第3話 いい匂いに油断して

 たまれない沈黙を破ったのは腹の音だった。

 俺とティアナとタイガさんの三人による大合奏に表情を保ってはいられる人はいなかった。


「ふふ、朝ごはんにしましょうか」

「やったー」

「うむ。くうたろうよ、ネコナ母さんの作る飯はな美味いぞ。期待するといい」

「あ、はい。楽しみです」


 質問攻めの時の雰囲気が嘘みたいに部屋の空気が変わった。なんだろう、警戒を解いてくれたって気がして少し嬉しい。良い人達なのかもしれない。


「ところでティアナ、貴方は空太郎君のパジャマをいつまで着ているつもりなの?」

「え、ずっと?」

「これからご飯なのよ、それは寝る時用の服らしいから着替えないとダメよ。ねぇ空太郎君?」


「あー、パジャマで朝ごはん食べたりする人もいるんで。それより何か羽織るもんないですかね」


「ほら、大丈夫だって」

「大丈夫ってねぇ、そんなに脱ぎたくないの?」

「うん! だってすごい着心地良くて温かいの。

 それになんだか落ち着く匂いもするもん」

「え、そんなに良いの? ちょっと触ってみてもいいかしら」

「父さんもいいかティアナ? 袖の方でいいから」


「あの、何か羽織るものを……って聞いてないね」


 タイガさんもネコナ母さんもティアナが着ているパジャマの袖に触れ、感触を確かめている。

 あの、匂い嗅がないでください。


「パジャマは良いものだと思うけど、落ち着く匂いはしないわね」

「そうだな」

「えー、するよー」


 匂いに関しては恥ずかしいのでやめて欲しいが、パジャマを褒められるのはパジャマ派パジャマーとして嬉しいもんだな。


「それならティアナ、空太郎君が履いているズボンの方も落ち着く匂いか確かめてみなさい」

「分かった!」


「へ? あの、ちょっと」


 ティアナがベットの上を四つん這いでにじり寄ってくる。そういうのは二人っきりの時にもう少し色っぽくお願いし……あ、ちょっ、やめ……。

 

 異性に下半身の匂いを嗅がれるってのはちょっと興奮するが、それよりも小っ恥ずかしい……。


「あれ? この匂いなんかドキドキする」


 モジモジしながらそんな事言わないでくれ。

 こっちも変な気分になってくるじゃないか。

 いい加減恥ずかしくなってきたので彼女の両肩を掴んで引き剥がし、匂いを嗅ぐのをやめさせた。


「まだドキドキするぅ……。そうだ、上着こっちの方を嗅いで落ち着こっと」


 そう言ってティアナは萌え袖状態の両手で顔を覆って匂い嗅ぐ。だからやめろっての。

 

「あれ、なんで? もっとドキドキしてきた。

 うー、どおして?」


「これは、アレね」

「そうだな。認めたくないが、アレだな」


「うん、とりあえず匂い嗅ぐのやめたら?」


「そっか、嗅がなきゃドキドキしないかも」


 別にそういう意味で言ったわけじゃないんだが、嗅ぐのをやめてくれたので良しとしとこう。

 でも、少し鼻息を荒くしながらジワジワとにじり寄って来たら意味無いよね。

 捕食者みたいな目をしながら近づいてこられるとちょっと怖い。思わず後退るが、ベットの端なので下がれない。は、初めてなので、や、優しく——。


「ティアナ、朝ごはんは魚よ」


「お魚ー!」


 色気より食い気だった。

 朝食のメニューを聞いた彼女は即座に身を翻し、部屋を飛び出て行った。

 ほっとしたような、ちょっと残念なような……。


「残念だろうけど、ティアナに色っぽい展開は期待できないわよ。まだまだ子供なのよねぇ、あの子」

「うむ、組み敷かれて直接匂いを嗅がれるのがオチだろうな。あの様子だと」


 ネコナ母さん、また心読んでないですかね。「顔に書いてある」と、そうですか……俺ってそんなに分かりやすいのかな。


「おい、くうたろうよ、相手が母さんでは気にするだけ無駄だぞ。それより娘に迫られて、乙女みたいな反応したのを気にせい」

「あらアナタも初めての時はあんな感じだったじゃない。私に迫られて」

「んが、それを人前で言うでないわ!」


 そうだった、見られてたんだった。

 ぐぉおぉぅ、は、恥ずかしい……。

 うにゃぁぁあぁぁ…………。


「ふふふ、面白い子ね」

「ぐっ、くふ、そうだな……ぐふ、がぁははは」


 ティアナがいなくなって広くなったベットを転げ回っていたら笑われた。おっさん、笑い過ぎだ。

 それにしてもこの親達、娘のいない所だとそっち方面の話ばっかだな。どうせこれも読んでくるんだろ。


「そうね仕方ないのよ、ティアナには意味が通じないから言っても面白く無いもの」

「それに、屈託の無い笑顔で意味を尋ねられるのも御免だからな。こないだなんて、弟と妹どっちが欲しいと聞いたら元気に『両方!』と答えたぞ」

「なら頑張らないと行けないわね」

「そうだな! 今晩……いや、この後だったな」


 やっぱり心読んできたよ……。

 そういやそんな会話してたなこの人たち……。

 そういうの他所でやってくんないかな、起き抜けに人様のそっち方面の話を聞かされ身にもなってくれ……。『この後』って朝ごはんはどうするんだ。

「ハッ、朝ごはんはってか! もうこっちは、ごちそうさまだ! っての……」


「そうよ、そう! そういう反応を待ってたのよ」


 しまった、声に出てた。って、なんか喜んでるんですけどこの人たち。


「フッ、実際にいただくのは母さんの方だがな」

「もう、やだアナタったら。あら? アナタ、彼はそういう生々しいのはダメみたいよ」

「でも、なかなかにいい反応をするぞ」

「そうね」


 心なしか獲物を見る目で見られてる気がする。

 心の平穏の為になるべくティアナの近くにいよう

と俺はこの時誓った。

 誓った所で何も状況は変わらないけどな。



「ねー! みんなー、早く朝ごはん食べよー!」


 前言撤回! 誓ったら状況変わりそう。ティアナ様々だぜ。

 

「うむ、朝飯にしよう。先に行くぞ」

「空太郎君、部屋を出て右よ。待ってアナタ一緒に行きましょ」


 腕を組んで行ってしまったよ。お熱いことで。

 それより俺、未だに上半身裸なんですが……。

 何回か羽織るものを要求したのに無視されたな、まさか俺の裸をオカズに飯を食うつもりなんじゃないだろうな。

 裸をオカズには無いにしても、匂いをオカズにしそうな娘が一人……色気より食い気な娘みたいだし流石にない……よな?

 

 念の為、何か羽織るものを探すべきか。

 でもこの部屋ってティアナのだよな、あったとしても女性物の服だな。それ以前に女の子の部屋を漁るってのはダメだろ。興奮しちゃうかもしれん。


 どうしたものか……。

 このまま掛け布団に包まったまま行くか。

 あれ? ベットの上に何かあるな。さっきまで無かった気がするが。

 

 これは……チョッキ? 黄色と黒の虎模様にしては黄色多めだがこれは男物だよな。ちゃんと聞こえてたみたいだな。ありがたく着させてもらおう。

 着心地は悪くない。悪くないが肌着が無いのは変な気分だ。肌に直接なんて普段着ないし。

 肌着も着てたはずなんだけどな、黒いやつ。

 まさかあの娘……俺の肌着まで着てるってことは無いだろうな、無いと信じたい。後で聞こう。



 これ以上時間をかけて部屋を漁っていたと疑いをかけられても面倒なので、いざ朝食へ。


 確か、部屋を出て右。

 突き当たりにある階段で二階から一階へ。

 廊下の先に微妙に開いた扉があった。

 その隙間からいい匂いが漂ってくる。

 気持ち早足で扉を開け中へ進む。


 俺が来るのを待っていてくれたようだ。

 空いた席に腰掛ける。

 ティアナの隣だ。

 さて、朝ごはんのメニューは——。


 白米に鮭の塩焼き、みそ汁に金平きんぴら……だと……。


「あら、何か嫌いな物でもあったかしら」

「え! じゃあ、いらないのちょうだい!」

「まてまて、母さんの料理は美味いんだ。一度食ってみろ、食べられるようになるかもしれんぞ」


「あ、いえ、異世界でも白米とみそ汁が食べられると思って無かったからビックリしただけです」



「「「……異世界?」」」



「ええ、まさか異世界に……も……」


 はは、やっちまった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る