第9話 ワンデイ

「たとえ物理的には一日しか経過していなくても、そこに説得力が伴うならば、一日で、そう、たった一日で全く違う状況が作出される。あるいは、まったく違う未来がやってくる」

 ラッピ・フェリックスはそう断言した。

 ――たった一日で。

 これに納得できる人は少ないだろう。この世界においては漸進的な変化が最も受け入れられやすいということからすると、たった一日、たった一度、たった一秒先の未来への選択に瑕疵がある、たったそれだけのことですべてが変わってしまうということは何か理不尽のようにも思えるのだ。

「どういうことなんだ?」人々はときに疑問を持つ。「時間が加速しているわけでもないのに」

 たしかに、時間が加速しているわけではない。しかし、人間の意識下においては常に一分間に六十コマの映像を流しているわけではないのだ。一コマもないときもあれば、三千六百コマのときもあるのである。そこにある情報量が時間の経過に関する人間の意識を支配しているのだ。

「ずいぶん理屈をこねたなぁ、ラッピ」

 シュナイデルは煙草をふかしながら言った。ラッピの言ったことに納得はしていた。しかし、たった一日でという考え方には『与することに若干の抵抗を感じる』といったていだった。なにしろ、本当に今日一日だけで決まるとすれば、他のことはともかく、自分とラッピの関係性から言っても、猶予が与えられてもしかるべきだと思っていたからである。

「本当にやるのか?」

 シュナイデルは再び問うた。彼は変化を怖れていた。少なくともそれをこの場で起こすことについては。なにしろ彼の左手には銃が握られていたから。ちなみに彼は右利きである。そしてその右手には最前からずっと吸っているたばこが人差し指と中指とに挟まれる形で維持されていた。

 一方、ラッピの左手にも銃が握られていた。なおラッピも右利きである。それならこの勝負、お互いに十分な力を出すこともできず、それにも関わらず、一分か一秒先の未来においてまったく違う結末が待ち受けているというわけなのだ。理不尽であった。自分の力を全部出し尽くせれば、まあ納得できる。人間というのはそういうものだ。しかし、自分の力を出し尽くすことができないし、それにも関わらず物理的な未来において、生命活動が停止して、意識がすべてを認識しなくなる瞬間を甘受せよとは、なんという理不尽であろうか。しかし、いつまでもグズグズ言ってるヒマは、おそらくないだろう。お互いに利き腕に持ち替える時間はない。だとしたら、このまま腕を上げ、相手に狙いを定め、撃たなければならないのだ。

「まあ、いいじゃないか」

 ラッピは笑った。

「いいのかよ」

 シュナイデルも笑った。

「はじめよう」

 どちらともなくそう言って、そろそろとお互いの腕は上がり始めた。一秒先の未来にむかって、ふたりはいま、全速力で走り始めたのだ。

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