第25話 憧れは遠く

 ティアナとウナの戦闘跡とマシヴさんが地面を殴ったことで所々凍っていたり凸凹になってしまった運動場だが、マシヴさんが地面に両手をつくと黄土色の光が運動場に広がっていく。

 広がっていく光は凍った所、戦闘跡へ集まり運動場の黒い土をうねらせ修復する。

 俺の憧れとする魔法がそこにあった。

 地面から刺や柱、武器を生やして攻撃し、壁や盾を生やすことで防御する戦い方。昔読んでハマった漫画の再現ができる——そう思った俺はいても立ってもいられず、柏手を一つ打ち両手を地面につく。


 しかし何も起こらなかった……。


 魔法のイメージもしっかり持った、魔力も寝てたみたいだからある程度回復しているはず……だが何も起きない。

 二、三度試すが結果は変わらなかった。


「ソラ君、マシヴの真似をするなら手を打ち鳴らす必要は無いわよ?」


「!?」


 そうだった、隣にマチヨさんがいるんだった。


「マシヴは筋肉があって土魔法だけだけど魔法が使えて筋肉があるから真似したくなるのも分かるわ」


 今、筋肉って二回言ったよね……大事なことなんだろうなマチヨさん的に。

 それよりこっちに向かって来てるティアナとウナにも見られたかと思い確認すると修復される運動場を見ている。良かった見られてない……よな。


「まぁでもマシヴは魔法が得意って訳でもないからこの運動場内限定の力なのよ。運動場の下に敷いた魔法陣とこの黒土、そしてマシヴのしている腕輪の三つがないと常人には真似できないわ」


 マチヨさんの解説はまだ続いていた。

 解説と言うよりは話す雰囲気的に旦那マシヴさんの自慢のようでもあるが……話しても大丈夫な内容なんだろうか、結構な秘密な気もするけど。

 

「魔法陣や腕輪は学ぶなり借りるなりすれば大丈夫だけど、黒土はどうにもならないわ」


 だから話しても問題ない内容なのらしい。


「土生成の魔法で出して、かつ定期的に魔力を込めたのがこの黒土よ。ソラ君に土生成の魔法を教えても運動場分の土を作るのに五十年以上かかるわ」


 五十年か……五十年かければ憧れに手が届くと。

 いや待てよ、範囲を狭めればもっと早く届くか。

 あ、でも使える場所が限定されるのがな……なら持って歩けばいいのでは? 瓢箪ひょうたんとかに入れてとかどうだろう……丸っ切り別物だな。

 別物というか別作品では意味がない。


「五十年と聞いても諦め切れないほどマシヴの魔法に憧れたのね! いいわ! 肉体の鍛錬に加えて、魔法の方も並行して鍛えてあげるわ!」


 考え込んでいたら魔法に関しても鍛えられる事になっていた。

 ありがたいと言えばありがたいのだが、「第二のマシヴ化……いえ、ウナの旦那になるならマシヴを超えないとだわ。早急に鍛錬計画の練り直しをしないと……」と小声で早口に口ずさまれては正直不安しかない。


「マチヨ、ソラ君、待っててくれたのかい?

 マチヨは何か考え込んでるみたいだけど……」

「あ、お疲れ様です」


「へ? あ、マシヴお疲れ様! ちょっとソラ君の鍛錬計画を練り直してたのよ。魔法の方も鍛えようと思って……って、あら? あの娘達は?」


 そういえばマシヴさんしか寄ってきていない。

 と、思ったらマシヴさんの影から二人が飛び出してきた。


「ここにいるよー」

「え! ソラも魔法鍛えるの? だったらティアナも一緒にどう?」

「えー、私魔法苦手……」


「ああ、ティアナちゃんは元から魔法方面も鍛えるつもりだったから安心なさい。と、言っても魔法を使うより耐える方がメインだけど」


「え、聞いてない……」「本当!?」


 女三人寄れば姦しいと言わんばかりに会話が盛り上がり始め、入る隙がないのでマシヴさんの方へ顔を向ける。


「ソラ君……こうなると僕は除け者みたいな感じがして寂しかったけど、君がいて良かった、何かお話しよう。そうだ! 君の事情を教えてくれるかな?

 確か夕飯時にでもって言ってたね」


「すいません、人に知られると困るかもなので場所を変えませんか? それに、マチヨさんとウナにも話しておきたいんですが」


 秘密を知る者が少ないほど秘密は守りやすい。

 でも、この人達には知っていて欲しいと思った。

 まだ認められてないが、俺を……その……旦那さん……くそ、自分で言うと恥ずかしいな……えっとだから、俺を家族として見ようとしてくれる人達に隠したい事情ではないと思っている。


「そうなのかい? でも場所を変えなくても大丈夫だよ。マチヨ! 遮音結界を頼めるかい?

 ソラ君の事情を聞いておこうと思うんだ」


「「事情?」」


「分かったわ、ちょっと待ってて」


 なんでティアナまで首を傾げてるんだ……君は知ってるだろう。

 ティアナは知ってるはずだと伝えると、思い出してくれたようだ。


「だったら私先に行って、シャワー浴びてご馳走の準備見てくる!」


 そう言って駆けて行くティアナを見送ると、今朝感じたものと同じ何が通り抜ける違和感を感じた。

 結界に包まれたようだ。


「話が長くなるといけないから、マシヴ……」

「ふふ、分かったよ」


 そう言って夫妻は手を繋いだ。

 マチヨさん結構余裕そうだから手を繋ぎたいだけかもしれない。こっちの夫婦もラブラブだな。


「あ! じゃあ、私も!」


 ウナが俺の手を取ってきた。

 俺達が手を繋ぐ必要はないんじゃないか? 別に嫌ではないけど。


「アナタ達が手を繋ぐ必要は無いわよ?」

「え? あ! じゃあ、こうする」


 マチヨさんに指摘されたウナは空いた方の手で、マチヨさんの空いた手を握る。


「だったらこっちも、だね」


 気づいたらマシヴさんが空いた方の手で俺の手を握っている。四人で輪になったな……踊るのか?

 微妙な速度で回り始めた。

 

「さぁソラ君、これで外からは踊っているように見えるはずさ。今の内に事情を聞かせておくれ」


 段々と速度を上げようとするのを制限しつつ、俺は異世界から来たという事情を話し始める。

 異世界から来たことに驚いていたが、疑うことなく信じてくれたのには俺も驚いた……断じて速度が増して、俺だけ宙に浮いたからではない。

 身体が宙に浮いても話を続けようとしたが、話はそれまでだった。回る速度が増していき俺に続いてウナ、マチヨさんの順に足が地面から離れる。

 話すどころではないが、よく考えたら異世界から来たことを話した時点で話は終わりなのでこの状況を楽しむことにした。

 腕をマシヴさんがしっかり握る形なので、飛んでいってしまう心配はないはず。

 ウナと繋ぐ手もいつの間にか氷で固定されているので、冷たいことを除けば心配は無さそう。


 遊園地にある回転する塔にぶら下がる乗り物だろうか……いや、これは回転する『たかいたかい』が正し……くもないな。よく分からんがなんだか楽しくなってきた。


「「「「ワハハハハ——」」」」


 全員で同じような笑い声をあげている。

 楽しくなってきたと言うより、テンションが変な感じになっているだけだな。

 全員が暴走しているようなものなので、止める者がおらず延々と回り続けると思われたが我に帰ったマチヨさんの「終わりよ」の一言で終わった。


「遮音結界のお陰で奇声が漏れずに済んだのは幸いかしら」

「あはは、もう一回! お父さん、もう一回!」

「ウナ、ソラ君も見てるから落ち着いて」


 ウナがまだコチラに戻ってきてないようだ。


「ソラ君、水!」


「へ? あ、はい!」


 有無を言わさぬマチヨさんの指示に従い、手を合わせ水を生成した。

 マチヨさんが手をかざすと、俺の水が一瞬青く光り浮かび上がる。

 俺が魔法で出している水は重力に逆らい、浮かんでいる水球の方へ流れていく。


「多過ぎよ、もういいわ」


 水球が人の頭大の大きさになったところで魔法を止める。

 この後の展開は読める。


「目を覚ましなさい!」


「うぺっ!?」


 水球がウナの顔面に炸裂した。

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