第4話 壺の中
孤独に満たされた壺の中に、飯島は入っていた。
「ったく……。孤独と蟲毒を掛けてんのか?」
ぶつくさといいながら、外壁を上ろうとするが、外側に向かって湾曲するその壺の構造からして、つるつるすべる焼き上げられた土の感触からして、どうしても登れそうにない。
「本当は登るつもりもないが」
要するに暇だったのだ。このまま孤独のズンドコにいたとしても、やることはないのであるから。それならば、決して登れそうにない壁を上ってみるのも悪くない。幸い、最近は「ボルダリング」なる競技がどこかで開始されたという。そういう事情もあって、飯島は登れない壁を登ろうとしつづけた。
「おい、君。何をしてるんだ!」
突然、甲走った声が壺の中に響き渡った。
「おいおい、誰だよ? どこから入った?」
振り向きながら飯島は振り向いた。そこで飯島が見た者は、眼鏡をかけてニヤニヤした一匹のブタだった。
「鳴き声を忘れたのか? ブタ野郎!」
たわむれにあおってみる。
「そういうこと」
ブタはニヤニヤ笑いを止められない。ブタはもうあきらめていた。神さまが自分をこういうふうに創った以上、自分は大事な話でもニヤニヤしていないといけないのだ。
「それにしても」
飯島は胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。
「ふぅ~っ」
壺の口からのぞく青空に向かって煙を吐く。
「二人になっちまったな」
飯島は言った。
「正確には一人と一匹ですがね」
ニヤニヤしつつブタが言う。「一匹と一人」と言わなかったところに、飯島はブタの自己卑下に近い謙譲を感じた。それは良くないことに感じた。
「よくないな」そのまま口に出す。「一匹と一人、それでいい」
「そうでしょうか」
ブタはニヤニヤ笑いを忘れて、ポカンとした。
「プライドを持て。自分が自分であることに。この世界で自分自身をカウントするのは自分自身なんだ。お役所が住民票を届けてくれるのを待つのはやめろ」
そう言うと飯島はポケットから拳銃を取り出した。
「孤独の蟲毒なら、もう一度煮詰めてみるか? といっても、それはこういうことだ」
「あっ!」
ブタは驚いた。飯島は自分のこめかみに銃口を押し当てていた。
「孤独でもいい。生きろよ」飯島がニヤリとする。「ところで、弾はもう一発分残ってる」
飯島は引き金を引き、風に吹かれて散る花のように旅立った。
「僕は……」
飯島に近づき、ブタはその手から拳銃を受け取った。
「生きる!!」
引き金を振り絞る。壺は割れ、ブタは旅に出た。青空の下をどこまでも歩いていった。
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