第18話 水にだって向き不向きはある

 俺が魔法で出した水を使った料理は美味かった。

 飲むと全く味がしない水なのに。

 ただ、白米に関しては朝の方が良かったと思う。

 無論昼の白米も美味ではあったが、おかずと共に食べるには味の主張が強過ぎたのだ。


「いつにも増して美味かったな。何か良い食材でも手に入ったのか?」

「ふふ、これ水を変えただけなのよアナタ。

 ソラ君が魔法で出した水を使って調理したの」

「なに!? 水だけだと……」

「たぶん、余計なモノが全くと言って良いほど入って無い水だからよ」


 食器を片付ける手伝いをしていると、そんな夫婦の会話が聞こえてきた。

 白米は気にならなかったのかな。

 水で味が変わるか……そういえば、軟水か硬水で紅茶とかコーヒーの味が変わるってテレビで見た気がする。確か、ミネラルが多いと硬水だったか。

 

「ソラ君、何か知ってる?」


「え、あーっと、確か水に含まれるミネラルの量が多いか少ないかで硬水が軟水で……うん?」


「何を言っているんだ? ミネラル?」


 急に話を振るからだよ。


「ミネラルは……その水に染み込んだ大地の成分、栄養みたいなモノとでも思っといて下さい」


「なるほど、ソラ君の出した水はそのミネラルとやらが含まれていないのね。だとするとミネラルは料理には邪魔なのかしら」


「料理によると思います。出汁とかはミネラルの少ない軟水が向いていて、逆にミネラルの多い硬水が向いてる料理もあるらしいです」


 出汁は軟水って聞いたことがあったけど、硬水は何に使うと良いんだっけ……覚えてないや。


「あ、あと、お米は育った土地の水で炊くのが一番らしいですよ。死んだ爺ちゃんが言ってました」


「そうなのかしら……確かにご飯は少し甘過ぎたかもしれなかったわね」

「「そう?」」


 父娘おやこは気にならなかったようだ。

 そうこうしているうちに片付けが終わり、皆で飯台に戻りお茶で一服することに。

 湯呑みを受け取り、お茶の香りを……香りを……香りがしない……だがパッと見は緑茶だ。朝の緑茶は香りがしたのに、この緑茶は香りがしない。


「ねぇお母さんこのお茶、匂いが無いよ?」

「あら? 本当ね、ソラ君の水で入れたお茶なんだけど……お茶でも違いが出るのね」


 案の定、俺が魔法で出した水が使われていた。

 注意深く見てみると、朝の緑茶より色が濃いのにお茶の香りが漂ってこない。

 気にはなるが、お茶を入れ直してもらうほどでもない。

 みんな飲み始めたので、俺も一口お茶を含む。


 全員口にしたお茶を吐き出した。


 濃っ! ってか苦い……とても飲めたもんじゃなかった。

 

「う〜、なにこれ〜お茶っ葉の味がする〜」

「苦いわね」

「不味い」


 一家も同じ意見のようだが、お茶っ葉の味?


「そういえばティアナは、昔『お茶っ葉を口に入れてればいつでもお茶が飲める!』って言ってお茶っ葉直接舐めてたわね」

「ああ、その後盛大にお茶っ葉を吹き出してだが」


「うにゃぁぁあぁぁ! ち、小っちゃい時の話だから! 小っちゃい時の話だからね、ソラ!」

 

 お、おう。だからお茶っ葉の味が分かるのね。


「お茶の成分が抽出され過ぎたようね、今入れ直すからソラ君手伝ってちょうだい」

「待て母さん、それではまた同じお茶になるだけではないか」

「大丈夫、使うのは水じゃなくて火だから」


 なら安心か。

 キッチンまでついて行くとやかんを渡さられる。

 すでに水は入っているが、どうしろと。


「やかんの中の水に直接火を点けてくれる?」

「速攻で火、消えません?」

「そこはほら、魔法なんだから点いてるように維持してみたらいいんじゃないかしら」

「なるほど、やってみます」


 やかんの蓋を開け中が見えるようにして、水の中に火が灯るよう意識して右手をひねる。


 カチッという音とともに青い炎が水の中に灯る。

 直ぐに消えそうになるが、火が灯り続けるよう強く意識して炎をなんとか保つ。

 俺の中にある何かがごっそり抜けて行く感覚がすると、火は消えていた。

 少し気分が悪くなったので、たぶん魔力切れだ。


「お、おいソラの魔力が一気に無くなったようだが大丈夫か?」

「大丈夫よ、気絶してないもの。

 それにしても、ソラ君は魔力が枯渇しても意識が変わらず保ててるわね。特異体質は本当みたいね」


 水の中に火を点けると魔力の消費がデカいの分かっててやらせたなこの人。

 すぐに動けるような体勢で見てたのは特異体質が本当か疑ってたからか。

 これ、気絶したらヤカンの熱湯かぶるはめになってたよな。それを防ぐための体勢だったと信じていいんですよね。……熱湯? あ、水沸いてる。


「ほら、そんな目で見ないの。気絶する前にやかんを取り上げるつもりだっから、大丈夫よ。

 それと、魔力の消費が大きいのは火が消えるような状況で炎を維持してたからよ」


 そう言われてみると、火を点けるのは特に負担は無かった。魔力が抜けて行く感覚がしたのはその後だったし。

 ネコナ母さんにお湯の沸いたやかんを渡すと、急須でお茶を入れて飯台に戻って行くので俺も戻る。



 入れ直したお茶は朝と同じお茶だった。

 いや、さっきのお茶の反動で朝より美味しく感じられた。


「ねーソラ、お湯が沸くのすっごい早かったね」

「確かに早かったな」

「なんで?」

「なんでって……火が消えなかったから電気ケトルみたいな感じになったんだと思う」

「電気ケトルって何?」

「そうだった、ここ異世界だった。電気ケトルの事は気にしないで……えっと、お湯が早く沸いたのは水の中にすごく温度が高いままのモノがあったからだよ。たぶん」

「なるほど〜」


 それっぽいことを言ってティアナを納得させたが実際はどうなんだろうか。熱均衡だか熱平衡だか忘れたけど、千度を超える炎と水との熱の交換があったならあながち間違いでもないと思う。

 ただ、やかんの水沸かすのに回復した魔力全部持ってかれたのはいただけない。

 緊急時でなきゃ、やかんを火にかけて沸かした方がいいな。


「——うね、それがいいかもしれないわね」

「では、そろそろ行こうか」

「行きましょうか。ティアナ、ソラ君行くわよ」


 食後の一服は終わりのようだ。

 それにしてもこの家、飯の後は一服するルールでもあんのかな。


「お母さん、行くってどこに?」

「朝話したでしょ、マシヴさんのとこよ」

「ウナちゃんだね」

「そうよ」


 外に出るのかと思ったら、みんな寝室のある方へ戻って行く。


「どうしたソラよ、着替えは貸してやるから俺について来い。着替えるんだからティアナについてくんじゃないぞ」


 そういえば俺が起きた時に見た服装から変わってないな、俺以外。ティアナに関しては俺のパジャマの上を着たまんまじゃねぇか……肉球柄の。



 着替えるためにタイガさんについて行くとさっきの書斎へ通された。着替えを持ってくるからココで待っていろとのことだった。


「なんだその目は。寝室に連れてきはしんぞ。

 ネコナの着替えを覗く気か? 貴様……」


 威圧が漏れ出して来たので慌てて首を振った。

 大人しく待っていると服を持ってきてくれた。

 シャツと半ズボン……長ズボン派なんだけどな。


「どうした、サイズは問題無いはずだが」

「あっと……長ズボンはないですかね」

「よく見ろ、ズボンとシャツ二着ずつあるはずだ」


 よく見たら半袖と長袖のシャツに半ズボンと長ズボンの四着あった。


「半袖だと寒いですかね」

「寒がりでなければ半袖で大丈夫だ」


 半袖のシャツと長ズボンに着替え、残った服を畳んでおく。この服どうしたら……と悩んでいたら、タイガさんが受け取ってくれた。


「そうだ、ソラの着ていたパジャマだったか? 

 あれ、少し借りるぞ。なに、気にするな代わりの服は用意してやる」


「構わないですけど、返ってきますよね」


「無論返す。ただ、パジャマとやらを郷でも作れるよう調べさせて欲しいのだ。触らせてもらって分かったがアレは良いモノだ」


 パジャマを作れるだって? 素晴らしい。


「分かりますか……パジャマの良さが!

 アレは寝る為の、休む為の専用服です!

 寝心地が段違いですから是非作ってください!

 出来れば俺の分もお願いします。パジャマは一着では心許ないんで!」


「わ、分かったから落ち着け……借りるのは起きてる間だけだ。寝る時には返す」


「ねー、まだー? 早く行こうよー」


 パジャマ話に興奮していたらティアナが呼びに来ていた。興奮し過ぎた……深呼吸深呼吸。

 着替えも終わったのでティアナに合流し、マシヴさん家へ向かうため家を出た。

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