第4話 PVを観るときは安全な場所で観よう! 陸の書PV『運命の出会いは衝撃的に』

「………………」


 遭難という事実に落ち込み、気分転換がてらに『海の書』のPVを観終えて言葉が出ない。 途中までは良かった、理想の奥様像だったよ? 召喚されるまではね。若返ったのはいい、けどあの強さは何!? 身体強化のチート? いや、絶対に違う! チート獲得後の初戦でアイアンクローは使わないって……女性なら尚のこと。

 元から戦闘力高い人だ。おまけに、画面越しでも心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じさせるとか何者だ。あれが殺気……思い出すだけで体がふる、震えてくる。


 たたた対しっ、対して情報は得られなかった気がするが分かった事を整理しよう。


 一つ、朝の六時頃に異世界召喚が行われた。

 チラッと見えた時計の短針は六時を指していた。


 二つ、魔法陣の範囲内にいた全ての人が召喚されたわけではない。旦那さんは地球むこうにいたままだったから間違いない。『空の書』の方で出てきた候補者と適合者に該当する人物が召喚されたと思われる。


 三つ、召喚された人間は高校生ぐらいの年齢に若返る。『海の書』と『空の書』で召喚された人物はどちらも今の俺と同年代の姿だった。


 四つ、この世界はケモミミっ娘が存在する素晴らしい世界である。俺はしっかりと見た、大きなキツネ耳とふっさふさな尻尾が座り込んだ女の子についていたことをな。たぶん尻尾は三本あった。獣人と言いっても人に獣の耳と尻尾が付いてるだけのだいぶ人寄りの獣人だったが、俺としてはそっちの方が好みなので問題無い。


 二足歩行する動物くらいまでケモノじみてくると可愛いとは思えるが、さすがに興奮はできない……と思う。うん、思考が逸れたな。とりあえず『海の書』のPVも観て分かったことはこれくらいかな。


 それと、これは推測になるが異世界アンケートの結果が候補者以上と判定された人の結果画面を最初に見た者が召喚対象にされた。

 俺は見た覚えがあるし、彼女も息子の結果画面を見ていた。あれは、ちょうど表示されたタイミングで呼びに来ていたのだろう。

 そしてアンケートに答えた彼女の息子は召喚されていないことから、彼女は息子の身代わりで召喚に巻き込まれたことになる。

 これ……呼んだらまずい人を異世界に呼んだことにならないといいが。


 思ったより情報が得られたかな。

 でも、なんか観るの怖くなったな……。

 まだ二つあるんだよなぁ……。

 役に立たねえな……このスキル……。

 これならスキル【講座番組】とかで【サバイバル講座】とか観れた方がまだマシだった。

 ……講座番組。講座番組て……誰が収録すんだよジェニファーとかマイケルみたいな名前の外人さんかな。それだと通販っぽいか。


「収録……収録?」


 嫌な考えに至ってしまったぜ。

 この【次回予告】の映像は収録された映像で、生放送なはずないよな……。

 確認するにはもう一回観ないといけない。しかも『海の書』の方を。嫌だなぁ……怖いもん。

 でも、もし仮に生放送だったとしたらあの人が俺のこと認識したかもしれない。そんなのありえないはずだけど、ありえそうで怖い。ただ、『覗き見は感心しない』って警告されたからな……。もう一度観て、万が一にも生放送だった場合は完全に敵視されそうなのが問題だ。そっちの方が怖い。


 しかし、怖がっていても始まらない。

 発想を逆転してみよう。

 もし、むこうからこっちが見えてるのなら謝ることもできるはず。仮に声が届かなかったとしても頭を下げるなり、土下座するなりすれば謝罪は伝わる

と思う。伝わるよな。伝わってくれ。

 上手くいけば情報交換もできるし、話し相手ができる。独りぼっちでなくなるな。

 なんか怖くなくなってきた。むしろ期待してる俺がいる。これは観るしかないな。


 もう一度観るべく『海の書』のPVを選択した。

 美味そうな朝ごはんだ。お腹空いてきた。

 この写真……一人どこかで見た覚えが……。

 尻尾三本間違いないです。金毛で毛先が白い尻尾のふさふさな可愛い尻尾が三本です。

 また目が合った。


「はい、すいませんでした」


 思わず謝ってしまった。

 映像は握り潰されました。

 全く同じ映像でした。まぁ、模様とか色とか細かいとこまでは保証できんけど。同じ映像だった。


 スキル【次回予告】は生放送ではなく収録された映像を観れるスキルで間違いないようだ。

 

「思い出した! 東雲しののめだ」


 唐突かもしれないが、写真に見覚えのある男がいた。そいつを思い出したのだ。並び的に次男の男だが、元クラスメイトだ。高校まで一緒だったらしいが、高校でしか同じクラスになってないから分からなかった。名前は……知らねえ、苗字しか知らん。親父が刑事でかって噂だったな。

 あのナイトキャップダンディーパジャマーは刑事だったのか……。


 これであの人、東雲さんが俺を認識した可能性は否定できる。東雲さんが認識したのはよくてもPV用の映像を収録していたまでだ。


 これでスキル【次回予告】の映像を観る事に対しためらいは無くなった。元から無かったような気もするが、まぁいい。まだ観てないPVを観よう。

 ようやく俺の出演か。少し気恥ずかしいが楽しみでもある。いつの間に収録されたんだろう。

 期待と疑問を込めて『陸の書』を選択した。



 映像が始まり音声が聞こえてくる。


「お母さん! この服、生地少な過ぎない?」

「仕方ないのよ、あなたが試験を半年以上も前倒しするから作るのが間に合わないの」


 聞こえてきたのは母娘おやこの会話だった。

 俺の出番ねぇの? そう思わずにはいられなかった。『空の書』『海の書』ともに異世界召喚の流れだったから『陸の書』もそうだと思っていた。俺の召喚シーンが流れると思ってたに……違いました。


「うぅ……おへそ見えてる……セクシー過ぎぃ?」

「ふふ、その『せくし〜』で男の子でも引っ掛けてきたら? そしたらアレが戻ってきても言い寄ってこなくなるかもしれないわよ?」

「今日の受験者、私一人なんですけど!」


 俺が少しショックを受けてる間に会話が進んでいた。今も進んでいる。

 黒のメッシュが入った金髪の母娘の会話が映されている。二人の頭にはネコミ……トラ耳があった、後ろから見ると黒に白丸のトラ耳だ。二人は虎の獣人のようだ。娘の方は毛先に行くにつれ髪色が金から白、白から紫へとグラデーションしていく不思議な髪をしていた。もう一つ特徴的なのは黒い牙の形を模した横髪で、トラ耳と合わさり二人の虎の獣人らしさを際立たせている。

 スレンダーな美少女が胸だけを隠すピッチリとした筒状の服に、同じ黄色に黒のラインが入ったデザインのショートパンツを履いた肌面積が広い格好はセクシー。セクシーと言ってあげてください。

 ただ、ささやかに女性らしさを主張すら小振りな膨らみは良いモノだと思います。あの掌に収まりそうなのがいいよね。


 シャツとズボンのラフな格好にエプロンを着けた母と胸と腰をだけを覆い運動性を重視した格好の娘が取り留めのない会話を続けたままの映像は徐々に暗転し、次の場面へ。


 少女は同じ明るい紫の瞳をした白き虎に騎乗して草原を駆けている。『騎虎手免許試験中』と読める文字の書かれたタスキをかけたまま。

 試験官らしき人は少し離れた後方にいた。普通の黄色と黒の虎に騎乗して様子を見ている。


「あ、あれ?どうして興奮し——」


 少女の乗る白い虎が突如スピードを上げ、試験官を引き離し、猛スピードで駆ける。


 試験管はすぐに見えなくなった。


 少女を乗せる白き虎はスピードを緩めない。


「お願い、止まって! 止まれー! ダメか……」


 白き虎は止まらない。それよりお嬢さん、諦めるのが早過ぎないか……。


「はぁ……、うん? あれ、何か……い——」


 止めるのは無理だと悟った少女は顔を上げて前を見る。その視線の先で何かを見つけたようだ。

 画面には前方を見る少女の顔が映っている。何を見たのかは分からない。

 映像は少女の顔から前方を見つめる美しい紫の瞳を拡大していく。その瞳に映る何かを映す為に。


「「そこの人! 危ない! 逃げ——避けて!」」


 少女の声が二重に聞こえる。

 画面とその先から。音響にこだわってんのかな。

 画面に映る少女の紫の瞳には、肉球柄のパジャマを着た寝癖頭の少年が映っていた。この顔……。


「俺か——」 「「聞こえないの⁈ 避け——」」


 画面に向けていた顔を上げる。


 少女と目が合う。


 「きれいなひとm——」


 俺が言葉を言い終えることは無かった……。

 目が合った直後にすさまじい衝激を受け、俺の意識は闇に沈んでいった。


 歩きスマホは危険です。車や人の往来の激しい所では控えましょう。そんな感じの注意書きの看板を昨日見た事を思い出しながら……。

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