第3話 PVは第一話の次回予告として観るべきですか? 海の書PV『召喚されしは災禍か祝福か』

「島、沈んでんじゃん……」


 見終えた『空の書』のPVでは大きな山の一角に港街が一つあるだけの小さな島が空に浮かんでいて、空飛ぶ戦艦の主砲による攻撃で沈み雲に吞み込まれていった。

 もし無事でなかったら物語は終わってしまうので少年達はおそらく無事だろう。登場人物が女の子ばかりのハーレムみたいだったから、別に無事でなくても構わないけども。羨ましいというか妬ましい。


 元おっさん(ギリ二十代)のチーレム野郎(たぶん)な少年の安否などクソ程どうでもいいことは放っておいて、分かったことを整理しよう。


 まず一つ、俺は巻き込まれ召喚だということ。

 展開された魔法陣の範囲内に俺の実家が含まれていて、そして俺は帰省中で実家で寝ていた。


 二つ、召喚を試みた何者かが存在し、その存在は異世界に干渉する力を持っている。

 異世界からアンケートを取り、その回答者を経由して魔法陣を展開していた。

 アンケートの心当たりから察するに、パソコンやスマートフォンなどの電子媒体を介して干渉をしている可能性が高い。


 三つ、帰還の手掛かりであるその存在に辿り着くのは極めて困難であること。

 その存在は島ごと墜落した可能性が高く墜落先も不明な為、現時点では探しようがない。


 四つ、この世界にも人が存在する。

 喋っている内容は分からなかったが、会話が成立していたようなので言葉の心配はいらなそうだ。

 

 後は推測だが、異世界召喚には膨大なエネルギーが必要になる。

 魔法陣が展開される際に小太りが標準体型になるほどの脂肪が光へと変換されていた。

 もし脂肪の質量をエネルギーへと変換していたのだとしたら…………。



 俺は異世界から帰れるんだろうか……帰りたいか?

 卒研はやってみたかった気持ちはあるけど。


 太陽の昇り具合から今は昼前、召喚されたのは早朝で時差がある。だが、俺が起きるのはいつも昼前なことを考えると召喚されてからさっきまで寝ていた可能性もある……立ったままで? とりあえず地球むこう異世界こっちで時の流れは変わらないと考えておいた方が無難か。

 履修登録までに帰れればあまり支障はない。大体一ヶ月弱くらいがリミットかな。うん、無理。


 異世界召喚の方法を調べ、帰還の方法を考えつつエネルギー変換用に脂肪を蓄える。言葉にすると簡単だが、人里がどっちにあるかも分からない現状では調査以前の問題だ。それに野草とかの知識も無いし、野生動物を捕まえられる気がしない。よしんば捕まえられたとしても捌けない。素手だもん。


「あは、あはは……」


 もう笑うしかないよね、これ。

 今気付いたけど……俺、遭難してね? 




 気付くんじゃなかった。




 息苦しい。


 焦燥感で浅くなった呼吸に胸を押さえ、しゃがみ込んで嘔吐えずいた。

 嫌な考えばかりが頭を巡り、気分が沈んでいく。


「ダ、ダメだ負のスパイラルに陥っている。こんな時はスクワットだ。違う、それは寒い時だ。深呼吸だ深呼吸」


 立ち上がって深呼吸した。三回ほど。

 少し落ち着いたが、何かで気を紛らわせたい。


「よ、よし……気分転換にPV観るか」


 そんなわけで、俺はPVを観るべく『次回予告』を表示して『海の書』を選択する。


「……ネギ?」


 画面にはネギが映っていた。薬味ネギだ。

 まな板の上でリズミカルに刻まれたネギは、お碗の味噌汁に振りかけられ食卓に並ぶ。食卓には味噌汁の他に白米と納豆、焼き魚に玉子焼きだけでなくほうれん草のお浸しまで並んでいる。

 気合の入った朝食。我が家ではまずお目にかかることが無いような朝食である。飯テロか。


 そして、またしても俺が出てこない……。


 この朝食を作ったのは女性のようで。艶のある長い黒髪を後ろで束ね、襟付きの白シャツとタイトなデニムパンツにエプロン姿の優しそうな三十代くらいの主婦だ。美人な上にスタイルもいい。その主婦が三人分の朝食を並べている。一人は後で食べるのか、白米と味噌汁は二人分しか用意されていない。


「あら〜」


 主婦は右手を頬に当て、食卓に並べた朝食を眺めながら何か考えていた。確かに何かが足りない気がする


 その答えを主張するように鳴ったケトルのお湯が沸く音。そうか、飲み物がない。

 答えに気づいた主婦は、80度に設定されていたケトルのお湯を使い急須でお茶を淹れる。急須でとか愛されてんな旦那さん。


 目を細め、幸せそうに微笑みながら朝食の支度を完了していく姿を見て、俺もこんな感じの奥さんをいつかは……なんて感想を抱いていた。まぁ、彼女以前に女友達すらいた事無いけど。


 朝食の支度を完了した主婦は、朝食を共にする人を呼ぶために階段付近へ移動する。二階建ての一軒家のようだ。裕福な家だと一瞬思ったが、実家の近所なら田舎なので別にそうでもない。


 寝室は二階にあるのか、エプロンを付けたままの主婦は上を向き呼びかける。階段をのぼらずに。


「あなた〜」


 あなた呼びのようだ。しかし、続きの言葉が旦那さんに届く事はなく、画面は光に包まれた。


「ごは――」


 見覚えのある光だった。先のPVで見た球体状へ展開された魔法陣に満ちた光と同じ光が主婦を飲み込む。


 光が消えると主婦の姿は無かった。

 彼女も召喚に巻き込まれたのだろう。


 消失による静寂はすぐに打ち破られた。大慌てで妻の安否を確かめるために降りてきたパジャマ姿の旦那さんによって。ナイトキャップをしたままなのがどれだけ妻を想っているかを物語っているようだった。しかしパジャマにナイトキャップとか彼とは気が合いそうだ。ナイスミドルなおじさまだが。


 駆け降りてきた彼は半開きの引き戸を勢いよく開け、その衝撃で棚に飾ってあった写真立てが落ちる。映像はその写真立てにズームして、飾られていた写真を映し出す。そこには夫妻と息子三人の家族五人の記念写真が写ってい……た――


「――え、『祝! 銀婚式』!?」


 仮に三男坊が高校生くらいだと仮定しても五十前後アラフィフ。奥様は美魔女でした。


 映像にノイズが走り、おそらく過去と思われる一場面が映し出される。主婦が部屋の戸を開け、中の三男坊を呼び、三男坊はそれに返事をして振り返っている一場面だ。これに一体何の意味が?


「アレは、アンケートの結果画面……」


 三男坊のパソコンには異世界アンケートの結果画面が表示されていた。アンケートを最後まで見終わった所で呼ばれたのだろう。そんな一場面。


 あの画面なら俺も見たことがある。


 再び映像にノイズが走り、映像は次の場面へ。

 砂浜で、高校生くらいの少女が海賊の下っ端らしき男の頭をアイアンクローで締め上げながら持ち上げていた。足元には海賊の仲間らしき男が二人転がり、彼女の後ろには守られるようにして狐っ娘の獣人がペタリと座り込んでいる。

 少女は笑みを浮かべたまま、ギリギリと男を締め上げ続けている。この笑みには見覚えがある、あの主婦も若返ったらしい。ただ、こっちの笑みは若干黒いけど。


 泡を吹いて気絶した男を離し、少女はこちらに向かって歩いてくる。画面にバストアップくらいになるまで近づくと、頬に右手を当て喋りかけてきた。


「ふふふ、おばさん……今はお姉さんかしら? お姉さん、覗き見は感心しないわ〜」


 そう言いながら、笑みを浮かべていた目の片方を開く。

 目が合った!? 画面越しなのに。

 心臓を鷲掴みにされたように感じがして、呼吸ができない。冷や汗も止まらない。






 恐怖。






 たった数秒が数分、数十分経っているかの如く長く感じた。


「ふふふ」


 彼女の右手が迫る。


 掴まれたのか画面が真っ暗に。


 ギリギリと軋むような音。




「反省なさい」




 底冷えするような声と、硬いものが砕け、握り潰されるような音が響く。


 画面には砂嵐、スノーノイズが走っていた。アナログ放送だったのか、これ。怪人とか出てこないよな?


 映像が終わる。


 忘れていた呼吸を取り戻し、落ち着くために深呼吸をした。何度も。


 気分転換できてねえ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る