第68話 おいでめしませ! ドールフトラッヘン

 的当ては午前で終わり、来ていたマゴノも交えて食べていた昼食が終わろとする頃にマチヨさんから声をかけられる。


「昼食の後は仕事の時間よ、ソラ君」


「ごちそうさまでした。仕事ですか?」


 魔力が切れた後はマシブさんが土魔法で形成した様々な投擲物を投げて練習した。当面の遠距離攻撃は『空間掌握』で一塊にした砂や土を蹴るか投げる事になりそうだから練習の結果は察してほしい。

 塊になった砂は『空間掌握』の影響が消えた瞬間に散らばるので命中率を気にしないで済む。威力は皆無だが距離を詰める隙くらいはできるだろう。


「パジャマに関する事よ」

「行きます! 場所は何処ですか!?」


 俺が異世界へ来た時に来ていたパジャマの複製品は何着か貰っている。生地の素材は異なるが着心地に大きな差異の無い良い品ばかりだった。

 問題点を挙げるなら全て元のパジャマと同じ肉球柄の色違いしか無い事。で、あれば仕事の内容にも見当がつく。


「パジャマの柄やデザインの話であるならマゴノも連れて行っていいですか?」


「私もっすか!?」

「……ネコナみたいに話の内容を先読みしないで」


 どうやらパジャマの柄やデザインについて相談があるのは間違いなさそうだ。


「と、なると問題は再現できる素材か」

「聞いてる? ソラ君」


「え、はい。素材について詳しいですか?」

「……聞いてないわね。筋肉に関しない事だったらマゴノ先生の方が詳しいと思うわ」


「うぇ!? 私も別に詳しく無いっすよ?! それなら情報精霊ゲンさんを呼ぶべきっす」


 ゲンさんがいると問題解決か。


「良し! じゃあ出発!」


 食後のお茶を飲み干し、勢いよく立ち上がる。

 そのまま外へ向かう前に背後から頭を掴まれた。


行く気かしら? ソラ君」


「マチヨさん……何故、怒っているので?」


「ふふ! ソラ君、行く気かしら?」

「あだ、あだだだ——」


 頭を掴む力が強まり、締め上げられていく。

 早く答えないとまずい。


「何処ってそれは、えっと…………あれ?」


 聞いて無かったな。

 頭を掴んでいた手が片手から両手の拳で挟む形に変化して、え? まさか……。


「人の話は最後まで聞きなさい!」


「ぎゃぁぁ——」


 頭を拳骨で挟み、捻り、締める必殺の一撃に悶絶し、のたうち回る羽目にあった。









 痛みが引いたあたりで椅子に座り直し、先走って出発しようとした事を謝罪して話を聞き直す。


「場所は裁縫師のトランダム夫妻のお店よ。店頭にパジャマが並んでるから分かると……ソラ君って、郷の中を歩いた事あったかしら?」

「建物の多い所は行った事無いですね」


「ソラって此処に来て三ヶ月は経ってるっすよね。

 まだ両手で数えられるくらいの回数しか来てない私よりも土地勘無いっすか」


「……無いな。ずっと鍛錬してたから」


 族長家であるティアナの家もマシブ宅や運動場にジム、俺が耕した田園予定区のいずれも郷の中心部から少し離れた位置にある。

 この郷に来て三ヶ月は過ぎているのに一度も郷の中心部へは行った事が無い……と、言うか行く暇が無かった。


「ウナ、ティアナちゃん道案内よろしくね?」


「うん」「はーい」


 マチヨさんに生返事を返す二人。

 マゴノが持ってきた漫画の新刊に夢中で、マチヨさんが拳を握り締めたのに気付いていない。


「そ、そうだ! マシブさん、マシブさんに道案内をって……居ない!?」


 頭を締め上げられる時には居たはずのマシブさんの姿がない。


「マシブならゲンさんを呼びに行ったわよ。ソラ君的に必要そうだったからね。たぶんゲンさんを直接現地に向かわせるつもりだから早く出発なさい」


 勢いよく、本を閉じる音が食堂に響く。

 

「面白かった!」


 続けて再び本を閉じる音が鳴る。


「もう一回読み返……すのは後にするわ」


 二人して目を輝かせている様子から大満足の内容だったであろう事が伺える。未だ郷の中をまともに見た事が無いが異世界産の漫画もまだ読んでない。

 どっちも手を伸ばせば届く事柄なのに。


「楽しんでもらえて何よりっす」

「道案内、頼むわよ?」


 マチヨさんは二人の言動にイライラと言うよりかウズウズしている様に見える。


「ティアナ、ウナ、行こうか」


「「うん! ……何処に?」」


 力が抜けそうになるのを堪えて、二人とマゴノを連れてマシブ宅を出る。「いってきます」の挨拶を忘れていたと振り返るとマチヨさんは漫画を黙々と読み始めていたので見なかった事にして出発した。





「それで、何処に行くのソラ?」

「えっと確か……トランダさん? の所」

「トランダム服飾店っすよ」

「そうそれ」


「服の予備、注文しておこうかしら」

「ウナちゃんのその服も同じ店だったんだ」

「輸入品以外で服を扱ってる店はトランダム服飾店しか無いでしょ? それに先代は私の千早みたいな服とかが専門だったらしいわよ」

「そういえば先代の頃は呉服店って名前だったね」

「あら、そうだったの? ティア」

「そうだよ」


 服の話や新刊の内容で盛り上がる二人の後を着いて郷の中を歩く。見かけるのは虎耳か猫耳と尻尾が生えた獣人の大人達と連れられて歩く獣人の幼児。

 獣耳が生えてない頭が珍しいのか幼児達から視線をよく向けられ、気づいた親に注意されているのを何度も見かけた。


 木造建築に瓦の屋根、時折り建材に竹らしき物が使われている建物もあるが総じて日本建築に近い。

 修学旅行で行った江戸時代をモチーフにしているテーマパークを思い出す町並みだった。

 猫系獣人の郷故か屋根の上も通路代わりに走る人が何人もいる。通行人達が見上げていないから日常的な光景なのだろう。今、一人足を踏み外して屋根から落っこちたが危なげ無く着地している上にそれを見て慌てる人もいない。


「あ、おさかな!」

「ティア、そっちじゃないでしょ?」


 ティアナが反応した方をには看板に『トラダ屋』と書かれた魚屋と見覚えがある人物を見つけた。


「おや? ティアナちゃんとその婿殿御一行か。

 久しぶりだね」

「えっと確かダイゴさんでしたっけ。魚屋に釣果を売りに来たんですか?」


 タイガさんを釣りに誘いに来ていた人だ。

 三ヶ月前に一番会ったきりのはずなので俺が名前を覚えていたのは奇跡である。


「おいおいおい! ダイゴに仕入れを頼んだらウチはおマンマ食いっ逸れちまうぜ。がははは」


 話を聞いていた店主が笑う。


「おじさん、また釣れなかったんだ」

「ティアナちゃん、ってのはよしてくれ」

「そうだぜ、ダイゴはだからな」


 そういえばタイガさんに釣果が出たら酒を奢ると言われるくらい釣り下手らしい。


「下手の横好きってやつですか」

「いんや下手なら稀にでも一匹くらい釣れらぁな。ダイゴはとこ坊主で釣れた事が無ぇ」

「以前、鳥釣りませんでした?」

「おい、そりゃ初耳だぞ。坊主卒業か」

「お前、分かってて聞いてるだろ」

「ったりめぇだろ。で、何買うんだ」


 ダイゴさんは並ぶ魚を見て悩み始める。

 ふと並んでいる魚に見覚えがあった。


「あ、虎歯鮎」

「ん? これっすか。凶悪な歯並びの魚っすね」

「串に刺して塩焼きにしたら美味かったぞ」

「おぅ! にいちゃん分かってんなぁ」

「へぇ〜何匹か買ってくっすかね」

「後にしたらどうだ。生物ナマモノだぞ」

「ぐぅぅ、塩焼き……食べてみたいっす」

「私も!」「ちょっ、ティア!?」


 味を思い出すと満腹のはずの胃に空きができるのを感じる。


「あるぜぇ」

「え?」

「ほれ、そこで焼いてるぜ」


 店主が指差す店の奥には囲炉裏で焼かれる串焼きの虎歯鮎があった。


「買ったっす!! 四本ください!」

「まいどあり!」

「お、おいトラダ屋。私も串焼きを頼む」

「まいどぉ!」


 ダイゴさん、釣れなくても釣られはするんだな。

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