第9話 禁忌呪文
俺の対面に座る二人は表情を驚愕から真剣なモノへと変え、身に纏う雰囲気も張り詰めた重いモノに変化していく。
二人の放つ威圧感に身体がすくみ思うように体が動かせない。
俺の回答が逆鱗に触れたらしい……しかしまさか『マザーアース』が禁句だとは思わないだろ。
と、とにかく謝った方がいいんじゃないか……。
「あ、あの……」
「少し黙っていてちょうだい……ティアナもね」
謝る前に発言を封じれた。
低い声色のネコナ母さんは怖かった。
本能的に叱られると直感して縮こまってしまう。
隣ではティアナがコクコクと頷いているのが視線を向けなくても分かる。
ジッと向けられていた視線が逸れる。
視線を向けていた二人がアイコンタクトを取ったためだ……依然として重圧を放ったまま。
するとネコナ母さんは席を離れ、部屋を出る。
向かったのは俺がこの部屋に入って来た扉だったので家から出たわけではなく、何か取りに行ったのだろう。
「母さんが戻ってくるまで黙っているのであれば、楽にしていい」
タイガさんは発言とともに重圧を少し緩めてくれたので、緊張で乾いた喉を潤すために湯呑みを手に取った。
しかし、喉を潤すことはできなかった。
上手く動いてくれない手は、湯呑みをしっかりと掴めていなかったのだ。
手汗のせいもあっただろう……手から滑り落ちていく湯呑みは、床へと向かう。
黙っていろと言われたのに大きな音を出してしまう……その後に訪れる恐怖を予感したが為か、湯呑みが落ちる光景がとてもゆっくりに見える。
体は動かない……考えだけが頭を巡る。
この高さなら割れないかもしれない……。
いや、材質的に割れるかもしれない……。
いつのまにか膝の上の
ティアナの手は間に合わない……。
ティアナはよく反応できたな……。
湯呑みが床に衝突するその瞬間だった……何かが横を通り過ぎていくような、それでいて自分たちを包み込んでいくような不思議な違和感を感じた。
湯呑みは割れてしまった。
想像より音は小さかった。いや、小さ過ぎた。
それが違和感の正体だろうかと考えている余裕は俺には無かった。
怒りに油を注いでしまった……やらかしてしまった……どうしよう、どうしようどうしよう……。
息が上手くできない。
目の前がだんだん暗くなってきた気がする。
誰かの声が聞こえるが入ってこない……。
背中に強い衝撃が走り、肺の中の空気を吐き出すと反射的に空気を吸い込んだ。
続く背中への衝撃は二度目からかなり弱くなり、リズミカルに一定の間隔で起こる。
誰かが背中を叩いて声をかけてくれている。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ほら、吸って〜、吐いて〜、深呼吸〜深呼吸〜」
背中を叩く手は背中をさする動きへと変わる。
声に合わせて深呼吸をする。
「どう? 落ち着いた?」
落ち着きを取り戻してきた俺の瞳に映ったのは、ティアナの笑顔だった。
「ありがとう、もう大丈夫だから」
いつの間にか離れていた席に座りながらティアナに礼を言った。
もう一度深呼吸をして、周囲を見て状況を確認する。
すでに重苦しい雰囲気は無く、対面に座るタイガさんとネコナ母さんの表情も戻っている。
割れた湯呑みは片付けられ、新しい湯呑みが用意されていたのでお茶を啜る。
お茶を飲み干し、ため息を一つ。
「あ、おかわり」
「お、お前……まぁいい、落ち着いたか」
「ふふ、落ち着いたみたいね。はい、お茶」
苦笑いと微笑とともにお茶を受け取る。
「ごめんなさいね、思った以上に私たちの威圧が効き過ぎたみたいで」
「だが、いきなり禁忌呪文の名を口にする方もどうかと思うがな」
「「禁忌呪文?」」
俺とティアナの声が被る。
ティアナも初耳らしい。
「まさか偶然口にしたのかしら? しかも頭の軽い
「お、お母さん?!」
「いやだって、貴方たまに考えなしで喋るでしょ」
たぶんポロッと話しちゃわないから心配されてんだろうな。
「そうよ、ソラ君が心配してる通りよ。ティアナ、禁忌呪文は一般的には知られてないけど声に出していいモノではないの」
相変わらずサラッと心読んでくるよ……この人。
「うぅ、私あたま空っぽじゃ無いもん……」
「そうね、ごめんなさいティアナ。言い方が悪かったわね。でも、禁忌呪文のことは軽々しく口にしてはダメよ……空っぽじゃないならね」
「うん、分かった。でも、それだと口にしちゃったソラは空っ……」
「俺は空っぽじゃねぇ!! ……ごめん」
空っぽと言われそうになり、食い気味でつい声を荒げてしまった。
俺は空っぽじゃない……空っぽじゃなくなったんだ。だから一々反応することはないのに……反応してしまったってことはまだ俺は空っぽなのか。
「ソラは空っぽって言われるの気にしてるの?
まだまだ沢山のことを入れられるんだよ、少しのことでいっぱいになるより良いと思うけどなー」
な……んだと……ティアナ、君も俺を空っぽだと罵る気なのか……良い人だと思っていたのに。
沢山入る……だって? 俺は皆と同じだけ入れてきたつもりだった……だけど空っぽだと言われた。
「俺は散々空っぽだと揶揄われてきた……空っぽの
俺だって皆と同じだけ入れてきた! それなのに、それなのに……」
「ソラは自分のこと空っぽだと思ってるんだね。
ふふふ、違うのに……違うのになー」
図星を突かれて言葉が出ない……彼女を睨むことしかできない。何度も見たい時思っていた笑顔段々と憎らしく見えてくる……その顔で俺を空っぽだと言うのをやめてくれ……。
「ソラが空っぽのはず無いじゃん!」
え? は? 何を言って……頭がついてこない。
「同じだけ入ってるのに空っぽに思えるのは、ソラの器がとんでもなく大っきいんだよ!
川の水と湯呑みの水を比べら、湯呑みの水なんて空っぽだよ?」
いや、湯呑みに水入ってるなら空っぽにはならんだろう。言いたいことはなんとなく分かるが。
俺の器がデカいだって? その発想は無かった。
目から鱗だった、俺の中で
「それに空っぽなのはさっきまでだからね。
これから私でいっぱいにしてあげるから!」
俺の中でティアナの存在がさらに大きくなるってことか……意味分かって言ってんだろうな。
「(なぁ母さん、ティアナのやつ意味分かって言ってると思うか?)」
「(分かってたら口にしないと思うわ)」
小声、聞こえてますけど……やっぱりかぁ。
まぁでも励ましてくれたんだし礼を言おう。
「ありがとうティアナ、少し気が楽になったよ。
それと怒鳴って悪かった」
「いえいえ〜、どういたしまして〜」
彼女の笑顔を見ているとこちらまで笑顔になる。
もうしばらく眺めていたいが両親の前だし、話の途中では難しいな。
「そろそろいいかしら」
「はい」
ネコナ母さんの説明が再開する。
「禁忌呪文『
三幻地のように実在するかどうかも分からないとされているけれど、世界の破滅や支配を望む存在が実在すると信じて探していたりするのよ。
だから不用意に口にすると危ない目に遭うから気を付けなさい」
「ああそれと、禁忌呪文について尋ねてくるような輩はロクな奴ではないから用心するんだ」
あれだけ威圧を放っていた割に内容はアッサリしたモノだった。情報が少ない……いやまて、危ない目に遭うとかロクな奴ではないとか断定した言い方が気になる。マジで危険なのか……。
「ソラ君、なぜ私たちが遮音結界まで使ってこの話をしたのかよく考えてね。
ティアナ、貴方にはハッキリ言っておくわ。誰が聞いてるか分からない状況で口に出すのは危険よ。
少なくともソラ君は巻き込まれて死ぬわ」
遮音結界……さっきの違和感はソレか。ティアナも黙って頷いている。話を理解したのだろう。
……待って、俺死ぬの?
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