感覚世界
第1話 感覚言語
感じる。それを感じる。しかし、実際に感じているのは、五感のうちのどれかである。
そうであるなら、その言葉は何を意味するのか。例えばそれを触覚によって知覚し「冷たくて硬い」と表現したとして、この「冷たくて硬い」という言葉はいったい何なのであろうか。
私は基本的に、それに触れたときに知覚したその感覚を、自分の知る限りの言語において表現したいという欲求に突き動かされるままに「冷たくて硬い」と表現しているのである。そして私は、この言葉が自分の知覚した感覚を寸分の隙もなく正確に表現するものと信じているのである。
しかし、私はこの言葉をたしかに知覚するのであろうか。意味するところのものは、あのときあの瞬間、私の触角が知覚した感覚に相違ないのであろうか。それは私だけの感覚で共有可能性を持たないのであろうか。まず、端的に共有するということがあり得ないのは自明である。なぜなら私の触角は私にしか働きかけないからである。しかし、それを言語化した場合において、その言葉を聞いた他者は、過去の自分の経験から「冷たくて硬い」と感じた何物かを想起する。だとすれば、これがいわばギリギリの共有可能性であるとは言えないだろうか。
この世界はいわば開かれた世界である。人体の構造は似通っている。そういう意味において、言語を通じて、経験を共有するということはあり得る。つまり私が「ぼんやりした共有」と呼んでいる経験共有形態である。そしてこれは一つの信仰の対象である。この信仰が成立する限りにおいて、人は言葉を紡ぎ続けるのであろう。
この行為が信仰の限りにおいて成立する、と述べた上で、それではこの先にどんな展望があるのか。私はあえてそれを述べないことにしよう。なぜなら、これはあくまで信仰の問題だからである。信じる。そして話す、書く。自分のその言葉が、何らかの感覚を惹起すると信じている。この感覚共有世界において、いや、オープンワールド・センシティブセンターにおいて、言葉の果たす役割は決して小さくはない。それを信じて書く。書き続ける。そういう意味において、私は文章作成業者なのである。
「ジョーイ、現実逃避しているところを悪いんだが、締め切りが近いんだ。わかるかい?」
「ああ、分かってる。そういうこともあろうかと、これだって原稿の一部だ」
「終わった。いったいこんな駄文で何を報告するつもりなのか」
「心情だ。いやさ、心象風景だ」
「言いなおさなくってもいいよ。君は馬鹿だ。実に馬鹿だ」
「ああ、分かっている。それだって、僕の口真似だ。僕には何もかも分かっているんだ」
「そういうことなら、こっちにはもう何も言うことはないさ。好きにするがいい。しかし、一つだけ、どうしても忘れてほしくないことがある」
「それはいったい、何だというんだい?」
「ファージのファジがコクーンでパージ、それをパッケージングしてトラベリングってことさ」
「なるほどね。それは真理だ。まさか君の口から聞けるとは思ってなかったが」
「驚いたろう」
「いいや、まったく。君ならやりかねないと思っていたからね」
「おやおや、いつのまにか高く評価されてたってわけか。うれしいね」
「ああ、ぜひ喜んでほしい」
こうして星の降る夜は更けていった。
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