第58話 虎の印
もしかしたらイメージが足りなかったのかもしれない。再び構え、今度は両手で技を繰り出す。
虎の顔を強く想像して。
咆哮をあげる力強い虎を!
……家の猫、元気かな。
「
手首をくっつけ、縦に広げた手を覆う様に出た。
またしても虎ではなく、猫が……欠伸の様な鳴き声付きで。
「……んぐふ」「ぐ……」「んふ……」
見ていた三人は笑いを堪えている様だ。
若干漏れてるけど。
三度目の正直だ。
三度構え、もう一回技を放つ。
右と左、からの両手で三発。
「烈虎咆!」「「にゃにゃ〜ん」」「にゃ〜お」
時間差で飛び出る猫に、欠伸をする猫の顔。
もうこれ、衝撃波ですらないぞ……。
「「「ぶはっ——」」」
三人とも決壊し、腹を抱えて崩れ落ちる。
笑い過ぎて咳き込んでるし……。
顔をあげるところに追撃。
開き直って猫型衝撃波? を飛ばす。
「にゃ〜ん」
「ちょ——」
「んぐ——」
「なんで——なんで、鳴くのよ——」
ツボに入ったのか、笑いが止まらない三人。
一応、こっちは真剣にやってるんだけど……。
何がダメなのか分からない。
掌底の突き出し方や向きを適当に変えながら何度も技を放つ。
変わるのは猫型衝撃波の向きやポーズのみ。
分かった事は片手で放つと飛び掛かる成猫型、両手だと口を開けた猫の顔型になる事だけ。
上手くいかない自分が情けなく思えてきた。
「え、海老反り——」
「ま、回るんだね——」
「高音の鳴き声——」
笑い声は未だやまない。
鼻の奥に涙の兆候を感じ、天を仰ぐ。
泣いてもいいですか?
「ちょっと! 何故、三人でソラ君を泣かせているのかしら?」
「だから、まだ泣いてないんだけど!?」
鼻声で反射的に答える。
……以前にも似たような事があった気がする。
「ソラ君には聞いてないわ!」
俺、当事者か被害者ですよね?
何故聞かない……。
言葉がダメなのであれば現物を見せようか。
天に向かって烈虎咆を右手で放つ。
「な〜ん」
猫型の光が綺麗な後方宙返りを決めた。
「……」
「「「————」」」
笑っていた三人は再び膝から崩れ落ち、地面を叩いて笑う。一方、ネコナ母さんは顔に手を当てため息を一つ。その後、ネコナ母さんは手を叩き三人の注目を集め指示を飛ばす。
「ほら、マシヴ君はあの娘達の走るコースに障害物を生やしてきてちょうだい。マチヨはお昼の準備を頼むわね」
「わ、分かったよ。まかせて」「わ、分かったわ」
「タイガは……」
「——ふぅ。もう大丈夫だ、すまんなソラよ。
笑い過ぎた」
「原因と対処法をソラ君に教えてあげて」
「お、おう。原因はおそらく技を放つ時に闘争心が足りていないのと、虎より猫との接点が多かった為だろう」
そもそも異世界来なかったら虎との接点なんて、動物園か動画くらいしか無い。
闘争心は高め過ぎると闘争心に呑まれて暴走する可能性が高い為、闘争心をあげて技を放つのは避けていた。
……猫型衝撃波はなるべくしてなったのか。
「あ、ちなみにだけどソラ君。烈虎咆で出るアレは煌波と呼ばれているわよ」
猫型煌波……略して
いや、烈虎咆だ。虎を出さねば。
「対処法は闘争心を込める、騎虎と戯れるだな。
それ以外だと印を結んで技を放つくらいだが……まだ早いか?」
「ソラ君は魔法も一応使えるし、烈虎咆も不完全だけどポンポン打ってるくらいだからいいんじゃないかしら」
印? 忍者漫画とかで見る手で結ぶアレかな。
「では教えるとするか。と、言っても虎武術で使う印は二つ。まず、コレ。狐の印な」
そう言って印を結んだ手を掲げる。
これが印……いや、これ影絵では?
人差し指と小指を立て、他の指は伸ばしたままでくっつける形はまんま狐の影絵だった。
「で、狐の印は威嚇とか一瞬のハッタリをかます時にしか使わないから特に重要ではない。重要なのはこっちの虎の印だ」
狐の印でくっつけていた三本の指を離し指の関節全てを曲げ、立てていた二本の指はそのまま。
狐が口を開けた様にしか見えないが虎らしい。
「この曲げた三本の指は虎の顎だ。虎の印を結んだ拳で敵を捕らえ、この顎を閉じる事で追撃する技もある。やってみろ」
正直、半信半疑だ。
とりあえずダメもとで、右手で虎の印を結び技を放つ。もちろん丸太に向かって。
「烈虎咆!」 「ぎにゃ〜ん」
鳴き声が低く、体格がガッチリした猫煌波に変化したようだった。
「……」
「そんな目で見るなソラよ。一応虎が出たぞ」
「そうね。子虎だったわよ、今の」
確認の為に左手でも同様に烈虎砲を繰り出す。
ただし今度は途中で虎印の顎を閉じてみた。
「ぎにゃ〜お」
確かに虎だった……赤ちゃん虎だが虎だった。
おまけに虎印の顎を閉じると同時に煌波の子虎は爪を振り下ろしている。
だったら両手版なら、と両手でも試す。
「烈虎咆!」 「————」
ようやく虎の顔をした煌波が出た。
鳴き声ではなく、虎の咆哮っぽい音も。
虎印の動きに連動して煌波の虎も顎を閉じる。
「む、烈虎咆・顎で追撃までやれるか」
「良かったわねソラ君。威力の方は要鍛錬だけど」
そう、烈虎咆を丸太に直撃しているが揺れもしなかった。いくら地面に固定されているとはいえ微動だにもしないのはちょっとショックだな。
「さて、次の技にいくぞ」
「え、もう?」
「私達は毎日来てソラ君に教えるわけにはいかないの。一通り見て、お昼を食べたらマチヨの魔法で身体に覚えさせるつもりよ」
「私の魔法がどうしたのかしら〜」
大きな声に振り向くと、大量の串焼き肉を持ったマチヨさんが歩いて来ているのが見えた。
「はい、これお昼ご飯。他のみんなにも来たら渡してあげて」
「あ、はい」
串焼き肉を受け取り、配り始める。
「ほら、マチヨが入りたての門下生の子に筋トレの正しい型を覚えさせるのに使う魔法よ。あれ使って虎武術の型とかソラ君に覚えさせられないかしら」
「あー、
この串焼き肉、美味いなー……思わず現実逃避をしてしまった。また、
「待った待った、主従式強制鍛錬術は動かす側も慣れてないと危ないよ。動きについていけないと身体を痛める事もあるんだ。と、ありがとうソラ君」
「ありがとー」「ありがとう、ソラ」
主従式強制形稽古に待ったをかけてくれたマシヴさんに串焼き肉を渡し、その後ろについて来ていたティアナとウナにも串焼き肉を渡す。
「ふむ。そういうものか。おっと、すまんな」
渡した分を食べ終え、まだ足りなそうにしていたタイガさんに追加の串焼き肉を渡して、自分も二本目に齧り付く。
「何を言ってるのよマシヴ、その為に主従式強制鍛錬術でソラ君の身体を仕上げたんじゃない。あの頃より頑丈になっているし、命力も使える様になったから大丈夫よ。あら、ありがと」
「それに主従式強制形稽古をするのは毎日ではないのだし、一度やってみましょうよ。あ、そっち側の串を貰えるかしら」
渡すのを忘れていたマチヨさんとネコナ母さんにも串焼き肉を渡して、三本目を食べ始める。
「よし、やってみるか。マシヴよ、何か注意する事はあるか?」
「そうだね、タイガが命力で身体強化すると流石にソラ君の負担が大き過ぎるから使わない事だね。
あと、教える技もある程度絞って何度も反復する事と教え始めはゆっくりやる事かな」
「あ、ソラ! おかわり、ちょうだい!
「あ、私も。……ねぇ、いいの? ソラ。形稽古は筋トレの比じゃないわよ?」
「あ、うん。別に問題ないよ」
ウナ……俺の返事に感心してくれてるけど諦めの境地からの覚悟だから。
本気の彼らからは逃げられはしない。
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