。
「『ふむ、何が起こっているんだ? 音声だけではどうにもな』ちと混乱に満ちておる。落ち着くまでしばし待たれよ。『仕方ないな』」
ゲンさんは驚いてないから先代女将のお婆ちゃんが若返るのを知ってたな。
「若返ったね、ウナちゃん。ウナちゃん?」
「え? 嘘……あの人、そんな歳だったの!?」
ウナは若返った先代女将に見覚えがあるっぽい。
それもごく最近に。
「母さん……三十年くらい若返ってないか?」
「お義母さん、是非若返りの秘訣を教えて下さい」
ネコシアさん、土下座までして知りたいのか。
「今のネコシアじゃ無理さね。継承してやったアレを極めるんだね、私の半分くらいの熟練度に達したら教えあげよう」
どうやらスキルは継承が可能で、熟練度が上がると性能が上がるようだ。
先代女将は外見上若返っているが、気配というか雰囲気というか存在感自体に変動は感じられない。
「ジムんとこの嬢ちゃんで確信した。ジムの旦那に鍛えられてた子だね? あんたには……あんたにはなんだったかね、まぁいいちょっと来るさね」
そう言って先代女将は俺の襟首を掴み引きずっていく。この婆さん、思ったより力が強い!?
思うように抵抗できず引っ張られる。
まだ話が終わってないんですけど……。
「イシヤさん! パジャマです! パジャマ!
貴方ならきっと分かるはず、特撮とパジャマ!
子供向けのぉ——」
最低限のことしか伝えられないまま俺は先代女将に引きずられて部屋を後にすることになった。
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