第59話 その拳は山を穿ち、大地を砕く
達人の技は達人の肉体でのみ成立する。
それがタイガさんの繰り出す技に合わせて身体を操られた俺が抱いた実感だった。
同じ動きをしているはずなのに完全な再現にならない。片や風を切る音を、片や身体が悲鳴をあげる音を立て、
この日の就寝前マッサージは念入りに行われるのだった。
翌日以降は午前は主従式強制形稽古でマシヴさんから
「マシヴさん、マシヴさんの剛拳とタイガさんから教わった
「そうだね……僕の剛拳は全身の筋肉を連動させた拳で敵を打ち砕く威力重視。タイガの虎食閃は腰や肩の回転を連動させた拳で敵を打ち抜く速度重視。と、いった具合かな」
時折、疑問に答える形で技の解説を聞きながら鍛錬の日々は続く。
明日でタイガさんに技を習って一週間になるが、もう一つの課題『マシヴさんに有効な魔法開発』は進んでいない。
日の暮れ、鍛錬後には文字の練習以外にも異世界の知識を学んでいる。基本的に気になった事を質問して教えて貰うだけで、文字の練習メインだが。
『マシヴさんに有効な魔法』で一つ思い付いた事がある。それをその時間にマチヨさんに質問した。
「点火魔法を体内に発動させる? ソラ君……結構エゲツない発想するわね。でも、それは無理よ。
マシヴに限らず生物の体内に魔法を発動させようとしても魔力の
できない事が分かってむしろホッとした。
しかし、この方法がダメとなると本気で新魔法を開発しなければならない。その為にも今使える魔法を一旦整理しよう。
『
ガスコンロっぽい火がつく。
トロ火から強火まで火力調節でき、水中発動可。
発動後は動かせない為、攻撃には向かない。
『
見えない水道から水が出る。
冷水から温水までなら温度調節が可能。
最大出力が全開の蛇口程度しかない。
『
ホースで水をまく感じに水を出せる。
『水道魔法』程の水温調節はできない。
噴霧やシャワー等の放水形式を変えられる。
最大出力は放水口を絞った全開蛇口くらい。
『
お店のトイレとかにある風で手を乾かすアレ。
温風も出せるのでドライヤー代わりにもなる。
水気や埃が落とせるよ、やったね。
『
見えない鍬で三歩先辺りの土を耕す。
穴は無理だが畝なら作れる。
取れる対象は土のみで威力が筋力依存だった。
『
自分の三歩後ろを耕し、土をかき混ぜる。
かき混ぜる土の深度を調節でき、発動したままの移動も可能。ただし、深度に比例した負荷有り。
生物を巻き込む事無く、土煙も出ない安全仕様。
『
懐中電灯代わり。
豆電球からLED電球の明るさに調整可能。
不意打ちでしか目眩しにならない。
『
サングラス代わりの薄膜を張れる。
遮光度合の調節可能だが、完全な光遮断は不可。
太陽を見ても眩しくないよ、やったね。
『
偏光する膜を張れる。
一枚なら光の乱反射による見にくさを軽減。
二枚を直角に重ねれば完全に光を遮断できる。
見えない云々は実在しているのではなく、それがある様に現象が起きているに過ぎないので見えない鍬で殴ったりなんて真似はできない。
点火魔法は使っても当らず、それ以外の魔法は仮に当たったとしても効果無し。そもそも攻撃魔法ですらない。以前、お手伝い魔法と称した事もあるが整理してみると農業向きの魔法が多いな。
特に進展もなく次の日を迎えた。
今日から午前の主従式強制形稽古はなくなり、朝から組手をぶっ通しで続ける。
相変わらず相手はマシヴさんだけかと思ったら、午後からタイガさんがやってきて相手交代。
どうやら一週間おきに見てくれるらしい。
マシヴさんの優しさを思い知った。
「マシヴよ、もう組手はよいのではないか? 明日からは模擬戦形式で揉んでやれ。対戦相手の種類を増やせるといいんだが……」
「分かったよ、タイガ。対戦相手の種類を増やすのはソラ君が僕との模擬戦に慣れてからだね。マチヨの
マシヴ一家が経営しているのは道場ではなくジムであるため、組手人形はトレーニングの補助や器具の運搬にしか使われてこなかった。
それ故にマチヨさんの傀儡魔法による組手人形の戦闘操作が久しく行われていない為……ではなく、基本的に敵殲滅の
鍛錬内容が模擬戦に変わり一週間が経過。
その間の対戦相手はマシヴさんだけだったが、外からの不意打ち要員に組手人形が三日目辺りで追加された。……人形の腕だけ飛ばしてくるとか予想はしてても、急にやられると対応できない。
ティアナとウナも近くで模擬戦をしており、氷片の流れ弾にも結構な数を被弾した。
「どうした、ソラよ。防戦一方だな、一発くらいは反撃せんと終わらんぞ?」
「あはは……それは難しいと思うよ? タイガ。
マチヨがやる気出し過ぎてほぼ二体一の模擬戦で防戦ばっかりだったし」
タイガさんの指導三週目は模擬戦だった。
外からの不意打ちや流れ弾が飛んでこない完全な一対一なのだが、手加減されたタイガさんの攻撃を避けるのに手一杯だ。
隙のない相手、どうにかして隙を作るしかない。
方法は思い付いた。
「どうした! そんなものか、ソラ!
この程度ではまだまだ娘はやれ——ぬぉ!?」
突き技を右脚を軸に身体を回転させて受け流す。
耕運魔法と水道魔法を発動させながら。
「
俺を中心に運動場の地面は水と共に耕され、かき混ぜられ泥の円ができる。耕されるのは三歩後方であり、俺の足場に影響はない。
「虎喰閃!」
足場の変化で生じた隙に無防備な脇腹へと自身の出せる最速の拳打を叩き込む。
「やはり、ソラ……お前は優しすぎる。いや、それもあるが根底にあるのは親しき者を傷付けてしまうかもしれない事への恐怖だな。いくらお前が全力で攻撃しようと俺に大したダメージを与えられない。
と、言ったところで無駄だろう。やり方を変える必要があるな、マシヴよ」
「そう……だね。明日から模擬戦はやめて仮想戦闘訓練にするよ。手加減は雑になるけど、ソラ君にはその方がいいかもしれないね。任せたよマチヨ」
「分かったわ。でも、ソラ君には魔法の課題を出してるから一日の終わりにマシヴとの模擬戦を何度かこなして貰うわよ」
無意識の手加減だった。魔力も命力も何ものせてない、ただの拳。タイガさんの言う通り、俺は人に力を向けるのが怖いのかもしれない。
現に今殴った手が少し震えている。一切ダメージを与えられなかったにも関わらずだ。
仮想戦闘訓練の相手は動物? だった。
正確には土人形。マシヴさんが運動場の黒土から形成した魔物型人形をマチヨさんが傀儡魔法で操作して相手をする。
色合いも土色で生物感が薄く、攻撃するのに心理的抵抗が少なくて模擬戦よりは戦いやすい。
しかし、模擬戦より楽だとは言えない。
狼型の相手をしていれば「実際は群れたりする」と急に敵の数が増えたり、「乱入もある」と熊型も交えた三つ巴戦になる事もあった。
「流石に飛ばせられないから」と鳥型岩弾を投擲してきたり、「ついでに魔物の勉強」と多種多様の魔物型と戦わされる事も。
極め付けは異世界でも空想上の魔物。
以前ウナが氷像で作ろうとした三面六臂の上半身に蜘蛛の下半身、蛇の顔を持つ三本の尻尾が生えた怪物だ。
唯一の救いは、どの魔物土人形も本物と同じ弱点部位が色の濃淡で分かりやすく示されている事。
弱点は必要以上に脆く設定されていた為、弱点への攻撃に全力を注げばギリギリ立ち回れる。そんな難易度だった。
仮想戦闘訓練六日目。
新魔法開発の閃きは不意に訪れる。
切っ掛けはマシヴさんが運動場に手をつき土人形を生成する際に発生する黄土色の光、その軌跡。
稲妻の様な軌跡を描きながら魔法の効果範囲へと広がっていく光を見て思い付く。
空から落ちる自然現象の方を再現できる程の魔力は無いが、もっと身近な自然現象であればなんとか魔法で起こせるかもしれない。理系に進んでいた事もあり、知識もある。すぐに再現はできた。
「さぁ、ソラ君。明日はタイガも来る。魔法の課題もそろそろ達成しないと——っ!?」
大振りの攻撃を躱し、指先が触れるか触れないかの位置まで近づいて魔法を発動。
発動と共に空気が弾ける様な音が鳴る。
俺の人差し指からマシヴさんの腹筋へと静電気が流れた。静電気の電圧は3kV以上あったりもする。
電圧を高めるイメージで魔力を込めたので強めの静電気を浴びたくらいの痛みはある。
無論、流れる電流は小さくなるイメージも込めたので致死性は限りなく低くなっている……はず。
「……これは我慢できなくはないけど、突然来ると怯むね。普通の魔法防御では防ぐのは難しいみたいだし、いい魔法なんじゃないかな?」
「そうね……攻撃力は今一つな気もするけど課題の内容は『マシヴに有効な魔法』だしね。合格よ」
タイガさんの指導四週目。
今日は今までと様子が違った。
運動場に遮音結界が展開されている。
皆が運動場に集まったところで、マシヴさんが手を地面につけて魔法を発動する。発動規模が土人形生成時の比ではなく、運動場全体へと黄土色の魔力光が広がっていく。
運動場の黒土が全て外周へと移動し運動場を囲う壁を形成する。家の高さを超える壁の表面は滑らかに固められており、登る事は不可能だろう。
全ての黒土が移動した事で、運動場下に設置されていた魔法陣が剥き出しになっている。
天恵『
「増幅、補助? 変形に硬化……保持。読める……魔法陣が読める。仕組みは全く分からんけど」
「あ〜ソラ君? 今日見せたいのは魔法陣じゃないの。今からタイガ君とマシヴが奥義を見せてくれるから目に焼き付けなさい。二人もよ?」
「「はい」」
マチヨさんに頭を掴まれ、魔法陣にも向いていた視線を運動場中央で向き合う二人の父親達へと向けさせられた。
次の瞬間——空気が震えていると錯覚するほどの重圧感が発せられた。
その正体が殺気なのか気迫なのか判断がつかない分からない。直ちに今すぐこの場から離れなければと本能が訴えかける。だが、逃げられない。
「大丈夫だから落ち着きなさい」
頭を掴んで逃さない様にしている人が何を言っているんだ。そう思い、無理にでも身体を捻って横を向いた時……歯を食いしばり重圧感に耐えながら、父親達を見つめるティアナとウナが見えた。
ティアナとウナが逃げないのであれば逃げるわけにはいかない。覚悟を決めて視線を戻す。
タイガさんから膨れ上がる金色の闘気。
全身から湧き上がる、命の煌めき。
遠くでも視認できる膨大な量の命力。
それが右腕一本に集約されていくのが分かる。
マシヴさんは筋肉が膨れ上がり、金と黒の毛皮に覆われ、咆哮をあげる。
咆哮と共に放たれた土気色の光が頭の先から獣化によって生えた二尾の先まで鋼色へと染めていく。
【次回予告】が見せたであろう悪夢に現れた獣。
『フルメタル マッシヴ タイガーフォーム』
本人がフタマタ形態と呼ぶ全力全開の戦闘形態。
「その姿……久々だな。合わせろよ、マシヴ!」
「この姿でないと受けきれないからね。
いつでもいいよ。さぁ来い、タイガ!」
互いの掛け声と共に動き出し。
「
山を穿つ黄金の一撃と——
「
——大地を砕く白銀の一撃が激突する。
衝撃は魔法陣の描かれた地面を剥離させ、粉々にして吹き飛ばしていく。
だが、衝撃はそれだけでは終わらない。
後方にあった強固な壁が崩れる轟音がする。
遮音結界も壁も消し飛んでしまったのだろうが、振り向いて確認する余裕などなかった。
義父(予定)二人の奥義を目に焼き付けさせる為にマチヨさんが背後から頭を押さえていなかったらどうなっていたことか。
まず間違いなく土と一緒に吹き飛び大ダメージを負っていただろう。それも、この二ヶ月——異世界に来てからの鍛錬の日々がなければ死んでいたほどの。現に吹き飛んでいなくても全身が痛い。
頭を押さえ……背後から支えていてくれた手から解放され、地面に仰向けで倒れ込む。
「空が青い」
寝転がって見上げる空は透き通る様に青い。
曇天だった空が郷の周りだけ避けたかの如く雲に大穴が空いて青空が見える。
「わ〜晴れたね〜」
「そうね、ティア。晴れちゃったわね……」
ティアナとウナも寝転がって空を見上げていた。
そして曇り空を青空へと変えた男達は——。
「やり過ぎよ、マシヴ! こうなるんだったら洗濯を多めにやって干したのに!」
「マチヨ? それについては全面的に同意だけど、そうじゃないでしょ。タイガ、マシヴくん? これ私達が二人掛かりで遮音結界張ってなかったら郷に甚大な被害が出てソラ君は重症者になってたわ」
——妻に怒られている。
そういえば運動場を囲っていた今は無き壁を更に囲っていた遮音結界が無くなっている。
遮音結界で音による衝撃を緩和していたらしい。
「しかし派手にやったわね。ソラ君の此処での鍛錬は今日までだから、しばらく運動場を使う予定が無いと言っても限度があるわよ? 誰が魔法陣を敷き直すと思っているのかしら」
「あはは、ごめんよマチヨ」
「まぁいいわ。ソラ君! この運動場での最終鍛錬は運動場の再整備よ。この馬鹿二人が吹き飛ばした黒土を集めてちょうだい」
日が暮れるまで延々と黒土を運ぶ事になった。
「まさか最後の鍛錬が土方とは……」
「何を言っているんだいソラ君? 君の鍛錬日程はまだ半分以上残っているじゃないか。明日から鍛錬の毛色が変わるだけで、きっちり半年間鍛えるから安心するといいよ」
「…………え?」
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