第7話 信頼と真名

 女の子に飛びっきりの笑顔を向けられたことが今までにあっただろうか。いや、幼児だった頃の妹になら向けられたことはあるが、あれは女児でしかも身内だからノーカウントだ。女子と呼べるくらいの女の子からは無い。あの頃の妹は可愛かったなぁ。

 俺だけに向けられた笑顔……ずっと見ていたい。


 なので見ていることにした。

 ティアナの笑顔を。



「あ、あれ、私の顔に何かついてる?」


 笑顔の時間ボーナスタイムは長くない。だからこそ写真に収めたかった。スマホとか何も無いから写真は無理だが、俺の脳裏に、心に焼き付いた。いや、焼き付けた。


「違うわよ〜、空太郎君は貴方に見惚れてるのよ」

「か、母さんや、そう直接言ってやるな。この年頃だと素直には認め……」


「うん、ティアナの笑顔に見惚れてた」

「「認めた!?」」


 俺は今、とっても素直な気分なのだ。だから素直に見惚れていたと認めるし、言葉にした。

 まだ彼女たちに抱き締められた影響が残っているので、俺はあったかい気持ちに溢れている。


「え、えへへ、なんか照れる……。ありがと」


 少し照れが入った笑顔もいいね。

 気持ちに素直に、言わせてもらおう。笑顔で。


「俺の方こそ、ありがとう……その、とても嬉しかった。タイガさん、ネコナ母さんもありがとうございます」


 人に感謝を伝えるのは久しぶりだ。心からの感謝だと初めてかもしれない。


「「「どういたしまして!」」」


 三人とも笑顔で返してくれた。

 誰からともなく笑い声が溢れる。




 なんだかこのひと時だけ見ると最終回みたいだよな……って、まだ始まったばかりだよ。

 『次回予告』にすらたどり着いてないからね。

 チラッと【次回予告】スキルの中身を確認したけど、何も増えて無かった。




「さて、そろそろ話を戻しましょうか」

「なんの話してたっけ? 空太郎は落ち着く匂いがする話だっけ」

「ティアナ、戻り過ぎだ。母さんや、話を戻す前に

色々と曝け出してくれたくうたろうに少し答えようと思うのだが」


 曝け出すって言い方……まぁ、感情曝け出して泣いたけども。それ以外だとプロフィールを表示して見せたくらいなんだけど……ちょっと大袈裟だな。



「そうね。でもその前に空太郎君が勘違いしてそうだから軽く説明しておくわね。

 空太郎君、貴方は私たちに真名とスキル、それに天恵まで教えてくれたのよ。あと年齢もね。

 真名は少し昔の風習的にだけど、スキルや天恵は深く信頼した間柄にしか教えないものなの。

 つまり、ステータス……貴方的にはプロフィールだったかしら? それを見せた事で貴方は私たちに信頼を示した事になるの」


「そういうことだ。まぁ、真名の風習に関しては今の時代人それぞれだがな」


 どうやら俺は異世界的超個人情報を公開していたようだ。そりゃ曝け出したと言われるわけだ。

 真名に関しては名前の横に〈変更可〉ってあったからだな。



「へーそうなんだ。じゃあ私の真名教えてあげる。

 ティグ……ぐむ、んーんー」

「「待ちなさい!」」


 真名を口に出そうとしたであろうティアナの口は両親の手により塞がれた。

 突然口を押さえられたティアナは呻いていたが、すぐに大人しくなり解放され深呼吸している。


「ティアナ、お前は族長の娘なんだぞ。そのお前が自分から真名を教えるとなると意味合いが変わってくるんだ。母さん、教えてやってくれ」

「えー、大事な友だちならいいんでしょ?」

「その『大事な人』の意味が変わるのよ。ティアナちょっとこっちへいらっしゃい」

「はーい」


 ネコナ母さんはティアナを連れて部屋の隅へ移動してティアナに耳打ちする。流石になんと言っているかは聞こえなかった。


 「では、くうたろう……いや空太郎よ私の真名はタイガルティーガー・ウル・トラッヘントランチュというのだ。君の住んでいたところに真名の風習があったかは知らないが、あまり他言しないように」


 長い……タイガルティーガーまではなんとか覚えてるけど、後がなんだったかな。まぁ、仮に全部覚えられたとしても他言する気は無いけどね。

 真名を教えてくれたのは信頼の証なんだろう。

 少し嬉しかった。だからその信頼を裏切るような真似はしたくない。


「あらアナタ、空太郎君の名前ちゃんと呼ぶ気になったのね。私はタイガルティーガーの妻、真名は

 ネクゥオルナ・ウル・トラッヘントランチュ

 もちろん私の真名も他言しないように」


 戻ってきたネコナ母さんも真名を教えてくれた。

 椅子に腰掛ける前に、右手を胸に当て少し顎を引いて凛々しい表情で。

 タイガさんもだが、さっきまでと少し雰囲気が違うのは彼らにとって真名を教えるのは意味のある行為だからだろう。

 二人の真剣な雰囲気に呑まれて俺は頷くことしかできなかった。


「そしてタイガルティーガーとネクゥオルナの娘、ティグリアーナ・エル・トラッヘントランチュよ」


 不意打ち気味にティアナも真名を教えてくれたが何か意味があるんじゃなかったのか。

 少し頬に赤みが差しているが真剣な顔をして、ネコナ母さんと同じポーズをとっている。きっと意味を分かった上で教えてくれたんだろう。


「んな、ティ、ティアナ……お前意味を……」

「アナタ、ティアナも分かってのことよ」

「俺はまだ認めとらんぞ!」

「当然よ、見極めるのはこれからでしょ」

「む、そう……だな」


 真名を教えてくれた二人も椅子に腰掛け話を再開することになった。ティアナが真名を教えるって意味は俺の自惚れじゃなきゃ、彼氏か婿候補になってくださいってことだろう。タイガさんの反応からして婿候補の線が濃厚だ……俺の意思は?

 よく考えたら俺、ティアナにプロポーズまがいのことしてたわ。嫁にしたいかと聞かれて、はいって答えてた……うわ、っとと急に白虎猫トーラが膝の上に乗ってきた。


「うなう!」

「ヴァイストーラ・エル・トラッヘントランチュよだって」

「そっかー、いい名前だねー」

「なぅなぅ」


 猫語一言の意味長過ぎない? ってのは流して、トーラを撫でる。猫が膝の上で丸くなるなんて憧れの状況の前にはどうでもいいことだからな。


「ティアナ……トーラの真名まで……」

「あー、空太郎よ、分かっていると思うがティアナとトーラの真名も他言無用だぞ」


「あ、はい。当然分かってます」


 トーラにも真名があった。この子も家族の一員として扱われてるんだな。何も問題無い。

 ふふ、喉鳴らしてる。騎虎ライドラも喉鳴らすんだ。

 撫で続けている手が止まらない。どこかでやめないと嫌がられるのは分かってんだけど、いい毛並みでいつまでも撫でてたい……。


「むー、トーラばっかりズルい。私も撫でて!」


「お、おう。これでいいか?」

「うん! えへへ〜」


 ティアナの要求に応え、トーラを撫でるのをやめて彼女の頭を撫でる。突然だったからつい応じてしまったが、俺……女の子の頭撫でてる……。

 気恥ずかしい気持ちもあるが、なんか緊張してくるな……力加減とか大丈夫だろうか。

 撫でやすい位置に頭を向けて来たので表情は見えないが嬉しそうな雰囲気は伝わってくる。

 もし彼女に尻尾があったなら、パタパタと振っていたかもしれないな。あれ、それは犬の場合か。


「もう、いいか?」

「えへへ〜、え? もうちょっと!」


 気恥ずかしさが勝ってきたので撫でるのを止めたかったが、まだダメらしい。親見てんのに……。

 ちょうど虎耳と虎耳の間を撫でてるけど、虎耳触っても大丈夫かな。感触が気になる。


「ティアナ〜、そろそろにしないと次は耳よ?」

「耳!? み、耳はまだ早いよぅ……」


 耳はまだダメなようだ。

 驚いて頭を上げたティアナは、顔を赤くしながら両手で虎耳を隠している。上目遣いで。

 あまりの可愛さに身悶えるところだった。



 いい加減話を進めないとな。


 ところで俺たち何の話をしてたっけ……。

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