第23話 測定開始
俺は今、田畑の土を固めて作ったであろう運動場でマシヴさんと握手をしている。
挨拶の握手にしては長い……握り締めたり緩めたりを繰り返しながら一分は過ぎた。
絶妙に力加減をされているのか痛くないが、筋肉質なおじ様と手を繋ぎ続けるのはそろそろ終わりにしたい。
「ごめんソラ君、念の為逆の手でもお願い」
やっと手が離れたと思ったら今度は左手での握手を求められた。
断れる状況でもないので応じたが、握手はさっきの半分の時間で済んだ。
「なるほど、だいたい分かったよ。後は、実際に動いてもらって誤差を修正するだけだね」
体力測定は誤差を埋めるためだったのか……ってそんなバカな、握手だけでそこまで分かるものなのか。いやでもこの人筋肉だしな。
「まずは短距離走からいこうか! マチヨお願い」
「そう思ってすでに術式は展開しておいたわ」
振り返って見ると、黒い運動場の土の上に白い光で直前のコースができていた。
スタートラインとゴールラインを示すであろう光の線は宙に浮いている。
距離は五十メートルだろう、正確な距離は分からないが百は無いのは間違いない。
とりあえずスタートラインに立ってみると、この距離感には既視感があった。
この距離は五十メートルであってるな。小中高のスポーツテストを思い出す距離だ。
ただスポーツテストと違うのは俺を注視する人が多いことだが……ティアナとウナの一家は分かるがなぜ筋肉芋達も見てるんだ。
筋肉芋達よ、運動場を周回しながら視線を向けてくるんじゃない。お前らに注目されても嬉しくないんだよ。
足元を少し張り固め、スターティングブロックの代わりにしてクラウチングスタートの構えをとって合図を待つ。正直クラウチングスタートなんてやったことないが、速くなるのかな。
しかし、合図はまだなのか……マシヴさんの方を見ると苦笑いをしているのはどうしたことか。
「ソラ君その構えは……いやなんでもない。
自分の好きなタイミングで走ればいいからね」
「あ、マシヴさん事情は後で説明するけど、ソラ君はあの祭りのことは知らないから……」
自分のタイミングで走っていいらしい。
それよりもネコナ母さんが話しかけた内容が気になる。クラウチングスタートが関わる祭りって何。
「まさか、オメェさも異世界オリンピア出場目指してるだか?」
「んだ、その構え教えてくれた人オラ達にも紹介してくんろ」
「まさか同志だったとは驚いたでよ。だでマシヴさんとこ来たか」
いつの間にか近づいて話しかけてきた筋肉芋達に驚いて、思わず尻餅をついてしまった。
並々ならぬ熱量で迫ってくるので尻餅をついたまま後ずさるが、いや待て『異世界オリンピア』ってなんだ。それにティアナ達はそれを聞いて引いてるではないか。
「ま、待て、そもそも異世界オリンピアって何だ!
なんで異世界って付くんだ」
「あり? なんで知らねぇだか」
「あーこらぁ、構え教えた人参加者てぇこと黙っとたんだでねぇか」
「そらぁ悪いことしたでよ。異世界ってどういう意味だか知らんだきゃ、聞かれても困るでよ」
『異世界』の意味を知らないだと……こいつらが無知なのか、それとも……いやこいつらが無知なんだな。ティアナ達は分かってたし。
「三セットでは足りないみたいね」
「「「ま、マチヨさん!?」」」
「まぁいいわ、異世界オリンピアに『異世界』と付くのはあまりにも文化が違い過ぎるためらしいわ。
まるで文化の異なる世界に来たみたいだと、ね」
マチヨさんはすぐそばにいたのになぜ驚く。
解説に頷いてないで早く戻った方が良いと思うんだが、筋肉芋達は気付かない。
「ところで君達は三セットでは足りないだよね」
背後に腕を組むマシヴさんが立っていることに。
「意欲があって嬉しいよ! ならこれで!」
マシヴさんはそう言って地面を殴りつける。
掘り起こした地面を戻した時と同じ黄土色の光が地面に潜り込んでいき、その直後に運動場の黒い土と同じ色をした背負子と重石が浮き出てきた。
「まずは背負子だけからでいいからね!
慣れたらこの重石を増やしていこうか!」
マシヴさんは笑顔で筋肉芋達にそう語りかける。
その笑顔には有無を言わさぬ迫力があり、筋肉芋達は何も言わず背負子を背負い再び運動場を走り始めるのだった。
「ソラ君、君のタイミングで走ればいいからね。
あ、でもあの構えの走り方だと確か専用の器具があるんだったよね。よければ用意するけど」
器具ってスターティングブロックのことか。
どうしよう体育の授業で一回くらいしか触ってないし、触るだけで使わなかったから用意されても困るな。
「あ、大丈夫です。やっぱり普通に走ります。
その……さっきの構え、クラウチングスタートは知ってるだけで使ったことないんで」
俺はそう言ってスタートラインに立つ。
片足を引いて、軽く腰を落とす。
呼吸を整えるため深呼吸を一つ。
では、いざ……と思ったが準備運動をしてない。
正直皆が注目する中やるのは気恥ずかしいけど、怪我をしても困る。
俺は一歩下がり準備運動を始めた。
「あれ? ソラ、何やってるの? 走らないの?」
「準備運動だよ」
「あ、じゃあ私もやるー」
準備運動をしているとティアナが話しかけてきたので答えるとそう言ってティアナとウナが近寄ってきて俺の動きを真似する。
一人だと恥ずかしかったのでやるつもりが無かったラジオ体操もやりだすと、保護者四人も真似をし始めたので途中で止めるわけにもいかず最後までやりきった。ちなみに第二の方しか覚えていないのでやったのはラジオ体操第二のみだ。
あと、ウナ……氷刀は置いてこい。危ない。
「なかなか良い体操知っているね、後で教えてくれないかい?」
マシヴさんにラジオ体操を教えてくれと頼まれたが、体育の授業で覚えさせられたので問題は無い。
覚えさせらるまでやらされたからな。
「別に今でもいいですけど」
「そうかい? ならお願いするよ」
そうして三回連続でラジオ体操をした。
結構いい運動なるな。
いい感じに体も暖まってきたのでスタートラインに再び立ち、片足を引き、腰を落とす。
自分のタイミングで走り始め出す。
全力で。
身体が軽い。
気付いたらゴールライン切っていた。
これは中々いいタイムが出たかもしれない。
計測していればの話だが。
「七秒二三ね」
自己ベストタイだな……って計ってた!?
ストップウォッチとか無かったけど、どうやって計ったんだ。
振り返ってゴールラインの方を見ると、宙に浮かぶゴールラインの光の上にタイムが出てた。
計測用の魔法だったのかこのコース。
「獣人族と比べると流石に遅いわね」
「いやマチヨ、たぶんだけど彼はもう少し速く走れるはずだ」
いや自己ベストなんですけど。
息を整えているとマシヴ夫妻が会話しながら近づいてきた。
「ソラ君、普段やらないように気をつけていることがあるんじゃないかな。それを気にしないで走ってほしい」
そんなことは無いんだけど……いや、待てよ死んだ爺ちゃんの友達に習ったアレかな。
幼少期……いや低学年の時だったか忘れたけど、一時期爺ちゃんの友達から教わっていたことがあるが同級生に変な動きって言われて習うのを辞めた。
習得したのは一つだけで、人前ではやらないよう出ないように気をつけてたんだけど……なぜバレたんだ。
「体つきや歩き方、姿勢を見れば大体分かるんだ。
握手まですればより完璧にね。
だって筋肉は嘘をつけないからね!」
だから後ろを歩いてたのか、いやでも筋肉……筋肉か。
いや、普通筋肉だけで分かんないっての。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます