第24話 舞うは凍気、轟くは黄金と白銀の調べ

 スタートラインへ戻る必要はなかった。

 なんでも、片方の光の帯を通り過ぎてからもう片方を通り過ぎるまでの時間を計測する魔法だから逆の向きで走ればいいとのこと。

 言われて見れば宙に光の帯が浮いてるだけだからスタートとゴールの区別がつかない。

 

 再び光の帯の前に立つ。

 半歩のさらに半分だけ下がる。

 見ても分からない程度に膝を極僅かに曲げつつ、重心を悟られぬよう前へ。

 前に出す脚の力は抜いておき、身体が重力に引かれる瞬間に僅かに曲げた膝を伸ばす反動で飛び出すように走り出す。

 重力を利用し倒れ込むように一歩目だけ大きめに踏み込み、体を前へ押し出すようにして走る。

 脱力と反動、そして重力を利用して瞬間的に全速力まで加速して走り抜けていく……はずだった。


 結果からして言えば数歩でけた……いや、派手にヘッドスライディングをかました。

 三歩目までは良かった気がするが、脚の回転が間に合わなくなり重力を推進力へ変えられなくなって頭から地面へ突っ込んだのだ。

 思ってた以上に脚の負担が大きく、再度挑戦しても失敗する気がしてならない。


「大丈夫? 確かに速くはなってたけど……魔法が効きづらい体質みたいだし、気を付けないと」


「あ、すいません」


 マチヨさんの手を借りて起き上がる。

 借りた服が土塗れだ。

 手で払うが中々落ちない。


「おかしいな、まるでいきなり身体つきが変わったみたいに扱いきれてない……」


 後ろからマシヴさんの声がした。

 顎に手を当て考え込んでいる。

 確かに召喚されたことで、若干だが身体つきが変わったのは事実だけど……なんで分かるんだよ。

 俺の事情を説明しておくべきかもしれない。

 ウナに黙っとくのも悪い気がするし、マシヴさん一家には異世界召喚のことを話そうと思う。

 そこで走ってる筋肉芋達は別なので、後で……夕食を一緒にって話してたからその時でいいか。


「マシヴさんその事なんですけど、夕食の時にでも説明するんで……」


「なんだか訳ありそうだね」


 実際、訳があるので頷いて返す。


「お〜いソラ〜、大丈夫〜?」

「ティアナ、お母さんいるから大丈夫だって」


 転んだ俺を心配してくれたのかティアナとウナが近寄ってきてくれた。

 手を振って大丈夫だと返しておくと、ティアナも手を振って返してくる。

 ウナが突っ込んでいるので意味は通じたようだ。

 

「マシヴさん、次は何やるんですか?」


「う〜ん……そうだね、君は筋肉のバランスは良いけど扱いきれてない。このままやると怪我をするかもしれないから少し待ってくれるかい?」


「だったらその間私に任せてくれるかしら。

 ちょっと確かめたいことがあるの」

「分かった、任せるよマチヨ」


 二本の尻尾の先を揺らしながらマチヨさんが俺の方へと近づいてくる。なんだか獲物を見つけたような表情をしているのは気のせいかな。

 思わず後ずさってしまう。


「あら、そんなに怖がらなくてもいいわよ。

 拘束魔法をかけるだけだから」


 拘束魔法と聞こえた時点で俺は逃げた。筋肉芋達が走っている方へと。「巻き込むな」と騒いでいるが知ったこっちゃない。


拘束魔法バインド

  

 如何いかんせん距離があり過ぎる、筋肉芋達を巻き込む前に魔法を食らってしまった。

 鈍色を放つ光の帯に巻き付かれて動きが制限されて身体が重い……普段の倍以上力を入れないと動けない。

 ティアナとウナが「なんで動けるの」と驚いているのはどういう訳だ。


「やはり動けるわね、なら精神拘束魔法アストラル・バインド


 続けて赤褐色の光が纏わり付く。

 身体が怠く感じる……気合を入れればなんとか動けるが、どうしようもなく足が重い。


 巻き込まれないことに気づいた筋肉芋達が振り返り、俺がまだ動けていることに驚愕している。


「たぶん、これで動けなくなるはず魂魄拘束魔法ソウル・バインド


 深海を彷彿とさせる仄暗く、深い青色の光が俺を絡めとる。この場所にいなければならない、魂がここに縫い止められたような感覚。後ろ髪を引かれる思いをしながら一歩だけ足を前に……それが限界だった。

 俺に巻き付き、纏わり付き、絡み付く三つの光が混ざり始めた瞬間——身体の自由が完全に奪われ、気力が底を突き、魂が縛り付けられる。

 地面に倒れ込み耐えがたい苦痛に襲われるが、反応するほどの気力すら無く、意識が深い底へと沈んでいく。


「や、やり過ぎたかしら……」


 そんな声と俺を揺さぶり起こそうとする声が聞こえてくる……でも……もぅいい……もぅいいんだ、眠らせて……く……れ……。

 そうして俺の意識は闇に途絶えた。




















 


 

 空が黄昏に染まる夕焼けの終わり、赤みを帯びた光が目蓋を抜けてくる刺激で目が覚める。

 意識が深い水底みなぞこから浮かんできたようでボンヤリとしていた。

 冷たい風が肌を撫でる。

 肌寒いを通り越して寒い。

 体を起こして賑やかな声のする方へ視線を向けると、運動場の黒い土が所々凍りついている。

 そして吹雪いたような風を顔に浴びて、完全に目を覚ました。


「二人とも次で最後にするよ!」

「分かった!」「はい!」


 マシヴさんに返事をした二人、ティアナとウナが向かい合って構える。

 目は覚めたが状況がうまく掴めない。

 タイガさんとマシヴさんは離れた位置で二人を見守っている。

 止めないとこから察するに模擬戦か何かだろう。


「あ、ソラ君目が覚めたのね。良かったわ」


 俺の隣にはマチヨさんが立っていた。

 俺に視線を向けたかと思うと、すぐ立ち会う二人へと視線を戻している。

 俺もつられて視線を立ち会う二人へ向ける。

 ティアナは素手、ウナは氷刀を手に技を放つ。

 木刀のような氷刀だが、刀身型の鞘になっているのか一回り薄い氷刀が抜刀される。


「いくよ! ティアナ!

 凍式とうしき抜刀術、一ノ型——吹雪!」


「いくよ! ウナちゃん!

 煌式こうしき戦闘術、虎武道——烈虎咆レッコホウ!」


 片や吹雪の如き氷雪を纏う居合い抜きの銀閃、片や咆哮を上げる虎の顔を模した黄金色の衝撃波。

 金と銀の一撃が衝突する。


「五ノ型——叢雲!」

「烈虎咆——アギト!」


 一度目の激突で生じた土煙か雪煙か分からない白煙でよく見えない。

 激突音から察するに連撃と一撃が交差しているのだが、音の間隔が短過ぎないか……たぶん煙が無くても速過ぎてよく見えんぞ。

 しかし二度目の激突もかなりデカいはずなのに煙が晴れない。むしろ濃くなった気がする。

 

「それまで!」


 マシヴさんの声と共に突風が吹き、白煙が吹き飛ばされていく。

 マシヴさんが地面を殴った衝撃波によるものだ。

 吹き飛ばされ白煙がこちらにも流れてくる。

 寒い! 寒すぎる……白煙が流れてきたと思ったら急激に温度が下がり、凍えるような寒さがする。

 マチヨさんはいつの間にかこの白煙が届かない位置へ避難していた。

 ただの煙じゃない……触れてみて分かった、これ霧だ。冷凍庫とかでたまに見る白い湯気、空気が冷やされ飽和水蒸気量を超えてできた微細の水滴……いやこれは微細の氷晶が漂う氷霧か。

 道理で寒い訳だ……起きたばかりでイマイチ身体がうまく動かない、このまま凍えて待つしかないと思っていたら何かに引っ張られるようにして身体が動く。


「なるほど、物理的に動かす分には問題無いか」


 見えない何かで引っ張ってくれたのはマチヨさんだった。

 マチヨさんが右手をグッと上げると、身体が上へ引っ張り上げられる。宙には浮かない。

 無理やり爪先立ちさせられた感じだ。

 直ぐに引っ張り上げる力が消えたので踵を降す。

 マチヨさんは考え込み始めたみたいなので、二人が闘っていた方を見る。


 クレーターできてる……技と技が激突した爆心地に齧りとられたような跡と何度も斬り裂いた跡が残っていた。

 朝、『巻き込まれて死ぬ』って言われた意味を実感している。鍛えてどうにかなるんだろうか。



 それに二人が運動場に刻んだ戦闘跡よりも大きなクレーターを殴るだけで作ったあの人に鍛えられるってだけで生きた心地がしない。

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