第54話 人力! 紐無し逆バンジー

 浮遊感と共に広がる視界。

 上から見るとティアナとウナの位置が良く分かるどころか、二人と目が合った。

 やがて上昇は止まり、視界が狭まると同時に大地が近づいてくる。


 魔力の拡散と収束だったか。

 空中で氷虎の一撃を避ける際、無意識で行った事を意識的に試みる。


 拡散と収束の間隔が長過ぎるのか何も起きない。

 よしんば起きても落下位置の修正しかできないのだが……泥沼も溜池も遠過ぎて無意味な気もする。

 諦めて防御体勢をとり——


「はい、もう一回。できるまでよ」


 ——地面に衝突する直前に足首を掴まれ停止。

 地面に触れる事なく再び宙へ投げ出される。

 眼下に手を振るマチヨさんが見えた。あの人……今、片手で俺をぶん投げたぞ。しかも落下予測地点に移動してる。本気で何度も投げる気だ。


 例え、軌道修正しかできなくても投げられるのは回避できる。だが上手くいかず、魔力の拡散と収束を繰り返す右手が何かに触れる事はない。


「はーい、もう一回!」


 片手でダメなら両手でやってみる。


「そーれ! もう一回」


 だったら役割分担。

 右手で拡散、左手で収束を。

 

「うんうん、もう一回」


 魔力が右手から左手へ移動するだけだった。

 逆にしても同じ。

 あれ、軌道修正なら風の魔法ハンド・タオルで。


「違う、そうじゃないわ! もう一回」


 俺の魔法に軌道修正するだけの力は無かった。

 濡れた手を乾かすだけの魔法だしな。

 風の魔法を使ったのを横着と捉えたのか、俺の足を掴んだ腕が半円を描いてから投げられた。

 鼻先が地面を掠め、投げる際に回転が加わる。

 それにより投げられた我が身は回転し、どちらが上か下か分からない。


「あと、これ。命力封鎖魔法シール・フォース


 赤い光が飛んできた方が下だろうか。

 被弾したが特に衝撃は無かった。

 上昇が止まるにつれて身体の回転も緩やかになり気付く。さっきよりも高く飛んでいる。

 命力が使えない頃だったら助からない高さだ。


 ……て、あれ? 命力の放出ができない!?


 やばい、このままでは死ぬ。

 できるのは命力の循環と魔力操作のみ。

 でも、即死でなければ助かるかもしれない。

 煌式戦闘術の極意『響』なら発動できる。大怪我には回復を少し早める程度にしか効果がないらしいが、やらないよりは良い。


 命力を身体中に循環させて『響』を発動させる。

 普段の発動時より身体が熱く感じるのは、体外に漏れ出る分まで循環できているからだろうか。

 そういえば『響』は生存力を高めるって言ってたけど、傷が治るなら治癒力でもいいはずだが……。


 上昇が終わり落下が始まったが、他にできる事は無い。勘違いかもしれない可能性に賭けて、命力の循環をより高度にしてみようか。

 魔力の拡散と収束はこのまま続けても上手くいく気がしないから一旦中断。


 命力が指先、足先の毛細血管の先まで巡る意識イメージで命力を循環させていく。身体中に血が行き渡るかの如く、命力が巡っていくのを感じる。

 続けて循環速度を上げようとして気付いた。

 頭へ、脳にまで命力を行き渡らせていない事に。

 改めて頭の先から足の先まで命力を循環させて、その循環速度を上げ——


「なぁ——」


 ——ていくと同時に落下速度が遅くなっていく。

 集中力が異様に高まり、時間の流れがゆっくりに感じる。自分の出す声すら引き伸ばされて聞こえるから間違いない。


 手からではなく、全身から残存する魔力を一気に放出して周囲の空間ごと自身の魔力で包む。


 特に考えがある訳ではない。

 ただ生き残る、生き延びる。

 それだけに集中し、本能的に動く。


 周りの空間——集めるつもりで瞬時に。


 右の掌へ魔力を収束。


 収束に合わせ、右手を握——右手で掴む!



 その瞬間、握った右手が何かに引っかかる。

 見えない何かを掴んだのかもしれない。

 だがそれも一瞬の事。

 今ので再び姿勢が崩れ、錐揉み状態へ。



 もう一度、次は左で。

 回転方向は整ったが、回転が激しくなった。



 地面と空が高速で交互に見える。

 激突まで残り僅か……。


 だが、今ので理解した。

 もう、問題無い。



 両手を一直線上に左右へ伸ばし——


「空間掌握」


 ——



 一直線に伸ばした腕を軸に、空中で二転三転。

 両手と右膝を曲げて着地の衝撃を和らげ、左脚は後ろへ伸ばし勢いを殺す。


「「大丈夫!? ソラ」」

「目、光ってたよ」「鼻血が出てるわ」


 差し伸ばされた二人の手を取り立ち上がる。

 ティアナとウナで心配してる内容が違う……。

 鼻血を拭きたいところだが、手は離さない。


「たぶん、大丈夫かな。それと……捕まえた」


「「あぁ!」」


 いや、心配してくれた二人にこれはないか。

 卑怯な手じゃ、鍛錬にならない。


「あはは、ごめん冗談。今の無しで! ありがとう心配してくれて」


 手を離し、しゃがむ。

 唐突だが、そうしないといけない気がした。

 その直後——剛腕が頭上を通過する。


「なるほど。それなら……」


 急いで振り返りつつ、半歩横へ。

 回転の勢いをそのままに、両腕を命力で包み強化しながら迫る剛拳を下から叩く。

 立ち上がる脚の力、腰の回転から肩や腕の方まで全身の筋肉を連動させて押し上げる。

 

「あら、いつの間に命力封鎖を解いたのかしら」

「嘘……お父さんの剛拳、押し上げちゃった」

「そんな事しなくても私達避けられるよ? ソラ」


「ふふ、ソラ君は僕達の想定を超える成長を見せてくれるね。実に素晴らしいよ」


 褒められるのは嬉しいけど、マシヴさんの一撃を押し上げた際に勢い余って尻餅ついてしまったから微妙に格好がつかない。

 鼻血を拭って立とうとするが倦怠感を感じ、立つ気力が失せた。このまま寝転びたい。


「あら? ソラ君、命力切れのようね」


 あぁ、この倦怠感は命力の枯渇が原因なのか。

 全ての動きがゆっくりに見えた、さっきのアレでかなり消耗したらしい。

 

「まぁ無理もないよ。朝から今の夕方まで命力使い続けた上に、『響』が半分暴走してたから」


「暴走……ですか」


「最後落ちてくる時、一瞬だけゆっくり落ちてると感じたんじゃないかな?」


「あ、はい。着地前の三回転する辺りまでですけど時の流れが遅く感じました」


「「「「…………」」」」


 呆れた顔をされた。

 全員に。


「長過ぎよ! 鼻血が出て当然ね」

「だから、ずっと目が光ってたんだー」


「あのねソラ君。ソラ君がなったのは命の危機とかで起きる、極限の集中状態なの。長時間の使用すると負荷が大き過ぎて危険よ」

「そうだね。せっかく超活性鍛錬で縮んだ分の寿命が回復したんだ。不要な無理は禁物だよ」


 あれだけでも長時間か……て、寿命?!

 そういえば、超活性鍛錬は代償として少し寿命が縮むって言ってたな。でも、寿命が回復?

 首を傾げているとマシヴさんが答えてくれた。


「以前、命力は生命力の余剰分だって話をしたね。

 余剰分がある程、生命力溢れる肉体は寿命が長くなる。超活性鍛錬で縮んだ分以上に」


 なるほど、減った分以上に増えたならいいか。

 気合を入れ直して立ち上がり、ティアナとウナが逃げるのを待つ。


「あ、ソラ君。今日の鍛錬は少し早いけど終わりにするよ。空間掌握グラッチの習得でいつも以上に消耗してるのもあるけど、極意の習得完了したみたいだし」

 

「ぐ、グラッチ?」

「あれ? マチヨから聞かなかった?」


「グラッチって響きが可愛くないし、グラッチって聞いても何するかイメージ湧かないと思ったのよ。

 だから、言わなかったの!」


 



 今日で狩りごっこ鍛錬は終了となった。

 煌式戦闘術の習得が完了したと判断されたからである。技とかは無く、四極意のみなんだとか。


「四極意全てを反射的に使える事が習得完了の条件だったのさ。僕の剛腕ラリアットを察知して避けた時と剛拳パンチを強引に逸らした時、ほぼ反射的に四極意を使う事ができていたから習得完了だね。おめでとうソラ君。

 明日からが始められるよ!」


 ……ようやく、スタートラインに立てたようだ。

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