第4話 国葬

 令和四年七月八日。その凶報が届いたとき、男は瞠目した。日常に風穴を開けるその事態に、男は興奮し、情報の奔流の中に身を任せたのだ。

 時が流れ、国葬の日が決まった。令和四年九月二十七日。男はネット中継を見ていた。総理夫人が遺骨の入った箱を抱いて歩いていた。男は思った。

「ふーん、あん中に安倍晋三のホネ入ってんのか」

 うなずきながら推移を見守った。しかし次の瞬間、ふと一つの疑問が男の頭に訪れていた。

「あれっ? あそこに安倍晋三のホネ入ってんの? じゃあ安倍晋三って今、どこいんだよ?」

 興奮と好奇心とが、急に冷えてしぼんだ。彼の浮ついた心がついに現実との接点を見出していた。その接点を見出した以上、心はもう、現実を真正面から受け止めるしかなくなっていた。

「え……死んだ?」

 頭では理解していたこと、そこに心が追いついた。彼はついに気付いた。安倍晋三はすでに亡くなっている、ということに。

「え、死んだの? 嘘やろ?」

 嘘ではない。それが現実である。そして男の脳裏に、あの日のことが思い浮かんだ。

 あれはまだ、安倍晋三がピンピンしていたころである。ある選挙の応援のため、男の住む街にも安倍晋三がやってきた。人ごみの中を練り歩く安倍晋三に多くの人が群がり、声を掛けたり、グータッチをしたりしていた。男はそんな様子を見ていた。ついに安倍晋三が彼の目の前までやってきた。男と安倍晋三の間には一人の青年がいた。もし男がその青年の背中を少し押すことになっても前に身を乗り出していれば、あるいは安倍晋三とグータッチ出来ていたかもしれない。しかしもちろん、男にそれをする勇気はなかった。安倍晋三は……歴史は男の目の前を通り過ぎていった。

「まあ、いい。また機会はあるだろう」

 男はそう信じた。そして、その機会は今や、二度と訪れないことが確定した。

「安倍晋三先生……ッ」

 前のめりになって、パソコンの画面を凝視しながら、男はつぶやいた。いや、男の口から図らずもその名前が漏れていた。安倍晋三は今や旅立った。どこへ行ってしまったのか、それは誰にも分からない。

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