第6話 ドライビングゾーン

 キーをまわし、エンジンをふかせた。絡みつく糸から自由になれることを祈って、俺は車を発進させた。走る、走る、走る。しがらみを断ち切るために。しかし、舗装されたこの道は、自分が誰かの生活に供されたものであることを告げる。俺もまた、誰かの敷いた道の上を走る、ただそれだけの存在でしかないのか。この道すらしがらみで、俺はここから決して逃れられないのか。

 車の中は寒い。暖房をいれようという気にはなれない。正常な判断ができなくなることに、少しずつ慣れていく。怯えが影をひそめ、無感覚が台頭する。どうしてここに来たのか。生まれたことすら、俺はいつのまにか呪うようになった。知らないことによって、生きることができる。それが俺の出した結論だった。

 何か食べようか。ドライブスルーという選択肢が頭をよぎる。しかしそれは窓を開ける行為だ。自分からつながりを求めるということは、今の俺にはとてもできない相談だった。

 あてもなく道を行く。この舗装された道が続く限り、俺は道を踏み外していない。旅人の真似事をしてみても、やがては正気に返る。夜明け前には、俺は冷静に自宅への道を戻っているだろう。意味もないこの行動に答えは出せない。石油高騰の折、俺の行動はどこまでも愚かで、自分のことしか考えていないという批判を免れそうもなかった。間違いだったのか、俺が生まれてきたことすら。

 街路灯の明かりを数えはじめ、やがて止めた。意味のない行動だと思い知らされる前に。星は見えない。街の明かりが夜空に溶かし込んだ暴力的な光が、原始から人々の道しるべになっていたそれを隠している。意味があるのかないのか、そんなことは誰にも分からない。ただ、「そこにある」ことから「そこにあることになっている」という意識への変遷を感じた。星はもう、俺の中では観念的なものになってしまったのか。星はもう、俺を導いたりしない。それでも俺からは見えない場所で、瞬き、輝いているのだろう。

 夜明けを待つことなく、俺は車の鼻先を返した。正気に返っていた。何のしがらみも振りほどけなかった。全ての試みがみじめに終わっていた。コンビニに寄る。味気のないおにぎりをお茶で流し込んで、空を見上げた。終わっていた、何もかも。ここから俺の人生は終わる。終わりに向けてひた走る。それが俺のすべてになった。

 スマホを取り出し、SNSのアカウントを消した。口の端がみにくく歪む。これが俺のせめてもの抵抗だった。人生に対しての、社会に対しての。俺はいつか、これらのものから無関係になれるだろうか。あるいは、死によって。

「マーフィー、元気か?」

「ああ、元気だよ」

 幻聴に返事をしていた。もう戻れない。死がそこにあった。

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