第19話 何の為の筋肉か
家は
遠くに見える高い壁のようなモノが見えなければ正直異世界に来た実感が湧かない光景だった。
歩いている道はさすがにアスファルトではなく、石畳のようだが……繋ぎ目や境が無い。まるで、長大な一枚の石板を敷いたみたいなのに、曲がり道や坂道では滑らかな曲線を描いている。
「なんだ? ソラ、この道が気になるのか?」
「えっと……石でできてるのに、綺麗な曲線で滑らかなのが不思議だな〜っと」
「これはマシヴんとこの連中の仕業……おかげだ」
「ふふ、正確にはマシヴさんとこの門下生が道を
「大っきな岩を運んで、砕いて、運んで、砕いてをずっとやっててスゴかったよ」
大人二名は若干呆れたような声色だけど……これから訪ねる人だよね、マシヴさんって。
なんだか行くのが怖くてなってきたな。
道を均すのやらされんのかな、野球部に置いてあったようなでかいローラーで……野球部じゃなかったから使ったこと無いけどかなり重そうだよな。
「道の整備費が浮いたのは助かったがな」
「そうね、道が敷き終わるのも早かったし」
「あ、着いたよ。ソラ、ここがウナちゃん家だよ」
見えてきたのはジムだった。
ここまでにあった家とは異なる建築様式で頑丈に建てられており、道路を挟んだ反対側には運動場が広がっている。
景観ぶち壊しだった。
「ん? 族長様でねぇか」
「んだ、族長夫人も一緒だがや」
「ティアナちゃんもおるでよ? まさか、オラ達に会いに来たんか? こりゃ、オラにも春が来たか」
「「無い無い」」「だべか〜」
運動場側から三人組の男獣人が歩いて来ていた。
虎耳ではないようなので虎猫の獣人だろう。
言動の割には若い……今の俺と同年代か。
「んが!? ティアナちゃんが男と一緒におるでねぇか……オラという者がありながら……。
そんちゃげなぁらぁばってぇ〜」
「オメェさ何言ってるか分からんでよ。
ちゃんと喋れてぇいつも言っちょるき。」
「つーかぁ、先月振られとったがや。
あれ何回目やぁ、百から先は数えちょらんぞ」
三人の内一人が俺を見て尻尾を逆立て威嚇してくるが大して怖くない。もっと怖い思いしたからか。
三人とも体格はガッチリしているが、顔は純朴そうな少年……悪く言ったら芋っぽい顔立ちだ。
運動し終わってなのか汗だくで、正直あまり近寄って欲しくない。
「ティアナ、知り合いか?」
「えっと……知らない。たぶん、話しかけて来たことがあるような無いような〜うん、知らない!」
「オメェさ、覚えられてすらいねぇでねぇか」
「なして告ったがや」
「いける気がしたでよ……覚えられておらんちゃあショックだで」
「ところでオメェさ、振られる時ちゃんと名乗っとるだきゃ?」
「あ……」
「「振られる以前の問題でねぇか……」」
名も知らぬ異性からの求愛……恐怖体験かな。
「名乗ればいけるだな。よし、ティア——」
「やあ! タイガ、待ってたよ!
もちろん、ネコナさんもティアナちゃんもね!
そして君が件の少年だね! よく来たね!
歓迎するよ!」
無謀な虎猫少年の告白は、告白する前に潰されたのだった。筋肉質な虎耳ダンディーによって。
「マシヴか、相変わらず元気だな」
「分かるかい? 今日は大腿四頭筋と
「お父さんやお母さんじゃないんだからそこまで分かるわけないでしょ。いらっしゃい族長一家さん」
「あ! ウナちゃん! お邪魔しまーす!」
「ちょ、ティア……私の真名を知らない人の前でウナちゃんって呼ぶなって何回言ったら分かるのよ」
「だってウナちゃん私の名前ティアって略すもん」
「違うわよ、その親愛の証っていうか……その仲良くなった愛称っていうかその……なに言わせるのよ恥ずかしいじゃない!」
左が虎耳で右が猫耳になっている獣人みたいだけど……虎と猫の獣人のハーフなんだろう。
右のも横髪だけ黒髪で牙を模しているが、全体的には深い蒼の髪色をした巫女服の少女だ。
「み、巫女服……だと……いや、千早って言うんだっけか。似合ってるし、生で見れるとは感激だな」
「あ、ありがとう。よく知ってるわね、それにそんなこと言ってくれる男子は初めてよ。
「ふふふー、ソラって言うんだよ。それに落ち着くいい匂いもするんだよ、ウナちゃんも嗅いでみて」
「そう、ソラって言うのね……って匂いとか嗅いでみてとかアナタ達一体どんな関係なのよ!」
「え、んーと、あ! 一緒のベットで寝たよ」
「んな……な、何ですってぇえええっ!
そんな……ティアナが先に大人になったなんて」
このままティアナと彼女を会話させておくのはまずい気がする……いや、手遅れか。
嫉妬の炎を燃やすように尻尾を揺らし、静かに筋肉芋達が近づいてくる。
「「「テメェ——」」」
「アナタ達の筋肉は、なんのための筋肉か問い直す必要があるようね?」
「「「マ、マチヨさん!?」」」
「アナタ達には活性の魔法をかけておきました。
旧式の補給食セットを持って今さっき終わらせたメニューを三セット以上こなしなさい」
近づいて来た筋肉芋達の後ろから現れたのは黒猫獣人の女性だった。
筋肉芋達は「旧式……」とか呟きながらジムの中へ補給食とやらを取りに行ったようだ。
あの人が俺を治療してくれたマチヨさんか。
「あの、マチヨさん! ありがとうございました!
貴女が治療を施してくれたと聞きました。
おかげさまで特に後遺症とかもなく元気です。
本当にありがとうございます!」
「ああ、あの時の子ね。元気そうでよかったわ。
治癒魔法が半分しか効かなかったから、次は気をつけないとダメよ。三要素のそれぞれに対応した治癒魔法を重ね掛けしないと魔法の効果が完全には出なかったから。私がティアナちゃんの応援に来ていて本当に運が良かったわね」
かなり魔法が得意な人みたいだけど、パッと見がそうは見えない。マシヴさんと同じタンクトップとハーフパンツでお腹が見えているが、腹筋が完璧に割れていて、四肢も引き締まった筋肉レディだからだ。
「ほら、ウナもティアナちゃんもそれくらいにして家に入りなさい」
「あー! お母さんまでウナって!」
「門下生たちはいないんだからいいじゃない。
それに彼は……まぁ、いいから家に入りなさい」
騒いでいた娘達を連れてマチヨさんは家へ向かって歩く。ジムに向かうのではなく。
歩いて行く彼女達に付いて行くとジムの裏に家が見えてきた。郷で見た家と変わらない家だった。
「なるほど! 彼と一緒にティアナちゃんも鍛えればいいんだね! 鍛え方についてはお茶でも飲みながら考えようか」
「そうね、それがいいわね」
「しまったな、茶菓子を持ってくるんだった」
「なに、構わないさ」
後ろからは虎獣人の三人が付いてきていた。
玄関で靴を脱いで上がると応接室らしき部屋に通された。ティアナとウナちゃん? も一緒だ。
「えっとソラ君だったわね、ティアナちゃんとウナとここで待っていてくれる? 貴方達の鍛え方をこれから相談するけど、聞いていても暇だろうから。
ウナ、二人の相手をよろしくね」
「え、ちょっとお母さん?」
娘の返事を聞くことなく、マチヨさんは扉を閉じて行ってしまった。
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