第32話 極限・濃縮・日程

 主従式強制鍛錬術マスタースレイブ極限濃縮日程エクストリームが始まった。


 その始まりは想像していた過酷なモノではなく、ゆっくりと行うスクワット。

 姿勢を覚え込ませる為なのか非常にゆっくりとしたペースでスクワットをするマシヴさんの動きに連動して身体が勝手に同じ動きをする。

 身体を勝手に動かされるのはかなり精神的に抵抗があるが、自分からスクワットをするつもりでいると動きを補助されている感覚になり精神的な抵抗は和らいだ。


 ゆっくりとしたペースに拍子抜けだなと思っていたのは間違いだと直ぐに気付かされた。

 回数が三回を超えたあたりで腿や尻の筋肉に負荷がかかっているのを感じ、五回目で貧弱な俺の筋肉は悲鳴を上げ始めたがスクワットは止まらない。

 否、止められない。身体が強制的に動く。

 回数が十五になったところでスクワットを続けている身体が一旦止まる。

 一セット十五回のよ……う……でって、何故足が足幅を広げている?!

 俺の身体は足幅を広げてスクワットを再開する。


 足幅を広げたスクワットが終わると背後の黒土が椅子程度の高さに盛り上がって固まる。固まった土の上に片足の甲を乗せ、もう片方の足を少し前に出してのスクワットが始まる。

 終わると逆側の足でも行われ左右が終わると後ろの足を土から下ろし、足を前後に開いたスクワットに移行していく。


 その後は、支えを持ち身体を反らしながら行うモノ、跳ねながら行うモノ、片足立ちで行うモノなど何種類かのスクワットをやらされ膝をついた。


 膝をついたからといって休めるわけではない。

 自分の意思で膝をついたのではなく、マシヴさんが膝をついたことに俺の身体が連動したのだ。

 マシヴさんがこの程度で休むはずがなく、膝つきの腕立てなど何種類もの腕回りの自重トレーニングが始まるのであった。


 腕回りが終わると腹筋や背筋などの胴回りの自重トレーニングが待っていた。


 全ての自重トレーニングを終えると息も絶え絶えの極限状態で、意識を保っているのが奇跡としか思えない。

 これが、極限エクストリーム……そう名付けるだけはある過酷な鍛錬法だったな。

 身体が強制的に動かされてなかったらスクワットの途中で根を上げてたと思う。よく最後まで身体がもった……いや、何かおかしい。

 いくら身体が全盛期の頃に若返ったとしても、これほどの鍛錬についていけるはずがない。

 鍛錬量に対して疲労感が少ないのも気になる。

 違う、一番おかしいのは疲労で極限状態のはずだったのに考え事ができるまでに回復している事だ。


「ソラ君、補給食よ。たぶん食べるのは難しいだろうからミルクで溶いてあるわ。飲みなさい」


「え……あの、もがっ」


 マチヨさんに補給食なるヨーグルト状の液体を口に押し込まれ、鼻を摘まれる。


「いいから飲みなさい! 一応命に関わるから」


 ヨーグルト状だがヨーグルト味ではなかった。

 味はバナナ系飲料が一番近いかな。無理矢理押し込まれて飲み込んだのでよくわからなかったが。


 ところで、魔法はまだ解除されないのかな。

 鍛錬が終わったのにまだ身体の自由がきかない。


「念の為、もう一杯飲ませようかしら」


 もう飲めません。

 首を振ろうにも動けない。

 って、声は出せるんだった。


「あの、も……」

「マチヨ、慣れないと一度に大量には飲めないよ。

 小分けにして、適宜飲ませていこう」


 俺の声をマシヴさんの声が遮った。


「それもそうね。次は足回りが終わったタイミングでいいかしら?」

「そうだね。足回り、腕回り、胴回りが終わった時に飲ませていこう」


 えっと、明日の話だよね?

 さっきの鍛錬でどれだけ時間が経ったか分かんなかったけど、今日はもう終わりじゃ……ないね。

 身体が動き始めてるし。


「回数や秒数を少しずつ増やしていくからね。

 とりあえず次は、一回増やそうか。

 ソラ君の状態を見てペースを速めたり、重しを足して負荷を強くしたり、低負荷で回数を増やしたりとか変化を加えながらやっていくつもりだよ」

 

 もう一セットどころの話ではなかった。

 これ延々とやり続けるヤツだ。

 しかもさっきと順番が違う上に、さっきはやってなかったのも混ざってる。


「よく考えたら、足や胴回りとかに分けてやってく必要もないね。マチヨ、適当なタイミングでソラ君に補給食を与えてくれないか。合図は送るから」


 補給食はいいけど、もう少し水分が欲しい。

 筋トレを十種類程度行わされた後に補給食を飲まされるようになったが、ミルクで溶いだ補給食では喉を潤すまでには至らない。


「ソラ君、喉が渇いてるんじゃないかしら?

 水分が欲しければ、魔法で水を出しなさい。

 そうしたら補給水の元を加えて、魔法で口に運んであげるわよ」


 無茶苦茶言いやがる。

 魔法で水を出そうにも手を合わせられない。

 強制的に筋トレをやらされるこの状態では魔法で水を出そうにも魔法の発動ができない。


「ソラ君、魔法で水を出す際に手を合わせてるけど別に手を合わせなくて出せるはずよ。

 手を合わせる動作は魔法発動のイメージの補強でしかないの」


 そんな事言われても無理なものは無理だ。

 合わせた手が無いだけで、イメージがうまく纏まらない。身体が勝手に動くせいで意識を集中させるのが難しい。




 水が出せぬまま三セット目が終わり、補給食での水分補給では限界に達しつつあった。


 水、水……水! 「みズゥ、みぃィズゥぅ!」


 喉の渇きで再び極限状態に陥って叫び声を上げて強く……強く、水を求めた。

 すると目の前の空間に蛇口を限界まで開いた様な勢いで水が噴出するが、俺の口には届かない。

 噴き出た水は地面に落ちる前に浮かび上がり、俺から離れていく。

 水の行く先を目で追うと、マチヨさんが浮かぶ水に何かを溶かして混ぜていた。手も触れずに。


「よくできました。さぁ、飲みなさい補給水よ」


 マチヨさんの手元にあった水が俺の口へと運ばれてきた。

 口に含んだ補給水が身体に染み渡っていく。

 飲み込んだ補給水が即座に吸収されていくのが実感できる。

 味もそうだがスポーツドリンクだな、これ。

 

「そろそろ五セット目も終わりそうね。

 慣れるまでは意識を別の所へ向けてないと精神が危ないから聞いてちょうだい」


「はい」


 確かに身体が強制的に動かされるのはストレスが溜まる。勝手に動く身体から意識を逸らす為にも耳を傾ける。


「鍛錬についていけるのが不思議に思っているはずよね? 鍛錬の効果を早める為に活性の魔法を施して鍛錬することがあるけど、ソラ君には超活性の魔法を施しているわ。ソラ君の体質のせいで効果は半分になっているかもしれないけど、それでも別の部位を鍛えている間に筋肉を修復するには十分」


 言われて見てみると、二の腕や太腿がプルプルしなくなってきている気がする。

 僅かだが筋トレの効果をこの短時間で実感できるのは異常だ。普通だと、たぶん一ヶ月はかかる。


「代償として、超活性の魔法かけていた時間に比例して寿命が縮むわ。最低でも一、二ヶ月は続ける予定だから一、二ヶ月は縮むわね」


「な?!」


 寿命が縮むとか聞いてない。

 若返った分より縮む分は少ないが、それでも寿命が縮むのは……いや、そうでもしないほど俺は弱いのかもしれない。


「ショックだろうけど、鍛えもせず半年後に郷を出たのなら一年経つ前に死ぬだろうから仕方ないの。

 それに、鍛えた分寿命も延びるから大丈夫よ」

 

 最終的に寿命は延びるらしい。

 なら、いいか……いいのか?


「一日の鍛錬が終わったら、ジムにある活性鍛錬者専用のトイレと浴室を使いなさい。

 魔道具を起動して水を流し続けていないと流せないほど出る場合もあるし、身体の汚れも普段よりは多くなるから」


 そういえば結構な量の補給食を飲まされている。

 この後もまだまだ飲まされるはず……俺のお尻は無事でいられるだろうか。


「あ、マチヨさん! ソラ、たぶん魔道具使えないよ?」


 ティアナの声がした。

 地面から伸びる光の鎖で雁字搦めな状態で立ち、ウナの手助けでご飯を食べている。


 君は君で何をしているんだ……。

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